“究極のエネルギー”核融合を実証する実験炉ITER カーボンニュートラル実現の鍵となるエネルギー源 近藤 貴 量子科学技術研究開発機構 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理
核融合エネルギーは,燃料がほぼ無尽蔵にあり,発電時にCO2を排出せず,高レベル放射性廃棄物を出さず,反応を容易に停止できる優れた安全性を持つ,という特長があり,究極のエネルギー源とされています.核融合エネルギーを科学的・技術的に実証することを目的とした,大型の国際プロジェクトであるITER(イーター)計画に,日本,欧州,米国,ロシア,中国,韓国,インドの7極(35カ国)が参加して,南フランスのサン・ポール・レ・デュランスで建設を進めています [1,2].
核融合を起こすためには,高温プラズマを閉じ込める必要があります.コイルで作ったドーナツ状の磁力線のカゴの中にプラズマを作り,さらにプラズマに電流を流すことで磁力線をらせん状にしてプラズマを安定に閉じ込めるのが「トカマク方式」です(図1).燃料には重水素と三重水素を使います.磁場で閉じ込めたプラズマを1億度以上に加熱することで,重水素と三重水素が核融合反応を起こし,発生した高いエネルギーを持った中性子を,プラズマを取り囲んだ「ブランケット」で受け止ます.このブランケットで発生した熱を取り出して蒸気を作り,タービンを回して電力を作るのが核融合発電です.さらに,内部のリチウム化合物に中性子を当てて核融合の燃料である三重水素を作る,という役割をブランケットは持っています.重水素も三重水素の元になるリチウムも,海水に大量に含まれているので,核融合の燃料はほぼ無尽蔵に存在すると言えます.

ITERはこのトカマク方式を採用するとともに,高温プラズマを長時間維持するための強い磁場を作る巨大な超伝導コイルを使います.ITERは,重水素と三重水素を用いて核融合燃焼を達成することを目標とした「実験炉」であり,核融合で発生する熱を利用した発電は行いません.核融合による発電は, 「実験炉」の次のステップの「原型炉」で実証します.
ITERのプラズマ性能の目標は,
- 誘導運転において,エネルギー増倍率(プラズマに入力するエネルギーと出力エネルギーの比)Q ≧10で,300〜500秒間の核融合燃焼を達成すること(熱出力500 MW)
- 誘導によらない外部電流駆動時にQ ≧5の定常運転実証をめざす
が設定され,また工学技術の目標として,
- 核融合基盤技術の統合とその有効性の実証
- 将来の核融合プラントのための工学機器試験
- トリチウム増殖ブランケットモジュールの試験
を実施することとされています.
ITERでは,ぞれぞれの参加極が物納調達の責任を持ち,参加極がそれぞれ機器を製作して,フランスの建設サイトに運んで,組み立てられます(図2)[3].

ITERでは,プラズマを閉じ込めるためのトロイダル磁場(TF)コイル,磁束変動によってプラズマ電流を誘起するための中心ソレノイド(CS),プラズマの位置と形状を制御するためのポロイダル磁場(PF)コイルの3種類の超伝導コイルによって,磁力線を作りプラズマを閉じ込めます.さらに補正コイル(超伝導コイル)と真空容器内コイル(常伝導コイル)が加わります(図3).これらのコイルシステムの総重量は,約1万トンにもおよびます.ITERの本体は高さ約30 m,直径約30 m,重量が約23,000トンですから,ITERは巨大な超伝導コイルの塊であることが分かります.TFコイルは直流運転,CSとPFコイルはパルス運転となります.CSとTFコイルは高い磁束密度を必要とするため,高磁場に強いNb3Snを用い,PFコイルは多くの分野で使用されているNbTiを用いて超伝導導体を作っています.
日本は,このうち TFコイルとCS用超伝導導体を担当しています.量子科学技術研究開発機構では,その前身の日本原子力研究所で1980年代から超伝導の高性能化と量産化の研究開発を重ね,2007年以降に本格的なITER用超伝導コイルの製作を開始しました.

日本はCS用の超伝導導体の全数を担当し,長さ918 mの導体42本と613 mの導体を7本製作しました.超伝導導体は,Nb3Sn を用いた超伝導素線576本と銅線288本を撚り合わせてケーブル状にし,ジャケットと呼ばれる金属管に引き込んで製作しました.日本で製作したCS用超伝導導体を米国に運び,これを用いて米国がコイルを製作しています.
TFコイル用超伝導導体は日本,欧州,米国,ロシア,中国,韓国の6極が製造しました.そのうち,日本は長さ760 mの導体を24本と415 mの導体を9本製作しました.TFコイル用の超伝導導体は,Nb3Sn を用いた超伝導素線900本と銅線522本を撚り合わせています.TFコイルは,1基が高さ約16 m,幅9 m,重さ310トンのアルファベット“D”の形状をした巨大なコイルで,18基を放射状に並べて(図3左端),ドーナツ状の空間に最大11.8テスラ(プラズマの中心では5.3テスラ)の磁場を作ります.TFコイルには極低温中の11.8テスラの高磁場下において,68 kAの大電流が通電されます.そのため,TFコイルに作用する電磁力は,向心力が約400 MN,転倒力が約50 MNと巨大な電磁力に耐える高強度の構造物(コイル容器)を開発する必要がありました.コイル容器は,極低温下において,高強度,かつ高靱性の機械特性を有する材料を新たに開発しました.また,組立性と磁場性能の観点から,TFコイルには0.4 mmという厳しい製作精度が求められます.そのため,試作やコンピュータ解析を繰り返し,溶接変形の予測を行い,また溶接施工中にはレーザートラッカーで溶接中の変形をリアルタイムモニターするなどにより,要求精度を達成しました.
TFコイル19基(予備1基を含みます)のうち,日本が9基を担当しています.完成したコイルが次々とフランスのITERサイトに到着しており,他国が製作した真空容器やサーマルシールドなどの機器との組立作業が,ITER建屋内で進められています(図4).核融合は「夢のエネルギー」とも呼ばれていましたが,今や夢が形になりつつあるのです.

(写真左側の“D”形状部分がトロイダル磁場コイル).写真 © ITER Organization
核融合はエネルギー問題と環境問題を根本的に解決することから,カーボンニュートラル実現の鍵となるエネルギー源となるものです.文部科学省の核融合科学技術委員会が2017年に策定した原型炉ロードマップでは,2035年に原型炉への移行判断を行う,とされています [4].2050年のカーボンニュートラルに寄与するには研究開発をより加速する必要があります.最近,カーボンニュートラルの実現に向けた各国独自の原型炉への取り組みや,核融合ベンチャーへの投資が増加するなど,ITERという大型の国際プロジェクトに並行して,ITER以外の核融合開発も活発に行われてきています.このような新たな試みとITERが両輪となって核融合の研究開発を推進し,核融合エネルギーが早期に実現することが望まれます.
ITER機構では,職員,ポスドク,インターンシップ等をITER参加極から国際公募しています.日本からも多くの方に応募していただき,核融合エネルギーの早期実現にご協力をお願いします [5].
参考文献など
著者プロフィール
© 1999-2023 The Japan Society of Applied Physics (JSAP).