第18回(2017年度)応用物理学会業績賞 受賞者
第18回 応用物理学会業績賞(研究業績)
- 件名
- 人工原子分子による量子情報エレクトロニクス
- 受賞者
- 樽茶 清悟 (東京大学)
樽茶清悟氏は,半導体の微細加工を駆使した量子ドットにより,世界で初めての人工原子分子を実現した.固体中の電子スピンの量子状態の観測・制御技術を確立し,新型近藤効果の発見や量子もつれ現象の検証など,新たな量子効果を発見した.これらは,今後大幅な進展が期待される量子計算の基盤技術として,注目を集めている.
20世紀終盤,ナノエレクトロニクスとして,固体中の電子系を自由に制御する技術の追求が進められた.樽茶氏は,電子を捕獲するポテンシャルの対称性を保ちつつ,捕獲する電子数を制御することを目途として,円盤状の半導体の側壁にゲート電極を取り付ける縦型量子ドットを考案した.これにより,人工原子が具現化し,さらに人工分子へと発展を遂げた.フント則やパウリ則など,原子分子にしか見られなかった量子現象を人工的に作り上げた点は,量子力学の考え方の正当性を別の側面から実証したものであり,学術的価値は極めて高い.
2000年頃からは,同氏はスピン相関の制御と観測に取り組んだ.その中で,磁性不純物と周囲の金属の伝導電子の相互作用である近藤効果を,人工的に発現させることに成功した.整数スピンの近藤効果など新たな物理現象を発見している.また,パウリ則を利用した単一電子スピン緩和の検出や超伝導電子対の空間分離などにも成功している.上記の技術は,固体中の電子スピン状態の観測・制御技術にほかならず,量子ゲート計算の基盤技術となる.量子ゲート計算では,量子コヒーレンスを確保したうえで,量子ビットの初期化,操作,読み出しが必要となる.初期化と読み出しについては,人工分子のパウリ則を利用した技術が有効であり,また操作については微小磁石とスピン共鳴を利用する方法が,同氏によって提案された.半導体はもともと集積化には適しており,拡張性も期待できる.実際,半導体としては世界最多となる4量子ビット系の操作に成功している.
このように樽茶氏の業績は,電子物性研究において新たな道を切り拓いたほか,量子情報技術への展開が期待できる.樽茶氏の卓越した業績は応用物理学会業績賞(研究業績)として真に相応しいものである.

樽茶 清悟(たるちゃ・せいご)
所属/役職
東京大学大学院工学系研究科/教授
理化学研究所創発物性科学研究センター/グループディレクター
略歴
- 1953年9月20日 愛媛県生まれ
- 1976年 東京大学工学部物理工学科卒業
- 1978年 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了
- 1986年 東京大学工学博士
- 1978年 日本電信電話公社(武蔵野電気通信研究所基礎研究部)入社
- 1986, 1987年 マックスプランク固体研究所客員研究員
- 1990年 基礎研究所研究グループリーダ
- 1995年 デルフト工科大学客員教授
- 1998年 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授
- 2005年〜現在 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻教授
- 2015, 2016年 東京大学低温センター長
- 2007年〜現在 東京大学ナノ量子情報研究機構副機構長
- 2013年〜現在 理化学研究所創発物性科学研究センターグループディレクター
受賞
- 久保亮五記念賞(1998)
- 日本IBM 科学賞(1998)
- NTT 先端技術総合研究所研究開発賞(2000)
- The Quantum Devices Award(2001)
- 仁科記念賞(2002)
- 紫綬褒章(2004)
- 江崎玲於奈賞(2007)
- 応用物理学会フェロー(2008)
- 英国物理学会フェロー(2011)
所属学会
応用物理学会,日本物理学会,米国物理学会
第18回 応用物理学会業績賞(研究業績)
- 件名
- 先端MOSデバイスの素子物理・材料科学に関する研究と産業技術への貢献
- 受賞者
- 鳥海 明 (東京大学)
鳥海明氏は,極微細Si-MOSデバイス物性,0.1µm CMOS動作実証,Metal/High-kゲートスタック技術,さらに最近のGeCMOS性能の飛躍的向上まで,長年にわたり一貫して大規模集積回路(VLSI)向け先端MOSデバイスの研究を遂行してきた.特にMOSデバイスの根幹といえるMOS界面の材料物性や微細素子物理の基礎研究に立脚した学術的知見の発信を通じて,トランジスタの微細化による発展を続ける半導体産業に大きく貢献した.
鳥海氏らは,1992年に0.1µm CMOS回路が室温で高速に動作することを世界で初めて実証し,当時「0.1µmの壁」を突破するために検討されていた低温CMOSではなく室温動作CMOSでこの壁を破るという技術潮流の変化をもたらした.
1990年代から現在に至るまで,鳥海氏は一貫してMOS界面品質が微細デバイスの性能や信頼性に与える影響の重要性に着眼し,多くの研究成果を発信してきた.1990年代の早い時期から半導体中の不純物数の統計ばらつき効果やRTSs(Random Telegraphic Signals)の確率的現象に着目し,微細化におけるその重要性を指摘してきた.またSi酸化膜信頼性に関して,ストレスリーク電流やTDDB(Time Dependent Dielectric Breakdown)機構のモデル化を通じて改善手段を示し,実用デバイスの信頼性向上に大きく貢献した.2000年代に入ると,極薄Si酸化膜のスケーリング限界を克服するためにHigh-k絶縁膜の研究が世界的に活発化した.鳥海氏は産学連携の半導体MIRAIプロジェクトにおいて本テーマを主導し,新規High-k膜形成法の提案・実証に至った.さらにHigh-k絶縁膜導入に伴うさまざまな課題に対し,絶縁膜の熱的安定性,結晶学的考察,High-k/SiO2界面におけるダイポール形成の発見およびモデル化などの基礎的アプローチで解決策を示し,またいかに誘電率を上げるかといった新規な材料形成手法も提案・実証した.最近ではVLSIへの適用の期待が高まるGe CMOSに関し,MOS界面の欠陥低減と金属/Ge界面のショットキー障壁制御に着目して多くの優れた研究成果を発信している.特に,Siと比べて極めて困難と考えられてきたGe MOS界面高品質化に関し,熱力学的な基礎研究に立脚した制御技術を駆使して電子と正孔のいずれもSiチャネルを上回る非常に高い移動度を実証している.
以上のように鳥海氏は,産業界,大学,産学連携というそれぞれの場において,多岐にわたる先端MOSデバイスの素子物理と材料物性の根本に立つ研究を進め,そこから得られた学術的知見の発信を通して継続的に産業界を含む国内外の多くの研究者に影響を与え,半導体産業の発展へ多大な貢献をしてきた.応用物理学,産業発展の両面において鳥海氏の果たした業績は卓越しており,応用物理学会業績賞(研究業績)として真に相応しいものである.

鳥海 明(とりうみ・あきら)
所属/役職
東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻/教授
略歴
- 1953年 東京都生まれ
- 1978年 東京大学理学部物理学科卒業
- 1983年 東京大学大学院工学系研究科物理工学博士課程修了
- 1983年 (株)東芝総合研究所
- 2000年 東京大学工学部マテリアル工学科教授
受賞
- 応用物理学会フェロー, 2008.
- SSDM Award, 2014.
- IEEE Cledo Brunetti Award, 2016.
- IEEE Fellow, 2016.
所属学会
応用物理学会,日本物理学会,IEEE,MRS,ECS