GXに貢献する超伝導技術 超伝導磁気分離技術は環境保全の立役者 西嶋 茂宏 福井工業大学 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理
現在,私たちはさまざまな環境問題に直面しています.COP26(2021年開催)では二酸化炭素の排出量を削減しようとする枠組みが話し合われました.地球温暖化が深刻な問題になってきたからに他なりません.しかしながら環境問題について考えますと,総論賛成,各論反対となることがままあります.立場によって利害関係が複雑に絡み合っているからと思われます.我々技術者はそのような食い違いさえも,吹き飛ばすような技術を開発することが一つの目標になるのかもわかりません.
さて,環境保全と言えば,CO2の削減,廃水処理,汚染土壌浄化,資源循環,などがすぐ思いつきます.しかしながら範囲が幅広く,多方面にわたっています.どのような分野に取り組くめば,環境保全技術と言えるのでしょうか.
ここにヒントがあります.それは環境省が環境保全の定義をしてくれているからです [1].それによりますと,環境保全とは,「地球全体あるいはその広範な部分の環境に影響を及ぼす事態に係る環境の保全のための取組」,「公害防止の取組」,「天然資源の使用削減,再利用,リサイクル等の取組」となっています.
最初に挙げた,CO2の削減は地球環境に,廃水処理とか汚染土壌処理は公害防止に,資源循環はリサイクルに関連しています.漠然と感じていた「環境保全」という言葉が具体的にありありと見えてくる気がします.そして,そのどれにも超伝導磁気分離技術が対処できると言うと驚かれるでしょうか.当然,環境が相手ですので,応用に関しては工夫が必要です.その工夫も含めて,超伝導磁気分離技術と言えます.
そもそも,環境保全技術を考えますと,特定のものを捕集したり,分離したりする技術に他なりません.水質の汚濁を例にとりますと,汚濁物質を選択的に分離できれば,水質改善につながります.このようなことに役立つのが超伝導磁気分離技術と言えます.
では,普通の分離技術である,フィルター技術や沈殿技術とどこが違うのでしょうか.それは,以下のようになります.まず,フィルター技術ですが,懸濁している粒子(汚染物)よりも小さな目のフィルターで懸濁液を“ろか”しますと,汚染物だけがフィルターの上に残り,浄化された液のみがフィルターを通過します.大変分離性能が良好なのですが,フィルターの目を細かくせねばならず,高速に大量の懸濁液を流すことができないという欠点があります.一方,沈殿技術はと言うと,汚濁の原因となっている懸濁物を凝集させるための薬品を撒き,それが沈殿するのを待ちます.これには長時間が必要ですし,薬品を加えることによって汚染物を含んだ大量の廃棄物が発生してしまいます.
それに引き換え,超伝導磁気分離装置は,高速に大量の対象物を処理できる特徴があります.どうしてそんな事ができるかというと,この装置では,磁場を使って懸濁している物質を引き付けて,分離するからです.ただ,磁石を近づければよいかと言うと,そうではなく,図1で模式的に示したように,細い強磁性線(磁石にくっつく細線,実際はステンレス)でできた“ふるい”のような金網を超伝導磁石の中に入れます.この”ふるい“の目が数ミリメートルと大きくても,磁力で懸濁物質を吸引して針金の上に付着させることができます.このため,流れの抵抗が少なく高速で大量に処理できることになります.この“ふるい”を磁気フィルターと呼んでいます.フィルターという言葉があるため,従来のフィルター技術との区別が聞いただけでは分かりにくいのですが,こちらは磁場で吸引するという技術で,大きな違いがあります.フィルターの線が細ければ細いほど,外部磁場が強ければ強いほど,いろいろな物を牽引することができる特徴があります.また,外部磁場を切ると吸引力がほぼなくなるので,フィルターの洗浄も簡単です.自然を相手にするような場合は,超伝導磁石のような強い磁場を広い空間に発生できる磁石が必要となります.

では,この技術をどのように環境保全に役立てるのか,例を挙げつつ説明しましょう.まず一番気になるところが,CO2の発生ではないでしょうか.「CO2を大気から分離できるか」と聞かれたら,残念ながらさすがの超伝導技術でもそれはできません.なぜならCO2が磁石にくっつかないからです(酸素は牽引できます).そこで,CO2の発生を抑える技術を超伝導磁気分離技術で開発しようということになりました.今,日本で最もCO2を発生させている元凶とされているのが石炭火力発電です.石炭は安価で,国際紛争の影響を受けにくく,発展途上国ではこれからも,当分の間,使われ続けるでしょう.日本では,石炭火力発電所でも性能の悪い,言い換えれば,CO2を多く排出する石炭火力発電所を順次停止させていくことになっています [2].しかしながら停止させるまで少し時間がかかりますので,それらからのCO2の排出を抑えることが必要です.最低限,CO2の発生を増加させないことが必要と考えられます.そこで,図2に示すような装置が開発されています.火力発電所からの正味のCO2の発生は仕方ないとしても,運転するにつれ給水パイプに鉄さびが付着し,性能が悪くなっていくため,CO2の排出が多くなっていきます.この増加分を最小に抑える試みとして,鉄さびを磁気分離で取り除く装置を開発しつつあります.火力発電所によっては,鉄さびの成分に磁石に牽引されやすい「マグネタイト」という成分がたくさん含まれており,そのような場合には開発中の磁気分離装置が火力発電所へ導入できるだけの性能があることが確認されました.一方で,鉄さびが「ヘマタイト」という磁石に牽引されにくい成分が主となる火力発電所もあります.この発電所に対しても,磁気分離の可能性が見出されております.早くこのシステムを完成させて,CO2の排出削減に結び付けたいと思っています.これらの装置は,今後,発展途上国への導入も視野に入れつつ開発を行っています.

次に,海の環境を考えましょう.今,世界中で問題になっているマイクロプラスチック,これに対しても,磁気分離が威力を発揮します.マイクロプラスチックは大きさが5 mm以下のものをこう呼びます(マイクロと呼ぶには少し大きい気もしますが).これが日本の近海に大量に存在します.これがどうして問題になるかというと,このマイクロプラスチックの大きさが,魚たちの餌の大きさに近いために,魚たちは誤飲してしまうからです.そしてそれらの魚を我々が食するため,我々もマイクロプラスチックを摂取する可能性があるのです.また魚でなくとも海苔とか貝類等の海産物の中にも存在し,我々が食す海産物のなかには存在していると言われています.特に,海産物を好む日本人は,一年に一人当たり最大で,13万個ものマイクロプラスチックを体内に取り入れていると言われています [3].
我々がマイクロプラスチックを摂取しても消化されませんので,そのまま体外に排出されてしまい,問題はないという考えがあります.その一方で,海洋には浮遊する残留性有機汚染物(POPs)が存在し,これらが疎水性相互作用でマイクロプラスチックに付着していると言われています(マイクロプラスチック表面では周囲の海水の10万~100万倍の濃度になっていると言われています [4]).このため,これらのPOPsが魚の脂質に移動し,さらに人間が摂取した場合人間に移動し,影響を与えることが懸念されています.なぜなら,POPsとして,2001年5月のストックホルム条約 [5] で定義されているものは,いろいろあるのですが,例えば,PCB,DDT,ダイオキシンなどの有害物質ばかりであり,生物に影響があることが分かっているからです.
では,どのように日本近海でマイクロプラスチックが発生するのでしょうか.日本ではレジ袋が有料化され,廃棄量が少なくなっていると考えられます.しかし日本近海のマイククロプラスチック量は依然として多いことが分かっています.これは日本ではなく,特に東南アジアの国々で廃棄されたプラスチック類が分解されつつ,対馬海流や黒潮に乗って日本近海までやってくるからなのです.ですから,日本単独ではマイクロプラスチックの対処が困難となります.事実,福井県海岸から採取した海水から1立方メートル当たり約2~3個のマイクロプラスチックが採取されたのは驚きでした(図3).現在,マイクロプラスチックの対応方法は,発生させない方向に検討されていますが,現在存在するマイクロプラスチックへの対処は技術的に困難であるため,ほとんど検討されていません.また,その発生させない技術が開発されたとしても,発展途上国への技術移転もさらに遠い将来となるでしょう.

そこで我々のグループでは,海水を流路に導き,磁場の下で海水に電流を流し,マイクロプラスチックを回収する方法を開発しています.基本は電磁推進船と同じ原理ですが,この海水に働く力を壁に向かって働かせます.このとき海水は動かないため,代わりに圧力が発生します.プラスチックは電気絶縁物ですので電磁力は発生しません.このため,海水中の圧力に沿って,電磁力と反対方向にプラスチックが動くことになります(図4の「反力」).電磁力に逆らう力ですが,いわば重力に逆らう浮力に似ています.

この力を利用すれば一か所にプラスチックを集めることができます.ただ,いかにこの方法でも,海全体を相手には効果を上げることは難しいでしょう.そこで,海全体を相手にするのではなく,養殖場,特に魚や貝の陸上養殖場への適用が考えられています.養殖場に海水を導く配管にこの装置を設置するのです.こうやって,安全・安心な養殖魚類を育成することが可能となります.
次に,公害防止にどのように役立つかを,お話ししましょう.福島の原発事故で多くの方が避難しており,いまだに除染作業が行われています.最も大量に発生している汚染物は土壌であり,すべて中間貯蔵施設に運搬され,放射能濃度に応じて保管されます.最終的には最終処分場(まだサイトは決まっていませんが)に移送されることになっています.問題となっているのは放射性のセシウム137です.γ線を放出し,半減期が約30年です.(厳密にいうと,137Csはβ線を出して137mBaになり,これがγ線を放出するのですが.)このセシウムは,基本的に1価金属であり,ナトリウムやカリウムの仲間です.水に溶けると正に帯電します.ところが,土壌は中性では負に帯電しているので,セシウムは土壌に強く吸着します.
さらに,粒子の小さな粘土(5 µm以下)はトータルの体積が小さくとも,トータルの表面積が大きいので,沢山吸着します.つまり粒子径の小さい粘土には沢山のセシウムが吸着しているということになります.
さらに,粘土の中でも,セシウムを強く吸着するバーミキュライトという種類の粘土があります.これにいったんセシウムが吸着したら,粘土の構造を壊さない限りセシウムを取り出すことはできません.粘土はこのような粘土ばかりではなく,セシウムを吸着するけれど,比較的容易にセシウムを洗い流すことのできる粘土もあり,代表的なものがカオリナイト(カオリン)です.これは陶磁器や塗工紙に使われていることで知られています.ですから,たくさんのセシウムを強く吸着しているバーミキュライトのみを汚染土壌のなかから分離できれば,安全に安定にセシウムを保管することができ,しかも汚染土壌全体の体積を大幅に減少させることができます.なぜならバーミキュライトを取り除いた土壌の放射能濃度は低いものとなっているからです.
このプロセスを我々は減容化と呼んでいます.この減容化に超伝導磁気分離が役に立つのです.実は,セシウムを強く大量に吸着するバーミキュライトは,常磁性と言って,強い磁場であれば磁石に吸着させることができる性質を持っています.身近な常磁性体の例はアルミニウムで,アルミニウムは普通,磁石にくっつきませんが,強い磁場があれば磁石に付着させることができます.これと同じように,粘土のバーミキュライトも,磁石に吸着させることができます.しかしながら実験的な規模で強力な磁場を使ってバーミキュライトを磁石に吸引できたとしても,工業的に大規模に磁気分離を実施することは難しく,福島の汚染土壌の減容化への適用は限界がありました.
そこで,永久磁石程度の磁場で(10,000ガウス以下)で小さな粘土粒子を磁場で分離する技術が開発されました.土壌を水に分散させた懸濁液を上方に向けて流すと,ある速度で土壌粒子の重力と液が上方に押し上げる力がバランスして,ほぼ無重力近い状態にすることができます(図5).このような状態で,この空間に,磁気フィルターを設置して永久磁石程度の磁場を印加すると,他に力が働かないので,バーミキュライトのような常磁性体でも低い磁場で吸着させることができます.他の成分は反磁性を示しますので吸着しません.

実際は,上向きの力を少しだけ大きくしておけば,磁石にけん引されない粒子はこの管の上端から抜け出ていくことになります.この技術で磁場を使うことにより大量の汚染土壌の減容化が可能となりました.
磁場強度が10,000ガウス以下の磁場で減容化が可能となりましたが,それでも超伝導磁石は必要と考えています.なぜなら,広い空間に10,000ガウス程度の磁場を発生させることができるのは超伝導磁石しかないからです.永久磁石では小さな空間にしか10,000ガウスを発生させられないからです.このように福島の汚染土壌の減容化にも,超伝導磁石による磁気分離が役に立つことが明らかになりました.
この他に図6に紹介するような様々な環境保全のための磁気分離装置が開発されています.このように超伝導磁石から発生する強い磁場を上手に利用しますと,いろいろな環境保全に役立つ技術とすることができます.最初で述べましたように,環境保全と一口で言ってもその範囲は広く,さまざまな分野にまたがっています.しかしながら,超伝導磁気分離技術は,ほとんどの分野で環境保全に役立つことができます.今後,環境保全が重要な問題となることを考えますと,超伝導磁気分離技術への期待はさらに大きくなってくることが予想されます.さらなる技術開発を通じて,超伝導技術がますます人の役に立つような技術へと成長することを願っています.

使用した超伝導磁石

(缶の懸下状態で磁場の発生状況を判断した)

高温超伝導磁石


超伝導磁石を使った実験風景

(永久磁石)
参考文献など
- [1]環境省: 環境保全の定義
https://www.env.go.jp/policy/kaikei/plan/chapter3.htm - [2]経済産業省: 第6次エネルギー基本計画
https://www.meti.go.jp/press/2021/10/20211022005/20211022005.html - [3] 日本バイオ産業人会議: プラスチックに関する国内外の動向
https://www.jba.or.jp/web_file/f1103cd54733bea02c682743fcb84447e212991f.pdf - [4]M. Mato, T. Isobe, H. Takada, H. Kanehiro, C. Ohtake, and T. Kaminuma: Environ. Sci. Technol. 35, 318 (2001).
- [5]環境省: ストックホルム条約
https://www.env.go.jp/chemi/pops/treaty.html
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© 1999-2023 The Japan Society of Applied Physics (JSAP).