公益社団法人 応用物理学会

パワー半導体の次のエースを求めて 研究者の挑戦は続く:金属の「さび」が半導体? 藤田 静雄 京都大学 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

新しい材料がパワーエレクトロニクスを切りひらいてきた — それはこれからも

電気を有効に利用したいというのは,社会の永遠の課題と言ってもいいでしょう.このコラムで紹介があったように,シリコン(Si)の物性限界を突破してパワーデバイスに適した物性を持つ半導体として,炭化ケイ素(SiC)が開発されました.SiCは鉄道,自動車をはじめ,家電から工場の電気機器制御などに広く用いられるようになり,今後の省エネルギー社会に大いに貢献するに違いありません.窒化ガリウム(GaN)も発光ダイオード(LED)以外にSiCと同様のパワーデバイスとして用いられると期待されています.SiCもGaNも,それらがパワー半導体として有望であると目を付けた研究者がおり,最初は微小な結晶しか得られなかったものを6インチ径もの大きな面積に渡り良質な単結晶に育て上げた研究者がおり,その単結晶を基にデバイスを実現した研究者がおり,さらにそれをシステムに組み込んだ研究者がいて,今の技術に至ったわけです.このように,新しい材料の発見と熟成が世の中を変えてゆくというのは,パワーエレクトロニクスに限らずあらゆる技術の分野に渡る共通の足取りです.

しかし,研究者とは常に新しいものを追い求め,挑戦を続けたいという人たちです.確かにSiCとGaNはSiの物性限界を超えるものの,それではSiCとGaNの物性限界を超える半導体はないのだろうか? これが夢であり挑戦であるわけです.

酸化物半導体への挑戦

SiCとGaNの物理限界を超える可能性のある半導体として,ダイヤモンド(=炭素の単結晶)が注目されています.パワー半導体として抜きんでた特性を持つと言っても過言ではありません.ダイヤモンドに電気が流れるということに不思議を感じる方があると思いますが,それは先人たちの努力によるものです.その研究の歴史は長いですが,もともと自然界では高圧下で合成される物質ですので,大面積に渡る単結晶を人為的に得ることが困難です.ただし,少しずつ研究が進んでいますので,夢の実現は近いかもしれません.

もう一つの候補として,酸化ガリウム(Ga2O3)が注目されています.Ga2O3はバンドギャップが約5 eVあり,SiCやGaNに比較してさらに大きいです.バンドギャップが大きい半導体ほど絶縁破壊電界(半導体が破壊される電界強度)が大きい傾向にあり,結果として図1に示すように,同じ電圧を扱うデバイスにおいてオン抵抗がSiCやGaNより小さくなると予想されています [1].この図からは,SiCやGaNと比較して抵抗(=損失)が1/5/1/10になるように読めます.また,絶縁破壊電圧が高いために,より高い電圧を扱うデバイスとして応用できる可能性があります.しかしこれはあくまで予測であり,実際にデバイスが得られるのか,本当にオン抵抗が小さくなるのか,といった点は研究者の努力に委ねるところです.

図1:Ga2O3を含む各種半導体において予想されるオン抵抗と耐圧との関係 [1].

酸化物半導体であることの意義

Ga2O3が過去に実用化されてきた半導体と異なる点は,「酸化物」であることです.われわれが最も身近に感じる酸化物は,「錆」です.鉄は赤錆に侵され,赤錆はどんどん進行しますし,アルミニウム鍋が黒く焦げるのも錆の発生によるものです.古い1円玉(=アルミニウム)の光沢がないのも酸化によるもので,化学的には「錆」の組成です.これらはすべて金属が酸化されて酸化物が形成されているのです.Ga2O3はいわば金属Gaの錆です.錆という嫌われ者が半導体となるのか,というのは驚きで疑いの目にさらされるものですが,事実です.

「錆」という先入観があるのも一因なのか,実際には酸化物が半導体としての研究対象になることは2000年以前にはまれでした.一方で,ほとんどの金属は酸化物を作りますので,世の中には実に多様多種の酸化物があります.しかも酸化物は多岐に渡る性質を示します.電気的には,絶縁性,誘電性,磁性,高伝導性,超電導性などです.半導体は,不純物,組成や結晶特性に敏感であることが作製の困難さにつながっており,酸化物において半導体としての特性を得るにはこれらの制御が必要です.2004年には,InGaZnOと表わされる酸化物非晶質の薄膜トランジスタ [2],2006年にはGa2O3多結晶の薄膜トランジスタ [3]がそれぞれ発表されました.一方,2005年にはZnOのpn接合青色LEDが発表され [4],2010年にはその高輝度化に成功しています [5].Ga2O3の単結晶は,2005年頃から高い伝導性を示す基板材料として注目されるようになり,2006~2009年頃に渡りGa2O3単結晶薄膜の結晶成長,伝導性やバンドギャップの制御などを通じて,半導体としての機能が明らかになりました.

半導体として酸化物を用いる特徴として,(1)豊富な材料に支えられている,(2)基本的に安定な材料である,(3)酸素が不純物とならない,(4)O2ガスやH2Oといった安全な原料を基に結晶成長が可能,といった点が挙げられます.「非」酸化物の半導体では,結晶成長中に不純物として酸素がわずかでも混入してしまうことを大変嫌います.酸素はさまざまなところから不純物として容易に混入し,たとえ微量でも母体の結晶の特性に大きな影響を与えます.そのため,「非」酸化物の半導体の結晶成長では,酸素の混入を避けるための膨大な努力が必須です.一方,酸化物半導体では酸素が不純物となりませんので,結晶の作り手としてはいささか気持ちを緩めることができます.このことは,結晶成長に関わるエネルギーの低減にもつながります.

パワー半導体としてのGa2O3への期待

Ga2O3をパワーデバイスに応用しようとする試みは,2011~2014年に新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の補助を受けた研究プロジェクトにより大きな進展が得られました.半導体としての電気伝導性の制御,高品質の単結晶成長,4インチ径のGa2O3基板,トランジスタの実証,などの成果が次々に得られ,世界中の研究者に次のエースとしての期待を与えるようになりました.その後,高耐圧,低オン抵抗のデバイス開発が進み,量産による実用化へのほぼ手前に至っています.

Ga2O3という半導体は,さまざまな結晶構造を取ることが知られています.その中で最も安定な構造はβ型と呼ばれ,Si基板やGaAs基板と原理的に同じ技術で基型のGa2O3基板を作製することができます.SiCやGaNの基板を作製するには,高温で特殊な技術が必要とされることに対し,古くから実績のある技術をベースにGa2O3基板が得られることは大きなメリットです.この基板の上にβ型のGa2O3薄膜を結晶成長するというホモエピタキシャルにより,結晶欠陥の少ない高品質の半導体層が得られます.これにより,Ga2O3の物性限界に迫る特性が得られるものと期待されています.もう1つはα型という構造で,サファイア基板の上に成長させることが可能です.これはサファイアという安価な基板を用いることができるため,デバイスの低コスト化につながることが期待されています.

Ga2O3はまさに日本が先導して研究を開始して世界に影響を与えている半導体です.またその研究は,β型は株式会社ノベルクリスタルテクノロジー,α型は株式会社FLOSFIAという,いずれもベンチャー企業が牽引しているという点に,SiCやGaNとは違った特徴があります.研究者の大いなる努力に支えられ,デバイス技術は着実に進歩しています.図2はショットキーバリアダイオードのプロセスがなされた100 mm β型Ga2O3エピウエハ,図3は耐圧4.2 kVを持つβ型Ga2O3縦型トランジスタの構造,図4はα型Ga2O3ショットキーバリアダイオードを用いた電源ボードです.SiCやGaNと同等の応用レベルにはまだ至っていませんが,今後,Ga2O3の物性限界を特徴とする応用に至ることを,大いに期待したいものです.

図2:SBD プロセス済み100 mm β型Ga2O3エピウエハの外観写真.
株式会社ノベルクリスタルテクノロジー提供)
図3:4.2 kV耐圧β型Ga2O3縦型トランジスタの構造.
株式会社ノベルクリスタルテクノロジー提供)

図4:α型Ga2O3ショットキーバリアダイオードを用いた電源ボード.
株式会社FLOSFIA提供)

これからのさらに新しい材料開発に向けて

パワー半導体の材料としてSiC,GaNが実用化に至り,Ga2O3が新たに提案され,ダイヤモンドは抜きん出た特性を持つ材料として長く研究されています.しかしこれらは,材料というカテゴリーのほんの片隅の物質でしかありません.さまざまな元素からなるさまざまな化合物には,パワー半導体としてさらに優れた物性を持つ材料がきっとあります.例えば,酸化ゲルマニウム(GaO2)という半導体が,n型・p型の両方の電気伝導性制御が可能で大きなバンドギャップを持つものと期待されています [6,7].これはパワー半導体に限った訳ではありません.電池,発光材料,機能性ガラス,センサなど多くの分野で新しい材料の探索は研究者の夢です.

新しい材料を見つけ出すのは,化合物を片っ端から試せばいいという訳ではありません(そんなことをしたらいくら時間があっても足りません).元素の性質や過去の論文をベースに経験を基にした直感を働かせて「これだ」と思いつくのが基本ではないかと思います.今度はそれを実際に作ってみて,思ったものが本当にできるか,を試さねばなりません.そういう意味では気の遠くなるような過程です.最近では,量子力学的な計算から材料特性の予測ができるようになり,過去のさまざまなデータから人工知能(AI)が材料を選び出すとか,またロボットが自動的に材料合成を行う,といった手法も用いられるようになってきました.しかし,何といっても重要で効果的なのは他の研究者たちとの対話,討論と情報交換です.応用物理学会が開催する春と秋の学術講演会はまさにその場なのです.ところが残念なことに,コロナ禍の影響を受けて,2020年春が中止となり,その後も完全な対面方式による開催には戻っていません.研究者たちにとってもどかしい時が続いていますが,一刻も早く国内,国外を含む多くの研究者が知恵を戦わせる時を待ち望んでいるところです.

著者プロフィール

藤田 静雄

(ふじた しずお)

1978年京都大学工学部電気工学科卒,1980年同学工学研究科電気工学専攻修士課程修了.同年京都大学助手,1990年工学博士,同年助教授,2001年教授.酸化物半導体を含む各種光・電子機能材料の成長,機能の開拓,デバイス応用に関する研究に従事.応用物理学会代議員・理事,JJAP編集委員長などを歴任.応用物理学会論文賞・化合物半導体エレクトロニクス業績賞を受賞.2021年に京都大学を定年退職し,現在同学名誉教授,同学産官学連携本部研究員,JJAP/APEXアドバイザリエディタ.応用物理学会フェロー.