横型熱電変換 接合の無い熱電変換素子の実現に向けて 内田 健一 物質・材料研究機構 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理
はじめに
固体中の熱エネルギーを直接電気エネルギーに変換できる熱電発電は,持続可能な社会を実現するための有望な技術の一つです.最も広く用いられている熱電発電の原理は,1821年にT. J. Seebeck博士によって発見されたゼーベック効果であり,この現象を用いれば温度勾配に平行な方向(以下,縦方向)に電圧や電流を発生させることができます.与えた温度勾配と縦方向に発生した電場との比はゼーベック係数と呼ばれ,ゼーベック効果に基づく熱電能を示します.図1(a)のように,ゼーベック効果を利用した熱電変換素子は,p型導体とn型導体のペアを多数直列接続した構造を有しています.p型(n型)導体のゼーベック係数は正(負)であるため,各導体の熱起電力が加算され,素子全体の出力は導体ペア数に比例します.導体一つ一つからはmVオーダーの熱起電力しか発生しませんが,集積化することで実用的な大きな電圧を得ることができます.熱電発電の性能は無次元性能指数ZTで評価されることが多く,ゼーベック効果の場合,ZTはゼーベック係数の2乗と電気伝導率に比例し,熱伝導率に反比例します(Tは絶対温度).長らくZTが1を超えることが熱電材料の実用化への指標とされてきましたが,21世紀における精力的な物質・材料研究の結果,ZT=1をはるかに超えるさまざまな材料が合成・発見されています.しかし,材料レベルでの革新的な進展とは対照的に,熱電発電技術の応用対象は未だ限定的です.この状況の一端は,ゼーベック素子の複雑な構造にあります.p型・n型導体のペアあたり4つの接合があるこの素子構造では,接触電気抵抗および接触熱抵抗が大幅に増大するため,材料レベルで優れた特性が得られていても素子化によってエネルギー変換効率が低下してしまうのです [1].また,素子の熱的・機械的耐久性や製造コストにも課題があります.

これらの問題を解決し得る一つの手段が,“横型”熱電変換です [2,3].横型熱電効果を用いれば,温度勾配と垂直な方向(以下,横方向)に電圧や電流を発生させることができます.横型熱電効果のZTもゼーベック効果とほぼ同様の定義であり,横方向に発生した電場を与えた温度勾配で規格化した値(横熱電能)の2乗と電気伝導率に比例し,熱伝導率に反比例します.横型熱電効果によって誘起される電圧および電力はそれぞれ,横方向に材料の長さ・面積を増やすことによって増強でき,多数の接合構造を形成する必要はありません(図1(b)).このため横型熱電効果は,広面積に分散した熱エネルギーの再利用に適しています.電圧・電流取り出し用の接点を除いて接合の無い横型熱電変換素子においては,接触電気・熱抵抗の問題が存在しないことから材料のZTから期待される素子効率を得ることができ,さらには素子の耐久性向上・低コスト化にも効果的だと期待されています.このように横型熱電変換は多くの利点を有する一方,横熱電能が実用レベルに達していないなどさまざまな課題が残されており,未だ基礎研究フェーズに留まっています.
横型熱電変換はさまざまな物理現象によって駆動され,均質材料において生じる現象と複合材料において生じる現象に大別することができます.本稿では,種々の横型熱電効果の特徴とメカニズムを概説し,“接合の無い”熱電変換技術の現状と将来展望について述べます.限られた誌面で複数の現象について紹介するため,各現象の詳細については原著論文等を参照願います.
均質材料で生じる現象
横型熱電効果の歴史は1886年に遡り,A. V. Ettingshausen博士とW. Nernst博士が導体に温度勾配と磁場を印加した際に,両者の外積方向に熱起電力が発生することを発見しました.この現象は彼らの名前を冠してネルンスト効果,あるいはネルンスト・エッチングスハウゼン効果と呼ばれます.現在では,この現象を後述の異常ネルンスト効果と区別して,正常ネルンスト効果と呼ぶことが多くなっています.
正常ネルンスト効果は,伝導電子・ホールに働くローレンツ力によって発生します(図2(a)).典型的な金属における正常ネルンスト効果は非常に小さな熱起電力しか生成しませんが,Bi系半金属は正常ネルンスト効果により高い熱電変換性能を示すことが知られています(例えば,BiSb合金では1 Tの外部磁場を印加した際に100–200 KでZT>0.3に到達)[4].しかし,正常ネルンスト効果による熱電発電を利用するためには,外部磁場を印加しなければならないことが欠点となります.

e−, h+はそれぞれ伝導電子,ホールを表す.
異常ネルンスト効果は,磁性体において温度勾配と磁化の外積方向に熱起電力が発生する現象です.磁化が一方向に揃っていれば,外部磁場を印加しなくても動作します.異常ネルンスト効果のメカニズムは正常ネルンスト効果とは異なり,電子のバンド構造に由来する仮想的な磁場やスピンに依存した不純物散乱などが起源となります.近年,電子構造のトポロジーによって異常ネルンスト効果が増大することが見出され,固体物理分野のホットトピックの一つとなっています.強磁性を示す純金属であるFe,Ni,Co における異常ネルンスト効果による横熱電能(異常ネルンスト係数)はわずか0.1 µV/K程度ですが,Co2MnGa などの磁性ホイスラー合金においてはトポロジカル電子構造に由来した6 µV/Kを超える横熱電能が室温を含む温度領域で観測されています [5].異常ネルンスト効果は薄膜においても発現するため,熱抵抗の極めて小さい熱流センサーとしての応用が期待されています [6].一方,異常ネルンスト効果の出力が向上してきたとはいえ,その熱電能はゼーベック効果よりははるかに劣っているため,異常ネルンスト効果の熱電応用を実現するためには,さらなる物質・材料研究による性能向上が必要となります.
一方,電子伝導特性に異方性を持つ単結晶においては,磁場や磁化がなくてもネルンスト効果とは異なるメカニズムによって横型熱電変換が発現します.多くの単結晶物質においては,ゼーベック係数が異方性を持っていてもその符号は結晶方位によらず同符号となります.一方で近年,異なる結晶方位に沿って逆符号かつ大きなゼーベック係数を持つ「ゴニオポーラ材料」が見出され,この特異的な伝導特性を活用することで優れた横型熱電発電が実現されています [2,7].横型熱電発電は,ゴニオポーラ結晶を正の熱起電力が最も大きくなる方向と負の熱電力が最も大きくなる方向の間に沿って切断し,伝導電子とホールを横方向に拡散させるように温度勾配を付けることによって実現されます(図2(c)).代表的なゴニオポーラ材料として知られる単結晶Re4Si7の横方向のZTは,980 Kで0.7に達することが報告されています.ゴニオポーラ材料の横型熱電変換特性は他の原理に比べて際立っていますが(図3),現状では材料の選択肢が限定されていること,大きな単結晶材料が必要であること,高い性能指数は高温領域においてのみ得られていることが課題として挙げられます.

複合材料で生じる現象
熱電分野とスピンを利用した次世代エレクトロニクスであるスピントロニクスが融合することで誕生・発展してきたのがスピンカロリトロニクス分野です.スピンカロリトロニクスは,2008年に熱流からスピン流(スピン角運動量の流れ)が生成されるスピンゼーベック効果が日本で発見されたことを契機に急速に進展してきました [8].スピンゼーベック効果を用いれば,スピン流を駆動源とした横型熱電変換を実現することができます.金属薄膜を磁性体上に作製した2層構造に温度勾配を付けると,スピンゼーベック効果によりスピン流が磁性体/金属薄膜界面近傍に生成され,このスピン流は金属薄膜中のスピン軌道相互作用(逆スピンホール効果)によって温度勾配と直交する方向の電流に変換されます(図2(d)).スピンゼーベック効果の駆動キャリアは熱的に励起された局在磁気モーメントの集団運動(スピン波またはマグノン)であるため,磁性体層が絶縁体であっても動作し,他の現象では実現不可能な“絶縁体を用いた熱電変換”が可能になります [9].現状,スピンゼーベック効果による熱電能は異常ネルンスト効果と同程度であり熱電応用には不十分ですが,磁性体中の熱流–スピン流変換効率や金属中のスピン流–電流変換効率の向上,および2層薄膜からバルク複合材料へのスケールアップを目指した物理・材料研究が進行中です.
磁性やスピンを用いて横熱電能をさらに向上させるための取り組みの一環として,磁性金属と熱電半導体から構成される複合材料に現れる新しい横型熱電変換機構が提案され,2021年に実証されました(図2(e))[10].この現象は,熱電半導体中のゼーベック効果と磁性金属中の異常ホール効果の相乗効果によって駆動され,ゼーベック駆動横型熱電効果と呼ばれています.ゼーベック駆動横型熱電効果は高い素子設計自由度を有しており,磁性金属と熱電半導体の組み合わせやサイズ比を最適化することで,異常ネルンスト効果よりもはるかに大きな横熱電能とZTを得ることができます.ゼーベック効果と異常ホール効果には長年蓄積されてきた膨大な研究データがあるため,ゼーベック駆動横型熱電効果の性能向上にはまだ十分な余地があると思われます.しかし,その汎用性は異常ネルンスト効果よりも低く,異常ネルンスト効果は面内磁化配置・垂直磁化配置の双方で動作するのに対し,ゼーベック駆動横型熱電効果は垂直磁化配置でのみ動作します.
本節で紹介したスピンゼーベック効果とゼーベック駆動横型熱電効果はいずれも異常ネルンスト効果と同様に,磁性体が一様に磁化されていれば,磁場を印加しなくても動作可能です.したがって,これらの現象の無磁場動作のためには,磁性体の磁気異方性の最適設計が必要であり,これは横熱電能の向上と並ぶスピンカロリトロニクスの重要な課題となっています.
複合材料に特有の横型熱電変換の中には,磁場や磁化に依存しない現象も存在します.2種類の導体を交互に積層し,斜めに切断した人工多層体では,それぞれの導体が等方的な伝導特性を示す場合であっても,伝導電子とホールの異方的な伝導が生じます [11].一方向にp型,直交方向にn型のキャリア伝導が現れると,熱電輸送テンソルの非対角項が有限となり,横型熱電変換として機能します.このような人工的な複合材料における横型熱電変換は古くから研究されており,適切な構成材料の選択や切断角度・素子形状の最適化により,横熱電能とZTを設計可能です.人工傾斜型多層積層体に関する多くの研究は焼結接合したバルク材料において行われており,0.2を超えるZTが達成されています.マクロスケールの焼結体のみならず類似の傾斜構造を有するナノメートルスケールの超格子においても横型熱電変換が実証されており,しばしば(p×n)型多層膜と呼ばれます [12].
横型熱電変換の応用に向けて
本稿では,横型熱電変換を実現するさまざまな現象・原理を紹介し,それらの特徴をまとめました.発電に焦点を当てて各現象を紹介しましたが,いずれの熱電効果にも相反現象(逆効果)が存在し,横型の電子冷却も実現することができます.図2(g)と図3に示したように,各現象は異なる熱電変換特性を示し,その研究フェーズも全く異なります.現時点では一部の材料における正常ネルンスト効果,ゴニオポーラ材料,人工傾斜型多層積層体において優れたZTが得られていますが,それでもゼーベック効果のZTには及びません.また,材料選択の制限や熱電変換動作に磁場印加が必要になるなどの課題も抱えています.スピンカロリトロニクス分野においては多くの新しい物理現象・原理が見出された一方で,磁性材料を用いた横型熱電発電の効率は現状では非常に低く,基礎研究に留まっています.それでもなお,接合の無い熱電変換素子を実現し得る横型熱電変換がもたらす利点は計り知れず,今後ますます基礎・応用研究が加速していくと期待されます.物質探索・材料開発,そして複合材料の最適設計により,高い汎用性と効率を兼ね備えた横型熱電変換を実現できれば,既存の熱電変換モジュールが抱える技術的課題を克服することができるかもしれません.
参考文献
- [1]Q. Yan and M. G. Kanatzidis, “High-performance thermoelectrics and challenges for practical devices,” Nat. Mater. 21, 503 (2022).
- [2]M. R. Scudder, B. He, Y. Wang, A. Rai, D. G. Cahill, W. Windl, J. P. Heremans, and J. E. Goldberger, “Highly efficient transverse thermoelectric devices with Re4Si7 crystals,“ Energy Environ. Sci. 14, 4009 (2021).
- [3]K. Uchida and J. P. Heremans, “Thermoelectrics: From longitudinal to transverse,” Joule 6, 2240 (2022).
- [4]P. Jandl and U. Birkholz, “Thermogalvanomagnetic properties of Sn‐doped Bi95Sb5 and its application for solid state cooling,” J. Appl. Phys. 76, 7351 (1994).
- [5]A. Sakai, Y. P. Mizuta, A. A. Nugroho, R. Sihombing, T. Koretsune, M.-T. Suzuki, N. Takemori, R. Ishii, D. Nishio-Hamane, R. Arita, P. Goswami, and S. Nakatsuji, “Giant anomalous Nernst effect and quantum-critical scaling in a ferromagnetic semimetal,” Nat. Phys. 14, 1119 (2018).
- [6]W. Zhou and Y. Sakuraba, “Heat flux sensing by anomalous Nernst effect in Fe–Al thin films on a flexible substrate,” Appl. Phys. Express 13, 043001 (2020).
- [7]B. He, Y. Wang, M. Q. Arguilla, N. D. Cultrara, M. R. Scudder, J. E. Goldberger, W. Windl, and J. P. Heremans, “The Fermi surface geometrical origin of axis-dependent conduction polarity in layered materials,” Nat. Mater. 18, 568 (2019).
- [8]K. Uchida, S. Takahashi, K. Harii, J. Ieda, W. Koshibae, K. Ando, S. Maekawa, and E. Saitoh, “Observation of the spin Seebeck effect,” Nature 455, 778 (2008).
- [9]K. Uchida, H. Adachi, T. Kikkawa, A. Kirihara, M. Ishida, S. Yorozu, S. Maekawa, and E. Saitoh, “Thermoelectric Generation Based on Spin Seebeck Effects,” Proc. IEEE 104, 1946 (2016).
- [10]W. Zhou, K. Yamamoto, A. Miura, R. Iguchi, Y. Miura, K. Uchida, and Y. Sakuraba, “Seebeck-driven transverse thermoelectric generation,” Nat. Mater. 20, 463 (2021).
- [11]H. J. Goldsmid, Introduction to Thermoelectricity (Springer-Verlag, Berlin Heidelberg, 2010).
- [12]Y. Tang, B. Cui, C. Zhou, and M. Grayson, “p×n-Type Transverse Thermoelectrics: A Novel Type of Thermal Management Material,” J. Electron. Mater. 44, 2095 (2015).
著者プロフィール
© 1999-2023 The Japan Society of Applied Physics (JSAP).