火力発電の高効率化 材料開発による蒸気条件の高温・高圧化 屋口 正次 電力中央研究所 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理
はじめに
2015年12月に合意されたパリ協定を契機として脱炭素化に向けた動きが世界的に急速に高まり,日本でも2020年10月に2050年カーボンニュートラルを目指すことが宣言されました.発電分野においては,現在,発電量の半分以上を占めている火力発電が次第に減少し,再生可能エネルギーによる発電が増えていくと予想されます.ただし,再生可能エネルギーの中で太陽光発電や風力発電は季節や天気・時間帯等によって発電量が大きく変動するため,それらが減少した際のバックアップ電源としての役割を今後短中期的には火力発電が担うと考えられます.火力発電の熱効率を高くすること(以下,“高効率化”)はCO2排出量の抑制に直結するため,環境保全の観点から高効率化は重要な課題であると言えます.
火力発電の高効率化は,発電機の駆動力部分(蒸気タービン)の作動流体である蒸気の高温化・高圧化によって実現します.この蒸気条件の向上における主要な技術テーマに「高温構造材料の開発」があります.これは,構造材料が使用される環境が過酷(高温,高圧)になるほどその構造材料を問題なく使用できる期間(寿命)が短くなるので,所定の制約条件の下で火力発電プラントの構造設計を成立させるにはより優れた高温構造材料が必要となるためです.
本コラムでは,火力発電プラントにおいて使用環境が最も過酷な部位の一つである主蒸気管・高温再熱蒸気管用材料を例として,高温構造材料の開発,および,課題の概略を説明致します.
高温構造材料の開発
火力発電の高効率化に向けて,高温構造材料の開発に関する研究は古くから大学や研究機関において行われてきました.とりわけ,1960年頃に発電の主体が水力発電から火力発電へと移行し火力発電プラントが大容量化するにつれて,優れた高温構造材料への要望が高まり世界中で研究開発が活発に進められました.ここで,“優れた高温構造材料”とは,高温下(現在の火力発電の場合,約550~630°C)での強度が高いのは勿論として,それ以外に様々な特性や要素がある一定の条件を満たしている必要があります.具体的には,構造物の形状への成形・加工性,溶接性と溶接部の基本的特性,耐酸化や腐食等に関する環境特性,繰返し負荷下の寿命(疲労特性),衝撃への抵抗力である靭性,そして,経済性(製造コスト)などがあげられます.これらは,ある特性を向上させると別の特性や要素が低下することが往々にしてあるため,必要とされる条件に応じて如何に全体のバランスがとれた材料を開発するかが実用化の観点からは重要です.
主蒸気管・高温再熱蒸気管用材料である改良型高クロム鋼の場合,従来型の高クロム鋼(クロムを9 mass%程度含むフェライト系耐熱鋼)をベースとして化学成分と熱処理の調整がなされました.具体的には,マルテンサイト変態により結晶粒内にパケット・ブロック・ラス [*1] といった界面を生成するとともに高い転位密度の状態とし,かつ,界面や転位の移動の障害となる微細析出物を導入することで高温強度を大幅に高めることに成功しました.その結果,改良型高クロム鋼は,フェライト系耐熱鋼でありながらオーステナイト系耐熱鋼と同等の高温強度を有しています.図1に示すように,主蒸気管・高温再熱蒸気管は全長が約100 mにも達するため,熱ひずみ抑制(熱疲労対策)の観点から線膨張係数は小さい方が望ましいこと,また,ニッケルやクロムといった高価な元素の含有量は少ない方が望ましいことから,オーステナイト系耐熱鋼(ステンレス鋼)ではなくフェライト系耐熱鋼(改良型高クロム鋼)を同部位に使用できることは実用面で大きなメリットがあります.
この改良型高クロム鋼の開発により,蒸気条件を超臨界圧と呼ばれる状態から超々臨界圧 [*2] と呼ばれる状態へと変更することが可能となり,発電効率が約39%から約42%へと大きく向上しました [1].超々臨界圧の火力発電プラントは,ガスタービンを活用した複合発電方式の火力発電プラントとともに,現在,日本の火力発電の中核となっています.

課題
従来のフェライト系耐熱鋼と比べて改良型高クロム鋼は優れた高温強度を有するものの,長時間使用していると想定よりも高温強度が低いことが次第に分かってきました.これは本材料の強化機構の源である界面や微細析出物といった金属組織が,高温下で長時間応力を受けていると大きく変化してしまうためです.図2は改良型高クロム鋼(Grade 91鋼)母材の金属組織を透過型電子顕微鏡で撮影したものであり,左側が使用前(材料製造時),右側が使用後(新材を用いて実験室で実施した実機模擬試験における破断時(ただし,最終破断部ではなく標点内の箇所))です.使用前には幅が500 nm程度であった長細い界面が使用後には消失する傾向があり,また,使用前には数10 nm程度であった微細析出物が使用後には100 nm程度まで粗大化しています.このような組織変化が高温・長時間使用下で生じることは材料開発時から把握されていましたが,問題はその生じる時期が想定よりも大幅に早かったことです.材料開発時には,様々な温度で数万時間程度の試験データを取得し,従来からの知見に基づき実際に使用する温度での10万時間下の材料特性を予測していました.しかし結果的には,これまでの耐熱鋼には有効であった“従来からの知見”が,改良型高クロム鋼に対しては有効ではなかったと言えます.これは,改良型高クロム鋼はこれまでの耐熱鋼と比べて,より複雑な金属組織/強化機構を有しているためと考えられます.

Grade 91鋼溶接継手について,国から提示された寿命評価曲線の変化を図3に示します.2019年の寿命評価曲線 [2] を2007年の寿命評価曲線 [3] と比較すると,超々臨界圧火力発電プラント高温再熱蒸気管の温度(約600°C)・周方向引張応力(約40 MPa)条件下において寿命が1/10程度にまで短くなっています.ここで,2007年,2019年とも,その時点において当該材料について国内の全関係機関(公的研究所,企業)で取得された試験データを用いてその時点での最新の知見(クリープ寿命に関する時間・温度パラメータによる外挿理論)に基づき決定されたものです.実際の状況としては,超々臨界圧火力発電プラントの高クロム鋼製高温再熱蒸気管では,プラントを計画外停止にせざるを得ない不具合がこれまでに複数回発生しています.超々臨界圧火力発電プラントの使用時間は現時点では最長でも20万時間程度ですが,今後もプラントを高い信頼性で運転するためには,長時間下における高クロム鋼の寿命を高精度に評価できる技術を開発することが課題と考えられます.そのためには,可能な限り長時間下の試験データを取得するとともに,長時間下で生じる金属組織の変化とその強度への影響をより正確に理解することが必要です.

おわりに
本稿では火力発電の効率化に必要な高温構造材料について開発と課題の例を述べました.高温構造材料の開発時には様々な特性のバランスを取りつつ高温での強度を向上させることがポイントとなりますが,それに加えて,相対的に短時間である試験データを用いて数十万時間下の材料特性を適切に評価できる技術が必要となります.
なお,さらに高い熱効率を達成するために,蒸気温度を約700°Cまで高めた先進超々臨界圧火力発電に関する技術開発が国家プロジェクト [4] として進められており,その中では高温構造材料の開発と評価が主要研究テーマとして位置づけられています.
参考文献など
注釈
- [*1] 1つの旧オーステナイト粒内に同じ晶癖面を持つ粒の集合が複数存在し,パケットと呼ばれる.各パケットの内部には平行な帯状領域が存在し,ブロックと呼ばれる.さらに各ブロックにはほぼ同じ結晶方位で双晶を含まず高密度の転位を含んだマルテンサイト結晶の集合が存在し,ラスと呼ばれる.
- [*2] 火力発電の分野において,超臨界圧とは圧力が22 MPa以上,温度が566℃以上の蒸気の状態を,超々臨界圧とは圧力が22 MPa以上,温度が593℃以上の蒸気の状態を指す.
著者プロフィール
© 1999-2023 The Japan Society of Applied Physics (JSAP).