公益社団法人 応用物理学会

低温技術と水素社会 電気抵抗ゼロの高温超伝導材料と冷却特性に優れた液体水素の組み合わせによる高効率で高機能な電気機器の実現 柁川 一弘 山口東京理科大学 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

水素社会の先駆けとして,トヨタ自動車(株) が燃料電池自動車(Fuel Cell Vehicle: FCV)のMIRAI(ミライ)を2014年12月に販売開始したのを皮切りに,本田技研工業(株) もFCVクラリティ・フューエル・セルを2016年3月に発売しており,国内外でFCVが徐々に普及してきています.また,FCVに燃料を供給する水素ステーションも国内では四大都市圏(東京・大阪・名古屋・福岡)を中心に整備されています.FCVは,搭載タンクから供給された水素と空気中から取り込んだ酸素を用いて燃料電池で発電し,得られた電気を使ってモーターを駆動して走行するクルマです.水素はこの世で最も軽い分子であり,密度が小さいため,長い距離を走行するために多量の水素を取り扱うには大きな容積が必要となります.一度の燃料補給で500 km以上の走行距離を実現するために,FCVには最大70 MPa(約700気圧)の水素を充填可能なタンクが搭載されており,将来的にはさらに100 MPa(約1000気圧)まで高くする予定です.一方,国産の衛星打ち上げロケットH-IIAは,長年にわたり推進剤として液体水素を利用しています.この液体水素の沸点は20 Kであり,常圧の密度は70.8 kg/m3です.水素の密度の比較を図1に示していますが,ガスを100 MPaまで圧縮しても液体の方が密度は高いことがわかります.特に,水素の貯蔵や輸送の際には,密度の高い液体状態の方が容積は小さくなり,取り扱いやすくなります.実際に,岩谷産業(株) の試算 [1] によると,圧縮水素トレーラー約12台分に搭載可能な水素量を液体水素トレーラー 1台で運搬可能であり,輸送コストが大幅に低減します.つまり,今まさに始まった水素社会の効率的運用には,液体水素の活用が不可欠です.


図1: 圧縮水素(GH2)と液体水素(LH2)の密度の比較.

FCVの水素タンクにはカーボン繊維を樹脂で固めて強化したプラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastics: CFRP)が使用されており,軽量性と高強度を同時に実現しています.しかし,燃料補給のために水素ステーションで高圧ガスを急速充填すると,断熱圧縮によりガスの温度が上昇して樹脂が溶け,水素タンクが破損してしまいます.現状では,水素タンクへの充填前にガス温度をまず −40 °C まで下げることが行われています(予冷).将来の水素ステーションにおいては,このように常温水素ガスを予冷して充填するか,もしくは代替として液体水素を蒸発させて低温のまま充填するか,効率的な運用方法を十分検討する必要があります.

液体水素は極低温のため,電気抵抗ゼロの超伝導材料と組み合わせると,両者の相乗効果によりグリーントランスフォーメーション(GX)に貢献できます.超伝導材料の特長である大電流・強磁場を利用した機器開発に伴い,超伝導転移温度(Tc)が25 K未満の低温超伝導材料 [*1] を液体ヘリウム(沸点4 K)で冷却する低温技術がこれまでに構築されています.液体水素は液体ヘリウムよりも軽くて温度が高いため,液体ヘリウム用に構築された低温技術の多くが,そのまま液体水素にも転用できます.代表的なものとしては,極低温液体の蒸発を極力抑えて内部に保持できる真空断熱容器,極低温液体を蒸発させずに効率的に移送できる真空断熱二重配管,常温ガスから極低温液体を製造できる液化機,極低温液体の蒸発ガスを再液化してリサイクルできる小型冷凍機があります.一方,液体ヘリウム用に開発されたものをそのまま使うことができず,液体水素用に改良が必要なものの1つとして,容器内にある極低温液体の量を測定する超伝導式液面計があります.

液体ヘリウム用の超伝導式液面計として,低温超伝導材料で作製した線材を用いたものが開発され,長年にわたり使用されています [2].この超伝導式液面計の構造と動作原理を図2に示します.容器内に鉛直に配置した超伝導線に電流を流すと,液中の部分は電気抵抗ゼロのため電圧が発生せず,ガス中の部分は有限の電気抵抗により電圧が生じます.そこで,超伝導線の両端電圧を計測すれば,ガス中の長さに比例した電圧を取得することで極低温液体の界面(液体とガスの境目)の位置を特定でき,容器内の極低温液体の量を把握することが可能になります.この動作原理からわかるように,超伝導式液面計を実現するためには極低温液体中で電気抵抗ゼロを達成する必要があり,使用する超伝導材料のTcが計測したい液体の沸点よりも高いことが求められます.つまり,低温超伝導材料では液体水素用の超伝導式液面計を実現できず,Tcが25 K以上の高温超伝導材料 [*1] を適用する必要があります.液体水素用の超伝導式液面計に適用可能な高温超伝導材料の1つとして,2001年に日本で発見されたTc = 39 Kをもつ二ホウ化マグネシウム(MgB2)[3] があります.このMgB2材料を細い線材に加工して感応部とした超伝導式液面計が実際に製作され,実用レベルに近い液体水素の液面検知に成功しています [4].


図2: 超伝導式液面計の構造と動作原理.

液体水素が液体ヘリウムよりも優れている点としては,蒸発潜熱が単位質量あたりで約22倍,単位体積当たりで約12倍も大きいため,蒸発しにくく高い冷却効果を発揮でき,超伝導応用機器をより安定的に運用できます.また,ヘリウムは地球上にごくわずかしか存在しない希少資源であり高価ですが,水素は水や有機物の形で広く分布しており入手しやすく安価です.その一方で懸念事項として,ヘリウムは不活性ガスであり他の元素や化合物と化学反応を起こしにくいですが,水素は可燃性ガスであり取り扱いに十分注意する必要があります.水素は大気中にある酸素との化学反応により爆発を起こす可能性がありますが,常温で大気と混合した場合の水素の爆発濃度範囲は4%~75%であり,温度の低下とともにその範囲は狭くなります.液体水素を充填した容器内は純水素雰囲気であるため(つまり酸素が存在しないため),爆発しません.また,万一蒸発ガスが大気放出されたとしても,グレアムの法則 [*2] より最も軽い水素分子の大気中での拡散速度は最速で,発火源にのみ注意すれば爆発することはありません.このように優れたポテンシャルをもつ液体水素を超伝導応用機器の冷却剤として有効活用すれば,熱・電気エネルギーにも変換できる水素と電気抵抗ゼロによる省エネルギー性をもつ超伝導応用機器の相乗効果により,高効率で高機能な電気機器を将来的に構築可能となることが期待されます.

注釈

  • [*1] 電気抵抗がゼロとなる超伝導転移温度Tcが25 Kを境として,低温・高温超伝導体を区別することが,IEC(国際電気標準会議)[5] とJIS(日本産業規格,旧日本工業規格)[6] で決められている.
  • [*2] 気体の拡散速度は,その分子量の平方根に逆比例する.

著者プロフィール

柁川 一弘

(かじかわ かずひろ)

神奈川県生まれ.九州大学工学部卒,九州大学大学院工学研究科修士課程(電子工学専攻)修了.電子技術総合研究所を経て,九州大学超伝導システム科学研究センター,九州大学博士(工学).現在,山口東京理科大学工学部教授.