熱輻射を自在に制御する 様々なエネルギーの高効率な利用に貢献 浅野卓,井上卓也,野田進 京都大学大学院工学研究科 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理
熱から電気への高効率な変換や排熱の利用といった熱エネルギーの有効活用は,今後の持続可能な社会を実現する上で重要な課題の一つです.そのため熱エネルギーをより精密に制御する技術への期待が高まっています.本稿では,熱エネルギーの一種である熱輻射を自在に制御する技術について説明します.
通常,熱エネルギーとしては,高温になった気体,液体,固体などの物質を構成する原子などの粒子のランダムな運動が想起されます.しかし,そのような物質から発生する光(電磁波)もまたランダムな振動となり,熱輻射と呼ばれる熱エネルギーの一形態です.前者の物質の運動としての熱を制御する研究も精力的に行われていますが,後者の熱輻射は電磁波ですので,フィルターを使って波長ごとに分ける,遠くまで伝搬させてエネルギーを運ぶ,などの物質とは違った観点からの操作が可能になります.そのため熱輻射を介して熱エネルギーを操作・利用する技術は従来から注目されていました.例えば,図1(a)のように物体の熱を熱輻射に変換して宇宙に放出することでエネルギーを使わずに物体を冷やす放射冷却技術,図1(b)のように物体の熱エネルギーをいったん熱輻射に変換して,これを太陽電池で電力に変換する熱光発電技術,などがあります.また二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスの濃度測定も重要な技術ですが,これらの分子は中赤外域に吸収波長をもつため,その光吸収の大きさを用いて濃度を測定することが可能です.その際,図1(c)のような熱輻射光源を用いた測定がよく用いられています.

ここで,もしも物体が発生する熱輻射のスペクトルを制御できれば,このような応用の大幅な性能向上が期待できます.例えば図1(a)において,大気の透過率の高い波長帯域(3〜4 µm帯と8〜15 µm帯)のみで光源から強い輻射が生じるようにできれば,大気の吸収の影響を避けてより効率的に物体を冷やすことができるようになります.また図1(b)において太陽電池のバンドギャップ波長を少し越える付近の波長帯(InGaAs太陽電池であれば1〜2 µm程度)でのみ光源からの熱輻射が生じるようにできれば,太陽電池の透過損失や内部発熱を抑制できるため,電力への変換効率を高めることができます.さらに図1(c)において,測定対象とするガスの吸収波長帯(二酸化炭素であれば4.2±0.05 µm程度)のみで熱輻射が生じるようにできれば,光源に投入する電力を大幅に減らすことができます.
プランクの法則で表される黒体輻射は,温度によってそのスペクトルが決まってしまいますが,一般の物体からの熱輻射は黒体輻射スペクトルに輻射率\(E\) (\(0\le E\le1\))をかけたものになり,\(E\)は一般には波長,方向,偏光に応じて異なる値を取り得ます.よって輻射率スペクトルを制御することで,黒体輻射を部分的に抑制する形で熱輻射スペクトルの制御が可能になります.輻射率は光源内部での光と物質の相互作用の度合いと,その光の外部への取り出しで決まりますので, (A) 光源を構成する物質,(B) 光源内外の光のモード,という2つの切り口から制御が可能です.前者に関しては熱輻射を発生させたい波長でのみ吸収の大きい材料を選択する(半導体のバンド間遷移,各種材料の格子振動モード,希土類元素の遷移,金属や極性材料の表面モードなどの選択)あるいは量子構造を制御してそのような材料を作り出す(量子井戸のサブバンド間遷移の利用)という手法が研究されています.また後者に関しては,目的の波長のみで相互作用を強くする(薄膜あるいは誘電体・金属共振器の共鳴モードの利用),あるいは光を取り出す(導波モード・表面モードを周期構造で取り出す,発光体全体を波長選択的で吸収の少ないフィルターやミラーで覆う)という手法が研究されています.
我々は,物質面からの制御と光学面からの制御を組み合わせるという手法を提唱し [1,2],より高度な熱輻射の制御を実現しました.例えば図2(a)のように量子井戸のサブバンド間遷移によって吸収帯域を制限した物質を用いてフォトニック結晶という周期構造を作ることで,図2(b),(c)に示すように中赤外域に狭帯域な輻射を持つ光源を実現し,黒体光源と比べて1/13の入力パワーで同じピーク強度を得ることに成功しています [3].さらに,この手法を拡張して温度を保ったまま輻射率を動的に制御して,輻射強度や波長を変調することにも成功しました [4,5].また図2(d)のようにSiのバンド間遷移によって吸収帯域を制限しつつ,フォトニック結晶による光学モードの制御を行うことで [6],図2(e)のような近赤外域に集中した熱輻射を実現し,これを用いて図2(f),(g)のような高効率・高出力密度な熱光発電システムを実証しています [7].このシステムの効率は現在11%程度(熱光発電システムとしては世界最高値)ですが,出力密度は3.7 kW/m2と通常の太陽光発電の20倍近い値を示しており,今後の光源の改良,システムの大型化による熱伝導損失等の相対的な低減,高出力密度に対応した太陽電池の改良などにより20%程度までの効率向上が見込め,コンパクトな高出力電源として期待されます.

また前述した黒体輻射スペクトルという限界は,外部空間に光が取り出されるときの限界ですので,波長以下の間隔で近接させた物体間での電磁波の伝達(近接場伝達)を用いれば黒体輻射を超える密度で熱エネルギーを伝達させることも可能です.この手法を用いると,上記の熱光発電の効率と出力を大幅に向上でき,またその動作温度を低減できることが期待されています.ただし,波長以下の間隔で高温の物体と低温の物体を近接させる必要があるため,実用的な大きさの物体でこの効果を実証することは困難でした.我々はごく最近,微細加工技術を駆使して図3(a)に示すような一体型の近接場熱光発電デバイスを実現しました [8,9].このデバイスでは140 nmという微小な間隔を保ちつつ,1 mm角という大きさの光源と中間伝達層が配置されています [9].本デバイスでは,光源から自由空間モードを介することなく中間伝達層に伝わった光がそのまま太陽電池に吸収されるため,黒体輻射強度による制限を受けません.実際,図3(b)に示すように,本デバイスでは黒体限界の1.5倍という非常に高い電流密度を実現することに成功しました [9].これは実用的なサイズのデバイスでは初めての結果であり,近接場効果を利用した高性能な熱輻射デバイスの実用化につながることが期待されます.

以上,熱エネルギーの一形態である熱輻射の応用および熱輻射の制御方法の現状について述べました.今後これらの研究が発展することで,熱エネルギーを高効率に電力に変換できるコンパクトかつ高密度な電源や,消費電力が小さく携帯デバイスに組み込み可能な環境ガスセンサー,エネルギーを使わずに建物や装置を冷やす技術などを含む,様々な熱の有効利用方法の実現が期待されます.
参考文献
- [1]T. Asano, K. Mochizuki, M. Yamaguchi, M. Chaminda, and S. Noda: Opt. Express 17, 19190 (2009).
- [2]M. De Zoysa, T. Asano, K. Mochizuki, A. Oskooi, T. Inoue, and S. Noda: Nat. Photonics 6, 535 (2012).
- [3]T. Inoue, M. De Zoysa, T. Asano, and S. Noda: Opt. Express 24, 15101 (2016).
- [4]T. Inoue, M. De Zoysa, T. Asano, and S. Noda: Nat. Mater. 13, 928 (2014).
- [5]T. Inoue, M. De Zoysa, T. Asano, and S. Noda: Appl. Phys. Lett. 108, 091101 (2016).
- [6]T. Asano, M. Suemitsu, K. Hashimoto, M. De Zoysa, T. Shibahara, T. Tsutsumi, and S. Noda: Sci. Adv. 2, e1600499 (2016).
- [7]M. Suemitsu, T. Asano, T. Inoue, and S. Noda: ACS Photonics 7, 80 (2020).
- [8]T. Inoue, T. Koyama, D. D. Kang, K. Ikeda, T. Asano, and S. Noda: Nano Lett. 19, 3948 (2019).
- [9]T. Inoue, K. Ikeda, B. Song, T. Suzuki, K. Ishino, T. Asano, and S. Noda: ACS Photonics 8, 2466 (2021).
著者プロフィール
© 1999-2023 The Japan Society of Applied Physics (JSAP).