光散乱式微粒子センサ エネルギーロス削減と快適性・生産性向上の両立に貢献する空気環境計測技術 中井 賢也 三菱電機株式会社 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

GXと環境計測

環境の状態や変化を監視し把握する環境計測は,世界の経済発展が進むなかで環境破壊や健康被害という社会問題に対して常にその重要性が取り上げられてきました.特に,直径2.5 µm(1 µm=1 mmの1000分の1)以下の微小な粒子は,粒子状物質(particulate matter)やPM2.5と称され,呼吸器系疾患や循環器系疾患のリスクとされており,新興国をはじめとする世界の急速な経済発展によって大量に発生したことから,2000年代から世界での健康被害が深刻化し関心が高まりました [1].世界保健機関(World Health Organization: WHO)では公衆衛生を保護することを目的に大気質基準のガイドライン(Air Quality Guidelines: AQG)にPM2.5の基準値を示しており,これに沿って各国が自国の地域状況を考慮し空気環境基準を規定しています [2].

グリーントラスフォメーション(Green Transformation: GX)へ世界が動き出した中で,環境計測は,健康被害の観点に加え,エネルギーロス削減という課題に対してもその重要性が高まっています.スマートシティ,スマートビルディング,スマート工場などの持続可能な社会実現に向けたコンセプトでも,モノのインターネット(Internet of Things: IoT)技術や人工知能(Artificial Intelligence: AI)技術の活用により,さまざまな機器をインターネットで繋ぎ,利便性の向上や作業の効率化を目指します.と同時に,人・モノで発生するエネルギー消費を抑制し,全体のエネルギーロスの極小化が求められています.ここには,私たちが普段から利用する住環境(ビルや住宅),自動車や鉄道などのモビリティのほか,道路や橋梁,建設物といった社会インフラの建築や管理,また企業の生産工程,生産プロセスにおよびます [3].

このコラムでは,環境計測を行なうセンサのひとつ,空気中の微粒子を検出する光学センサに焦点を当て,GXへの取組みにおける活用領域についてご紹介したいと思います.

エネルギーロス削減と質の高い社会の両立へ

GXによる社会変革には,エネルギーの削減だけでなく,経済活動,質の高い社会の維持継続がなくてはなりません.日本では,HEMS(Home Energy Management System)やBEMS(Building and Energy Management System)のように,住宅やビルディングのエネルギーを見える化し,電機設備の最適なエネルギー管理する技術が進展しています.最近ではZEH(Net Zero Energy House)やZEB(Net Zero Energy Building)といった年間の一次エネルギー消費量ゼロを目指した先進建築物も認知されてきました.

さらに,世界ではLEED [4] やWELL [5] といった,オフィス環境や生活環境の効率性と生産性,ウェルネスを含めた空間環境の質の向上を評価する,建築物環境の国際的な認証制度が普及しつつあります.ここでもGXへの活発な動きからエネルギー効率化への評価プログラムが導入され,省エネ性と快適性・生産性の両方を実現することがますます重要となっています(図1(a)).これら両立した空気環境の最適制御に,環境計測を行なうセンサデバイスと,それらを繋ぐIoT技術,計測データを分析するAI技術が活用できると考えられます.

図1(b)に,オフィスや住環境での快適性・生産性と省エネ性の両立を目指す仕組みの一例を示しました.CO2や揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds: VOC)の定期的な自然換気,すなわち換気扇のような動力を使わないパッシブな換気を積極的に取り入れることで,ビルや建物全体の換気にかかるエネルギーの削減をします.一方,PM2.5とCO2などの空気品質を計測するセンサを配備し,室内または室外の空気品質を見える化することで,外気のPM2.5濃度,室内の清浄度とCO2濃度を勘案した換気制御を行なって,空気品質を維持します.また,この細やかな運転制御が可能となることで,空気清浄や送風システムの余分な稼働を減少させ,さらなる省エネ性を高めることが期待できます.

図1: 環境計測とIoT・AI技術による空気環境制御.

自動車やその他モビリティの車内空間においても同様です.電気自動車(Electric Vehicle: EV)や燃料電池自動車(Fuel Cell Electric Vehicle: FCEV)などのゼロエミッションビークル(Zero Emission Vehicle: ZEV)の実現には,車を走らせる動力のほか,空調などの車内機能にかかるエネルギーの効率化がこれまで以上に必須です.空調フィルタに空気が通過する際,空気の流れが妨げられ抵抗が生じますが,このときの圧力損失がエネルギーロスとなります.外気と内気のPM2.5濃度を計測し,それに基づいたフィルタの切換えを行なうことで,省エネ性の高い車内空調制御の実現が期待できます [6].

製造工場では,製造設備をネットワーク上で接続し,稼働状況を管理・制御することでプロセス革新を図る取り組みが挙げられます [7].精密な製品の製造工程では,生産設備の稼働や作業者の作業動作によって発生する目に見えない微粒子が不良リスクの要因となります.生産プロセスにおける空気品質の計測と制御は,生産性向上とともに空気の清浄や循環を行なう空調システムの不要なエネルギーの削減に繋がります.

このように,空気中の微粒子の把握・可視化技術は,さまざまな場所・現場でのエネルギー効率化と快適性や生産性を高める制御に活用できると考えられます.

微粒子と光の散乱

空気中を漂う微小な粒子(微粒子)をエアロゾルと呼びます.微粒子といっても,その大きさや物質は,発生する要因や現場によってさまざまです.ウィルスの場合は直径数百ナノメートルと非常に微細なものから,砂やダストのように数十マイクロメートルの大きさを有するものまで存在します.

微粒子に光が照射されると光が散乱します.窓から入り込む日差しで部屋埃がきらきらと光って舞っている様子に気づくことがあります.これが空気中の埃の粒子からの散乱現象を見ています.ところが,PM2.5やウィルスのように粒子サイズが小さいと,肉眼で観測することは困難となります.これは散乱断面積が小さくなり,散乱光の量も小さくなるためです(図2(a)).

図2: 粒子散乱と粒子の大きさによる散乱の違い.(a) 粒子の大きさと散乱光の大きさ, (b) ミー散乱パターン, (c) レイリー散乱パターン.

光は電磁波の一種ですが,入射光に対し,粒子は電気的な変化をもたらす構造体となり,表面電流や分極電流によって電気双極子が誘起され,電磁波の再放射が起こります.これが散乱です.電気双極子の放射電磁界の重ね合わせが遠方散乱パターンを形成します.波長\(\lambda\)と粒子の半径\(r\)の比であるサイズパラメータ\(x=2\pi r/\lambda\)によって散乱特性が変わり,幾何学的散乱(\(x\gg1\)),ミー散乱(\(x\approx1\)),レイリー散乱(\(x<1\))に大別されます.幾何学的散乱は,波長が粒子に比べて大きい雨粒や氷の結晶などで起こり,粒子の表面の屈折や反射によって光が分散される現象です.PM2.5などのエアロゾルのように粒子径が波長とほぼ同じぐらいになるとミー散乱となり,散乱光の量は小さくなります.ミー散乱は,図2(b)に示すような前方に強度が大きい散乱分布を持ちます.さらに分子やウィルスのような粒子径が波長よりも十分に小さくなると,図2(c)のように前方と後方に対象な散乱分布を持つレイリー散乱となり,散乱光の量は半径\(r\)の6乗の逆数に比例して非常に小さくなります.散乱光の散乱分布や光量の違いから,粒子サイズを判断することができます.

また,電磁波が再放出される過程では,粒子の形状も関与します.レーザ光は電界の振動方向が1方向に揃っている状態や,進行軸を中心に回転している状態を作ることができます.これを偏光といい,前者の直線偏光,後者の円偏光(または楕円偏光)があります.レーザ光が非球形の粒子に照射されると,異方構造体による電磁波の再放出となって,散乱光の偏光成分\(E_{\theta}\),\(E_{\phi}\),\(E_r\)が球形粒子と比較して異なります.散乱光の偏光という特徴の違いを粒子の形状に対応づけることで,粒子の種別に利用されます.

微粒子の散乱光から高精度に検出する小型センサ

空気環境を管理するために微粒子濃度を定量的に計測します.高精度な計測には大型な専用計測器が使用されてきましたが,設置スペースが必要になることや比較的高価であることから,一般家庭や車室内,オフィスといった環境では導入しづらく,IoT技術を活用し,広い空間での空気品質を管理するような多点計測にも適用しづらい面があります.きめ細やかな空調換気制御を行なうには設置性の良い小型でかつ高精度なセンサである必要があります.

図3: 微粒子センサの構成例.(a) 試作機外観写真,(b) 垂直断面図,(c) 散乱光検出系.

図3は,数百マイクロメートルから数百ナノメートルサイズの微小な粒子の散乱光を検出し,空気中の粒子濃度を高精度に計測する小型な微粒子センサの一例です [8].半導体レーザ,非球面レンズ,集光ミラー,光検知器,空気流量制御部により構成されています.外形寸法は67 mm×49 mm×35 mmと手のひらに載る小型なもので,大きな設置スペースを必要とせず,空調換気製品への搭載も可能です.最小検出粒子径は0.3 µmです.光源の半導体レーザから出射した光を流路に集光させ,流路を流れる微粒子に光が照射されたときに発生する散乱光を光検知器で受光します.高精度な検出性能を確保するには,より多くの散乱光を検出して粒子径の小さな粒子を高感度に検出する必要があります.そのため,レーザ光源,集光ミラーが利用されています.LED光源は安価な反面,発光点サイズが大きく,レンズで光を集光しにくい特徴があります.LED光源を用いた場合,実際の高精度な計測器と比較するとばらつきが大きい傾向にありました.本センサでは,さらなるきめ細かな空調制御のため,レーザ光源を使用して高いパワー密度の光プロファイルを流路に形成し,通過する粒子から強い散乱光を得ます.また,全方位を囲むように上下に2枚の集光ミラーを配置し,拡散する散乱光を光検知器に効率よく導いています.上側の散乱光はミラー1で反射され光検知器に導かれますが,下側の散乱光はミラー2で一旦反射されたあとミラー2で反射され光検知器に導かれます.ミラー1枚の場合に比べて検出光は約1.8倍となります.これらにより,S/N比が大きくなり粒子を検出しやすくなります.さらに,空気流量制御部(小型のポンプまたはファン)で空気の吸引流量の安定化を図り,粒子濃度(単位体積あたりの粒子数または粒子重量)をより正確に検知します.これら検出光学系と流路を含めた省スペース配置が必要となります.

Bluetooth®規格等の通信ICチップと搭載することで,市販タブレットとの通信が可能となり手軽にセンサのコントロールや毎秒の計測データを取り出せるようになります.室内空間に配置させた複数台のセンサを一括管理するアプリを準備すれば,室内空間の微粒子分布がリアルタイムに把握できます.

図4は,当社建屋屋上に大型で高価な基準計測器と開発試作機を設置し,PM2.5濃度計測値を比較した結果です.約1ヶ月の間に昼夜連続計測を実施したものです.測定日ごとの計測値の推移グラフで,基準計測器と試作機の相関係数 \(R^2\)は約0.96と高い相関性が確認されています.

図4: PM2.5濃度計測値の比較評価結果.

むすび

微粒子センサは,さまざまな環境パラメータのひとつを計測するデバイスですが,空気環境の見える化による運転制御により,ビルや住環境の質向上,また,製造プロセスの効率化や生産性向上を兼ね備えたエネルギーロス削減の一助となることと期待されます.

著者プロフィール

中井 賢也

(なかい けんや)

三菱電機株式会社先端技術総合研究所研究員.1995年同社入社.光ディスク装置の研究開発と量産化,高密度記録光ディスクの研究開発を経て,微粒子センサなど光センシング技術の開発に従事.2015年大阪市立大学大学院工学研究科博士後期課程修了.博士(工学).専門:レーザ,ナノ粒子,光センシング,電磁界解析など.