公益社団法人 応用物理学会

第21回(2020年度)応用物理学会業績賞 受賞者

応用物理学会業績賞委員会
委員長 金丸 正剛

応用物理学の発展に顕著な業績をあげた会員に対して,その功績をたたえることを目的とする「応用物理学会業績賞」の選考を行った.第21回を迎える今年度は,公募の案内を機関誌『応用物理』第89巻の3〜7月号およびホームページに掲載し,候補者の推薦をお願いした.2020年8月21日の締め切り日までに推薦のあった候補者について,業績賞委員会において詳しく調査と評価を行い,第1次および第2次の審査を慎重に進めることにより,今年度は1名の研究業績賞を受賞候補者として選出した.受賞候補者は,11月12日の理事会で審議され,最終承認された.この結果,平川一彦氏に第21回応用物理学会業績賞(研究業績)が授与されることとなった.

なお,授賞式は,2021年第68回春季学術講演会(オンライン開催)の初日,3月16日の夕刻に行われる予定である.また,受賞記念講演も春季学術講演会の会期中に行われる予定である.

第21回 応用物理学会業績賞(研究業績)

件名
量子ナノ構造を用いたテラヘルツ電磁波技術の先駆的研究
受賞者
平川 一彦 (東京大学)

光波と電波の谷間に位置するテラヘルツ電磁波技術の研究は長年にわたるチャレンジングな研究テーマである.平川一彦氏は,半導体ナノ構造やナノギャップ電極などの量子ナノ構造を用いてテラヘルツ電磁波の基礎的な技術開拓を行ってきた.

平川氏は半導体超格子構造中の電子の散乱過程による動的物性解明の基礎研究を発展させ,約50年前に江崎玲於奈氏が理論的に予測した半導体超格子中の電子のブロッホ振動とそれに伴うテラヘルツ領域での電磁波利得を世界で初めて実証した.半導体超格子構造におけるブロッホ振動は,直流電界を印加したバンド中で電子が電界に比例した周波数で振動するという固体物理の基本的な現象である.このブロッホ振動を用いたブロッホ発振器は,周波数可変の固体テラヘルツ発振素子の候補として1970年代から注目されたが,現実の超格子では,電子の散乱のため,その実現は不可能と考えられてきた.平川氏はこの問題に取り組み,半導体超格子中をブロッホ振動する電子が放射するテラヘルツ電磁波の波形を計測するという独創的な手法によって,散乱を介したブロッホ利得の存在を実験的に示すことに成功した.この研究は基礎物理学として重要な成果であるとともに,将来の超格子を用いたテラヘルツ周波数領域のデバイス開拓につながる極めて重要な業績である.

波長の長いテラヘルツ周波数領域では高い空間分解能での測定を行うことは極めて難しい.平川氏はアンテナ形状を有するナノギャップ電極を作製し,テラヘルツ電磁波を極微領域に集光する手法を開発し,ナノギャップ間に存在する量子ナノ構造や分子の分光を実現した.これにより,単一分子の分子振動など,原子スケールにおけるダイナミクスを時間分解で計測することが可能となった.現在では,STMの探針先端での電場増強効果を用いてナノ空間のテラヘルツ分光を行う試みが盛んに行われているが,平川氏の研究はこのような一連の研究の流れの中での先駆的な研究として高く評価される.

また,平川氏は自己組織化ナノ超構造成長法により作製した量子ドット中の電子状態のダイナミクスをテラヘルツ分光法で調べた.テラヘルツ電磁波や中赤外領域の光子で量子ドット励起すると,準位間遷移や光子支援トンネル効果が生じ,試料のコンダクタンスが増大することから,これらがテラヘルツ光検出器として活用できることを示した.さらに,最近,テラヘルツ検出器の新しい方式として梁型MEMS構造の力学的性質(固有振動数)の温度変化を利用し,テラヘルツ〜中赤外で動作する光検出器を提案した.MEMS構造を使ったボロメータはこれまでも存在したが,多くは電気抵抗率の温度変化を利用している.力学的固有振動数を用いたテラヘルツ〜中赤外で動作する光検出器はこの研究により初めて実現されたものであり,MEMS技術を用いて高速・高感度検出を実現したのは大きな成果である.近い将来FTIRの赤外検出器を置き換える可能性も有する.

以上のように,平川氏は「量子ナノ構造」と「テラヘルツ電磁波」との相互作用に関する基礎的な研究に立脚し,独創的なアイデアと先端技術を駆使することで,先駆的なテラヘルツ電磁波技術開拓を行ってきた.これらの卓越した研究業績は応用物理学会業績賞(研究業績)に相応しいものである.

平川 一彦(ひらかわ・かずひこ)

所属/役職

東京大学 生産技術研究所 教授
同 ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構 機構長

略歴

受賞と表彰

専門分野

量子ナノ構造,量子伝導現象,テラヘルツ電磁波,単一分子構造

第21回応用物理学会業績賞委員会

委員長
金丸 正剛
副委員長
平野 嘉仁
委員
安達 千波矢,岩本 敏,上田 修,田辺 圭一,中沢 正隆,丹羽 正昭,山下 一郎,魚見 和久,寒川 哲臣,辰巳 哲也,田中 耕一郎,生田目 俊秀,吉田 博
幹事
苅米義弘