結晶Si太陽電池の現状と展望 太陽電池の主力電源化と用途拡大を目指して 高遠 秀尚 産業技術総合研究所 福島再生可能エネルギー研究所 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理
はじめに
結晶Si太陽電池(セルおよびモジュール)は,長い開発の歴史に基づいた高効率,高信頼性という特徴に加え,近年発電コストが大幅に低減したため,大規模な発電施設から工場や住宅の屋根まで幅広く用いられるようになった.現在,世界の太陽電池の導入量は1 TWを超えているが,その約95%は,結晶Si太陽電池で占められている(残りはCdTe太陽電池など)[1].太陽電池は,屋外で数十年も日光や風雨にさらされるという特殊なデバイスであるため,これに耐えうるための各種の工夫が必要とされる.本コラムでは,産業技術研究所福島再生可能エネルギー研究所(FREA)における成果を含めて,結晶Si太陽電池の現状と展望について解説する.
結晶Si太陽電池セルの高効率化
現在市場のほとんどを占める太陽電池セルは,製造コストと変換効率のバランスの取れたPERC(Passivated Emitter and Rear Cell)と呼ばれる構造のセル(図1(a))である.この構造では,p型Si基板にリンを熱拡散したpn接合を形成するとともに,受光面にSiN膜,裏面にAlO/SiN膜の表面パッシベーション膜(受光面は反射防止膜を兼ねる)を形成し,その一部に電極を設けている(市販のセルの変換効率は22%程度).従来,ホウ素(B)をドープしたp型Si基板が用いられてきたが,Bの代わりにガリウム(Ga)をドープしたSi基板が用いられるようになり,p型Si基板特有の基板中のホウ素–酸素(B–O)ペアの解離による光特性劣化を防止できるようになってきた.
さらに,次世代の太陽電池セルは,量産品で24%以上の変換効率が求められるが,この候補として,TOPCon(Tunnel Oxide Passivated Contacts)型(図1(b))およびSHJ(Silicon Heterojunction)型(図1(c))の開発が進められている.ともに,実用サイズの基板を用いて変換効率が25%を超えるセルがすでに作製されている [2, 3, 4].TOPCon型は,PERC型の発展形ともいえ,セルの裏面側にSi基板/トンネル酸化膜/高濃度ドープされた多結晶層の構造を有することが特徴で,PERC型の生産設備にいくつかの装置を追加することで作製ができるという利点があり,すでに一部生産が始まっている.また,SHJ型は,三洋電機(現パナソニック)が開発したセル構造であるが,製造コストが高いことやPERCの変換効率向上もあってこれまで住宅用以外の市場が広がらなかった.しかし,ヘテロ接合が本質的にもつ高い開放電圧にともなう変換効率の高さ(結晶Si太陽電池セルの世界最高効率はSHJ型のセル(LONGi:26.81%)[4])から引き続き量産に向けた開発が進められている.

一方,材料開発の観点からは,電極ペーストの特性改善がpn接合型セルの変換効率向上に大きく貢献していることがあげられる.PERCの場合,表面の絶縁膜上にAgペーストを,裏面側の絶縁膜にレーザで穴をあけた後にAlペーストを用いて電極パターンをスクリーン印刷で形成したのち,短時間(数秒),高温(800 °C程度)で焼成を行う両面同時焼成プロセスが用いられている.この方法では,フォトリソグラフィや蒸着によらずに電極形成が可能となるだけでなく,この短時間の焼成時に,表側では絶縁膜を破ってn+層とのコンタクトをとる一方,裏面ではペースト中のAlがSi中に拡散して,高濃度のAlが含まれたp+層を形成している.このように複雑な役割を担う必要があるため電極ペーストの開発には多くのノウハウが含まれている.太陽電池セルの作製プロセスの様子(拡散工程と焼成工程)および,セルの変換効率を測定する際の様子を図2に示す.

(a) PやBの熱拡散プロセス,(b) 焼成炉での電極ペーストの焼成プロセス,(c) 太陽電池セルの変換効率測定(25 °C,1SUN照射下で測定を行う).
結晶Si太陽電池モジュールの高効率化と長寿命化
太陽電池モジュール(パネル)の標準的な構造は,ガラス/封止材(主にエチレン酢酸ビニル,ethylene-vinyl acetate: EVA)/セル/封止材(主にEVA)/バックシート(またはガラス)である.太陽電池モジュールの高効率化には,なるべく稠密にセルを並べ接続することで,太陽電池セルの変換効率とモジュールの変換効率の差を少なくすることが必要である.最近では,太陽電池セル作製後にSi基板を半分に切断し,2つのセル(ハーフカットセル)として接続する方法(図3(a))や,セル間を接続するために従来のインタコネクタによる配線に代わって細線ワイヤーを用いて接続するマルチバスバー技術が用いられ始めている(図3(b)).ハーフカットセルを用いることでセル1枚当たりの電流を従来のセルの半分にし,マルチバスバーによりワイヤー間の距離をより短くすることで,太陽電池モジュールを作製した場合,電極や配線による抵抗損失を低減できるという利点がある.一方,太陽電池モジュールの重量は,ほぼ使用しているガラスとアルミフレームの重量なので,ガラスレスかつフレームレスのモジュールにすることで,結晶Si太陽電池のモジュールにおいても軽量化とある程度の柔軟性を持たせることができる.ガラスの代わりに樹脂フイルムを用いた結晶Si太陽電池モジュールはすでに市販されているが,実際に屋外での長期使用を考慮した場合,その設置方法や長期信頼性の確保は重要な課題となる.

(b) 単体のセルにマルチワイヤーを形成したセル.
太陽光発電の導入にあたっては,太陽電池モジュールの生涯発電量の最大化を考慮することが重要である.このためには,太陽電池モジュールの信頼性を向上させ,長寿命化を図ることが必要となる.太陽電池モジュールの寿命は,設置場所の環境(温度・湿度など)に大きく影響されるが,京セラとFREAは,太陽電池モジュールの製品寿命を予測する技術を共同で開発した [5, 6].図4は,開発した寿命予測手法で求めた劣化寿命と市場回収品の劣化寿命とを比較したもので,市場回収品では設置環境によっては20年間の耐久性がないものも含まれることが分かる.太陽電池モジュールの寿命予測技術は,太陽電池モジュールがリユース・リサイクルに適しているかの判断基準になり得るため,太陽電池モジュールの廃棄量の低減にも貢献できると考えられる.

結晶Si太陽電池セルを基にしたタンデム化による用途拡大
FREAでは,結晶Si太陽電池セルを基にしたタンデム化(積層化)技術として,1)太陽光スペクトルを有効に活用するためのタンデム化と,2)太陽光と熱を有効に活用するためのタンデム化の検討を進めている(図5).(a) は,ペロブスカイト太陽電池セルと結晶Si太陽電池セルのタンデム化で,すでに海外では,小面積(1 cm2)で32.5%の変換効率を有するセルが実現されている [7].今後,ペロブスカイト太陽電池の不安定性が克服でき,ペロブスカイト/Siタンデムモジュールの信頼性が確保されれば,高い変換効率をより低コストで達成できると期待される.また,(b) においては,太陽電池に入射した光のエネルギーのうち60%は,熱として棄てられているため,この熱を有効に利用する太陽電池として,“熱回収型太陽電池”を提案している [8].その1つの形態として,結晶Si太陽電池PVセルと熱電素子TEを直列接続したPV–TEハイブリッド素子の検討を進めている.FREAは,東大と共同で,PV–TEハイブリッド素子の基礎理論を構築し,PV–TEハイブリッド素子において最適な熱電素子の個数を計算できるようになっている.特に集光型モジュールへの適用を考えており,実験を進めている(図6)[9].


(a) PV–TEタンデム(ハイブリッド)素子の例, (b) 集光モジュールのプロトタイプ.
まとめ
結晶Si太陽電池は,1958年に日本国内初の太陽電池採用による東北電力VHF無線中継局が福島県福島市の信夫山に設置されてから,65年近くになるが,特にここ20年の市場拡大と技術の進展は目覚ましいものがある.しかしながら,“はじめに” に述べたように太陽電池モジュールの設置環境は過酷であり,それに対する技術的な対策がすべてのメーカ(海外を含む)で十分に取られてきたかという疑問が残る.現在,東京都や川崎市は住宅への太陽電池の設置の義務化を検討しているが,住宅屋根は野立てでの設置よりもモジュール温度が高いため,より高い信頼性を有する太陽電池モジュールが求められる.
さらに,結晶Si太陽電池を基にしたタンデム化は,従来III–V化合物太陽電池でしか達成できなかった高い変換効率を桁違いに低コストで実現できる可能性があり,今後の技術開発の進展が期待される.
謝辞
長期信頼性設計/予測技術の成果の一部は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務によるもので,ここに感謝します.
用語解説
表面パッシベーション:結晶シリコン太陽電池の高効率化のためには,光照射によりSi基板内で発生した少数キャリア(p型基板:電子,n型基板:正孔)をSi基板内あるいはSi基板表面で再結合することなく取り出すことが必要である.特に,Si基板表面での少数キャリアの再結合を低減することを表面不活性化(表面パッシベーション)といい,Si基板表面にSiO膜,SiN膜やAlO膜,あるいはa-Si層を形成することが行われている.
参考文献
- [1]Solar Power Europe, Global Market Outlook for Solar Power 2022–2026
- [2]A. Richter, J. Benick, F. Feldmann, A. Fell, M. Hermle, and S. W. Glunz, “n-Type Si solar cells with passivating electron contact: Identifying sources for efficiency limitations by wafer thickness and resistivity variation”, Sol .Energy Mater. Sol. Cells 173, 96 (2017).
- [3]K. Yoshikawa, H. Kawasaki, W. Yoshida, T. Irie, K. Konishi, K. Nakano, T. Uto, D. Adachi, M. Kanematsu, H. Uzu, and K.Yamamoto, “Silicon heterojunction solar cell with interdigitated back contacts for a photoconversion efficiency over 26%”, Nat. Energy 2, 17032 (2017).
- [4]LONGiホームページ
- [5]京セラホームページ
- [6]特許第6811974, 6818307, 6837649号
- [7]HZBホームページ:World record back at HZB: Tandem solar cell achieves 32.5 percent efficiency – Helmholtz-Zentrum Berlin (HZB) (helmholtz-berlin.de)
- [8]K. Kamide, T. Mochizuki, H. Akiyama, and H. Takato, “Heat-Recovery Solar Cell”, Phys. Rev. Appl. 12, 064001 (2019).
- [9]K. Kamide, T. Mochizuki, J. Sakuma, H. Akiyama, and H. Takato, “Experimental Test of Heat Recovery in Silicon Solar Cells with Thermoelectric Materials”, Proc. 38th European Photovoltaic Solar Energy Conf., p. 37 (2021).