公益社団法人 応用物理学会

第16回(2015年度)応用物理学会業績賞 受賞者

第16回 応用物理学会業績賞(研究業績)

件名
光格子時計の先駆的研究
受賞者
香取 秀俊 (東京大学)

香取秀俊氏は,光格子に捕獲された原子を用いて超高精度な分光計測を可能にする光格子時計の基本概念を提案し,その実現により「秒の定義」を大幅に上回る精度を実証した.この成果は,原子物理学・量子計測分野の発展とその新たな応用の創出において卓越した貢献をすると同時に,将来の「秒の再定義」へつながる成果と期待される.

1967年,セシウム原子の遷移周波数により定義された国際単位系の秒の精度は,最先端の分光計測技術を取り入れつつ性能向上を続け,人類最良の時間周波数標準を与えてきた.これを凌駕する新たな分光計測技術は,秒の定義の改変を視野に入れる.

原子の運動状態を凍結することでドップラー効果を抑制し,多数個の原子の観測により量子ノイズの寄与を低減することで,理想的な原子の分光環境が実現できる.シュタルク効果を使って定在波のレーザー電場の腹に原子を捕獲する光格子トラップは,相互作用するレーザー波長より十分狭い領域に原子を閉じ込め,ドップラー効果を抑制する(ラム・ディッケの閉じ込め効果).ところが,一般に,閉じ込めに使うシュタルク効果は分光計測に使う遷移の上下準位で異なる結果,得られる遷移周波数はシュタルクシフトし,高精度な分光計測を阻む要因になる.香取氏は,2つの準位のシュタルクシフトを同一にするレーザー波長(魔法波長)で光格子を作ることで,シュタルク効果を相殺する光格子分光を提案,実証した.さらに香取氏は,電子の全軌道角運動量が0となる2準位に対して魔法波長の概念を適用し,この光格子に捕獲した多数個の原子の同時観測によって安定度を飛躍的に向上させる光格子時計の基本概念を発案し,自ら実証した.

光格子時計は,従来の原子時計手法で両立しなかった高精度と高安定度を実現することから,香取氏による提案と同時に世界各国の有力機関が光格子時計の実証実験と高精度化に取り組むようになった.この中においても,香取氏は科学的先見性と実行力で当分野を牽引し,黒体輻射シフトの制御や,2台の光格子時計の比較などを通して,理論予測された10-18台での時計の再現性を実証した.この成果は高い時間精度を要求する極限計測の地平線を一気に拡げた.その好例は,2台の光格子時計の光ファイバリンクによる重力ポテンシャル計(高度差計)の実証であり,これらの開発の中心を担ったのが香取氏である.今後の目標の1つは光格子時計が秒の定義として採用されることであり,その実現にむけて香取氏は,実験室における安定性と精度の追求に加え,小型化・ポータブル化を目指した中空光ファイバ中での光格子時計などの研究に着手している.

これらの香取氏の卓越した多くの業績は応用物理学会業績賞(研究業績)として誠に相応しいものである.

香取 秀俊(かとり・ひでとし)

所属/役職

東京大学大学院工学系研究科/教授
科学技術振興機構ERATO 香取創造時空間プロジェクト/総括
理化学研究所香取量子計測研究室/主任研究員

略歴

専門

量子エレクトロニクス,特に,中性原子・イオンのレーザー冷却・トラップ,極低温衝突,原子の精密計測・分光の研究.

受賞

丸文研究奨励賞(2001年),第1回日本学術振興会賞(05年),欧州周波数・時間フォーラム賞(05年),ユリウス・シュプリンガー賞(05年),丸文学術特別賞(06年),日本IBM科学賞(06年),ラビ賞(08年),市村学術賞・特別賞(10年),第12回光・量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞)(11年),文部科学大臣表彰・科学技術賞・研究部門(11年),フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞(11年),朝日賞(12年),東レ科学賞(13年),藤原賞(13年),仁科賞(13年),紫綬褒章(14年),日本学士院賞(15年)

所属学会

日本物理学会,応用物理学会,レーザー学会

第16回応用物理学会業績賞(研究業績)

件名
半導体ドライエッチング技術の先駆的研究開発と産業展開への貢献
受賞者
堀池 靖浩 (筑波大学)

堀池靖浩氏は,半導体製造に用いられているドライエッチング技術の先駆的研究開発と産業技術への展開を1970年代の黎明期から現在まで推進してきた.堀池氏が発明し1975年に発表した“ケミカルドライエッチング”は,プラズマ中でCF4とO2を反応させFラジカルを発生させることによって,プラズマから離れた位置でもほとんど減衰することなく,シリコンの等方的エッチングを可能にするものである.ただし,このエッチング機構はその後の研究でわかってきたことであり,発見当時は多くのわからない点が山積していたが,堀池氏はそれを実験的に一つ一つ追いつめ,実用機完成までもっていった.その実行力はまさに応用物理学の展開の1つの典型とも言える.本技術は低ダメージ・高選択性の特長を本質的に有しており,当時のMOSトランジスタで用いられていた多結晶シリコンゲート電極のエッチングに利用され,さらにエッチング中のシリコン表面からの発光現象が発見されたことによって,エッチングの終点検出も可能にした.さらに,当時の主流であったウエットエッチングにおいて均一性がよくない,有害な廃液が大量に発生するなどの問題点をこの発明は見事に解決している.その点において本技術開発はドライエッチングが産業界で主流となる転換点に位置している.本技術は,発明以来40年を経過した現在でも産業界で多用されており,半導体を用いた製品は多かれ少なかれ現在でもこの発明の恩恵を受けている.

堀池氏は,さらにイオンビームエッチング,Alエッチング,マグネトロン放電高速エッチング,光エッチング,デジタルエッチング,デジタルCVD,高密度プラズマ生成とSiO2高アスペクト比孔エッチングなどに関しても,先駆的な研究・開発業績をあげられており,それぞれの技術開発において常に原理に戻って実用化という姿勢を貫かれてきた.さらに1990年代にはいち早くドライエッチング技術のバイオデバイス創成への応用に着手し,ヘルスケアチップの実用化・産業化も進めた.

これらの研究成果は,プラズマ技術・半導体加工技術に関する学術的基盤の構築に多大な貢献をしたばかりでなく,現在の大規模半導体集積回路の社会における重要性を考えたとき,その産業技術的なインパクトは計り知れない.これらの基礎と応用の両面から成し遂げられた堀池氏の業績は,応用物理学会業績賞(研究業績)として誠に相応しいものである.

堀池 靖浩(ほりいけ・やすひろ)

所属/役職

筑波大学数理物質系特命教授

略歴

主たる受賞

日刊工業新聞社十大新製品賞(1977)
機械振興協会賞(1978)
科学技術庁長官賞研究功績者賞(1984)
“The Thinker Award”(米Tegal社)(1991)
SSDM Award(1993)
プラズマ材料科学賞(1998)
AVS Fellow Award(1999)
金属学会増本量賞(2005)
応用物理学会フェロー表彰(2007)
DPS Nishizawa Award(2008)
MNC Namba Award(2009)