再生プラスチックの利用拡大に貢献する蛍光指紋分析を活用した再生材含有率の推定技術  八木 大介,神林 琢也,尼崎 新平,堀込 純 日立製作所,日立ハイテク 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

はじめに

近年,持続可能な社会の実現に向けて,大量生産・消費を前提とした線形経済(リニアエコノミー)から資源の循環を前提とする循環経済(サーキュラーエコノミー)への転換が国際的に進展している.なかでも,プラスチックは,私たちの生活に欠かせない重要素材である一方で,枯渇資源である石油由来の材料であり,環境への排出が生態系に影響を及ぼすことなどから,再生材の利用が拡大している.このような背景のもと,再生材自体の品質向上や流通量の拡大に加え,製品中の再生材含有率を把握可能とするトレーサビリティ管理も求められている.再生材の含有率の開示は,製造者にとっては環境配慮に対する姿勢を社会に示す手段であり,消費者にとっても環境負荷の低い製品を選択するための判断材料の一つとなる.

しかしながら,現行で広く用いられている再生材含有率の推定方法は,破壊的な手法であることや,測定に時間を要することが,実際の製造現場で運用する際の主な課題である.また,再生材は多種多様な廃材を回収・再資源化して製造されるため,黒色に色調する場合が多く,可視光領域での光学測定が困難となる[1].こうした課題を解決するため,我々は非破壊分析が可能な分光法の一つであり,黒色の試料にも感度を持つ「蛍光指紋分析」に着目し,プラスチックの再生材含有率を推定する技術を開発している.

蛍光指紋分析

蛍光指紋分析は,励起光を波長走査しながら試料に照射し,試料から放出される蛍光スペクトルを計測する分析手法である.分析結果として,励起波長と蛍光波長の2次元空間における蛍光強度分布:Excitation–Emission Matrix : EEM を取得できる.EEMは試料中に含まれる蛍光物質の化学構造および濃度に依存して変化するため,試料ごとに特有の蛍光パターン,いわば「指紋」を示す.この指紋パターンは,材料判別や含有物の濃度推定に活用されている.

一般に,プラスチックには,酸化防止剤や滑剤など,様々な添加剤が含有されており,これらの多くは芳香族構造を有しているため,蛍光を発する性質を持つ.図1には,蛍光指紋分析の測定イメージおよびプラスチックにおけるEEMの典型例を示す.本技術では,プラスチックに含まれる添加剤に由来する蛍光特性に着目し,その強度変化から再生材の含有率を推定する技術を検討した.

本稿では,汎用プラスチックの一つであるポリプロピレン(PP)を対象に,バージン材と再生材を任意の比率で混合した成形品について,添加剤由来の蛍光データを用いた再生材含有率推定の実験例[2]を紹介する.

図1 蛍光指紋分析の測定イメージおよびプラスチックにおけるEEMの典型例

PPを対象にした再生材の含有率推定

はじめに,射出成形機を用いてバージンPPと再生PPの混合比率が異なる成形品を作成し,それぞれのEEMを取得した.計測装置は,日立ハイテクアナリシス製の蛍光光度計F-7100[3]を使用し,蛍光波長および励起波長はそれぞれ250 nmから600 nmを5 nm刻みで測定した.1サンプルあたりのEEM測定時間は約 5 分である.図2に,100% バージンPPおよび100% 再生PPのEEMを示す.蛍光の原理上,励起光よりも長い波長の蛍光が得られるため,蛍光波長より励起波長が長い領域は除外した.また,励起波長の2倍となる励起光の2次散乱光成分も除外した.図2より,バージンPPには励起波長250 nm付近に蛍光が存在するが,再生PPには同様の蛍光が存在しなかった.

図2 100%バージンPP(左)および,100%再生PP(右)のEEMの取得結果[2]

次に,得られたスペクトルデータに対して多変量解析を行い,再生PPの含有率と相関性の高い励起–蛍光特徴量(励起波長250 nm,蛍光波長300 nm)を選定した.図3には,励起波長250 nmにおける蛍光スペクトルを,再生材含有率の異なる成形品間で比較した結果を示す.図3より,再生材の含有率が増加するにつれ,蛍光強度が減少することが確認できる.

バージンPPの蛍光の起源を明らかにするために,液体クロマトグラフ質量分析による定性分析を実施した.その結果,バージンPPからのみ,フェノール系酸化防止剤と推定される化合物が検出された.フェノール類は300 nm付近に蛍光を示すことが報告されている[4]ことから,図3に示した再生材含有率の増加に伴う蛍光強度の低下は,成形品中のバージンPPに含まれるフェノール系酸化防止剤の濃度が低下したためと推定した.

図3 励起波長250nmの蛍光スペクトルの比較結果[2]

最後に,励起波長250 nm,蛍光波長300 nm における蛍光強度を説明変数,再生材含有率を目的変数とした回帰モデルを構築した.再生材含有率と蛍光強度の関係が非線形であったため,本研究では,回帰モデルの構築にあたりニューラルネットワークを用いた.学習やハイパーパラメータ調整に使用していないデータを用いて推定精度を検証した結果を図4に示す.縦軸がモデルの推定値,横軸が成形品作成時の設定値を示しており,プロットが対角線に近いほど高い推定精度であることを意味する.その結果,決定係数 R2=0.96 であり,本手法が再生材含有率の定量推定に有効であることを確認した.


図4 構築モデルの精度検証結果

今後の展望

蛍光指紋分析は非破壊の分析手法であることから,品質検査の用途で製造プロセスに組み込める可能性が高い.成形品ごとにEEMを記録し,成形品単位でのトレーサビリティ情報を確保することで,製品の環境配慮に関する開示情報の一つとなりうると考えている.

今後は,他の樹脂材料への適用可能性を検証するとともに,製造現場での計測を実現するシステム開発にも取り組む予定である.持続可能な社会の実現に向けて,再生材の使用実績を「見える化」する本技術が,プラスチックのトレーサビリティ管理を高度化するための一つの手段となれば幸いである.

参考文献

著者プロフィール

八木 大介

(やぎ だいすけ)

2018年に株式会社日立製作所に入社.以降,機械学習の応用をはじめとした製造プロセスのデータ活用に関する研究開発に従事.化成品,金属素材,パワー半導体,プラスチック成形など幅広い製造現場のDXを推進.2020年からは再生プラスチックの使いこなしやトレーサビリティ管理への分光分析の応用など,環境×デジタルを実現する技術開発に注力.

神林 琢也

(かんばやし たくや)

2007年に株式会社日立製作所に入社.以降,近赤外分光法(NIR)を用いたプロセス分析技術(PAT)の研究開発に従事.食品・化学・医薬品の製造ラインにおける品質管理の高度化を推進.近年は,循環型社会の実現をめざし,資源循環や廃棄物削減技術の研究開発にも注力.

尼崎 新平

(あまさき しんぺい)

2012年に株式会社日立製作所に入社.以降,リチウムイオン電池をはじめとしたケミカル分野の製造・検査技術の研究開発に従事.2020年頃からは持続可能な社会の実現に向けて,製造やリサイクル工程を対象に計測・分析とデータ解析を活用したモノづくり×デジタルの技術開発に注力.

堀込 純

(ほりごめ じゅん)

2005年に株式会社日立ハイテクノロジーズ(現:日立ハイテク)に入社.以降,分光蛍光光度計の設計開発,蛍光指紋を用いた試料判別分析手法の確立と可視化技術 などの分析手法の開発に従事.現在は,分光分析の新規ソリューションの事業開発,製品戦略立案などプロダクトマーケティングを推進.