波長掃引中赤外レーザーによる火山ガスの分光分析 環境ガス計測用,超小型波長掃引量子カスケードレーザーの開発 枝村忠孝 浜松ホトニクス株式会社中央研究所 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

はじめに

日本にある活火山は111岳(気象庁HP),世界の活火山の約7%が存在する日本は世界有数の火山大国と言えます.火山地帯は温泉や景勝地といった観光資源の他にも,自然エネルギーとして地熱発電もカーボンニュートラルに向けて注目されています.地熱発電では熱源を確保すれば気象条件や昼夜を問わず安定して発電できますので,日本にとって好適な再生可能エネルギーと言えます.一方で,火山はひとたび噴火すると人的被害に加えて周辺地域への経済的損失も発生します.2014年の御嶽山,2015年の箱根大涌谷の噴火は記憶に新しいところです.

火山活動と密接に関係した火山ガスの分析は噴火を予測する上で非常に重要となります.また,新規地熱発電所設置のための環境アセスメント評価や火山地帯の植生への影響調査研究においてもリアルタイムモニタリングが求められています.これまで火山ガスの分析には主に電極上での酸化還元反応を利用した電気化学式センサが用いられてきました.電気化学式では電極が直接ガスに暴露されるため定期的な交換が必要であり,ドリフトなどの影響で定期的な較正が必要になるなど,長期間のリアルタイムモニタリングが難しいという問題がありました.そこで我々は長期間安定にリアルタイムモニタリング可能なレーザー方式ガスセンサの開発に取り組んでいます.

レーザー吸収分光法

吸収分光法は光が物質を透過するときの光吸収量を計測して,その物質の成分や濃度を求める方法であり,高感度化,高速化を目的としたさまざまな手法が開発されています.原子や分子にはその構造に起因した振動や回転のエネルギーが存在し,光が入射すると原子や分子のエネルギー遷移に対応した波長の光を吸収します.この振動や回転のエネルギーはそれぞれの原子や分子に固有の値を持っているため,吸収スペクトルを計測することで成分や濃度を同定できます.吸収強度は遷移確率によって決まり,量子力学を用いて正確に計算することができ,データベース化されています.地球温暖化の原因と言われる二酸化炭素(CO2)やメタン(CH4),代表的な火山ガスである硫化水素(H2S)や二酸化硫黄(SO2)は波長4~10 μmの中赤外と呼ばれる波長領域に強い吸収が存在します.一例として二酸化硫黄(SO2)の吸収スペクトルの例図1に示します.光源として,波長の揃った単色性に優れたレーザー光を用いてこれらの吸収を狙い撃ちすることで干渉成分が混在するような環境やガスの温度や圧力が変動するような場合であっても,着目した1つの成分に固有の吸収の強度変化を高感度に計測することが可能です.ランプのような連続スペクトルの光源では,各波長成分に分解するには分光器が必要となりますが,単一波長で発振するレーザー光源で波長を掃引することができれば,分光器が不要となり,光源と検出器を用意するだけで吸収スペクトルを計測することができます.

図1: SO2の吸収スペクトルの例.

MEMS技術を用いた超小型波長掃引量子カスケードレーザー

中赤外領域において分光計測用に単一波長で発振する半導体レーザーとしては量子井戸構造中のサブバンド間遷移を利用した分布帰還型(Distributed Feed-Back: DFB) 量子カスケードレーザー(Quantum Cascade Laser: QCL)が市販 [1] されており,自動車排ガス分析装置などが実用化されています.DFB型QCLでは素子内部に半導体プロセス技術を駆使して形成された回折格子により,選択された1つの波長で発振しますので発振波長は固定です.したがって複数のガス種を計測する場合,光源はガス種に対応した発振波長の数だけレーザーを用意する必要があり,装置が大型になり高コストになることから火山地帯に複数台設置して観測網を構築するのはあまり現実的とは言えません.

広帯域連続波長掃引光源は利得帯域の広いQCL [2] を利得媒体に用いて外部共振器を構成することで実現できます.最も簡単な構成としては半導体レーザーの一方の端面から出射された光を回折格子により1次回折光を直接半導体レーザーに再入射させて,もう一方の端面から出力させるというもので,リトロー配置と呼ばれています.回折格子側の端面に無反射コーティングをすることで半導体レーザーの外部に設置された回折格子と出射側の端面で共振器を構成するので,外部共振器と呼ばれています.回折格子の角度を変えることで波長を選択することができます.波長掃引するためには回折格子をステップモーターなどで回転させて連続的に角度を変える必要がありますが,装置構成として大型化してしまうという問題があります.小型化には可動部をいかに小さくできるかが重要となりますが,例えば微小電気機械システム(Micro-Electro Mechanical Systems: MEMS)を利用して回折格子を稼動させることが考えられます.従来の機械式に代わってMEMS機構により光学部品を稼動させる小型デバイスが近年,さまざまな分野で利用されてきています.図2に外部共振器の構成例を示します.SOIウエハに駆動用コイル配線を埋め込み,絶縁膜を介して最表面にナノインプリント法を用いてブレーズド回折格子を形成しています.MEMS回折格子,利得媒体となるQCL素子,レンズ光学系,温度制御用ペルチェ素子などを1つのパッケージに収めた指先サイズ(12.7 mm×30 mm×13.1 mm)の超小型波長掃引光源 [3] を実現しました.設計波長は硫化水素(H2S)および二酸化硫黄(SO2)の吸収が存在する波長7~8 µmです.


図2: 開発した波長掃引光源.

火山ガス計測システム

産業技術総合研究所(AIST)センシングシステム研究センター(SSRC)と連携してバッテリー駆動可搬型でアタッシュケースサイズのレーザー方式ガスセンサのプロトタイプの作製に取り組んでいます(図3).火山ガスを透過したレーザー光を受ける検出器としては,波長7~8 µmに感度ピークを持つように新しく設計し,マイクロレンズを近接実装したInAsSb受光素子を用います.また,屋外での計測では気温変動や太陽光の影響などの外乱に対する較正をリアルタイムに処理する必要がありますが,そのためには既知のサンプルを封入した参照セルを用意し,参照セルと火山ガスとの差分信号を計測することが有効です.そのため2台のInAsSb受光素子とバランス検出回路を集積した差動検出モジュールの開発も並行して進めています.


図3: レーザー方式ガスセンサ(次世代赤外分析装置)のイメージイラスト.

これら波長掃引レーザー光源,差動検出モジュール,レーザー光と火山ガスとの相互作用長を稼ぐ多重反射デバイス,信号処理回路など各要素技術を統合し,計測アルゴリズムの最適化を行ない,システムを構築します.検出感度0.1 ppm(H2S,SO2),メンテナンスフリー,バッテリー駆動で24か月の連続無人運転を目指しています.また,取得した計測データは一時的に蓄積され,IoT技術を活用してネットワーク環境への接続によって遠隔にてデータの閲覧および解析ができるようにする予定です.最終フェーズでは実際の火口付近にプロトタイプを設置して検証試験を行なう計画となっています.具体的には阿蘇中岳,霧島硫黄山などを想定しています.多点同時計測を実施することで,トモグラフィーによる火山ガスの時空間分布の解析を行なうことが最終目標です.環境の整った実験室ではなく,実際の火山地帯での精密な分光計測は非常にチャレンジングでありますが,このような技術が確立されれば,将来的には無人機やロボットへの搭載などさまざまな応用展開が期待されます.

謝辞

本成果は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業により得られたものです.

著者プロフィール

枝村忠孝

(えだむら ただたか)

浜松ホトニクス株式会社中央研究所材料研究室,室長.1995年慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了,博士(工学).同年浜松ホトニクス株式会社入社,半導体量子構造の光物性および光デバイスの研究開発に従事,現在に至る.専門は量子光エレクトロニクス,半導体レーザ.第21回日本光学会光設計優秀賞,第34回櫻井健二郎氏記念賞など受賞.日本光学会会員,IEEE Senior Member.

タグ

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