超伝導技術は大空へ 超伝導モータによる航空機推進系の電動化革命 寺尾 悠 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

ビジネスのグローバル化や格安航空会社(Low Cost Carrier: LCC)の普及により,航空機による移動は私たちにとって非常に身近となりました.現在は新型コロナウィルスの影響で世界的に航空機の運行量は減少しているものの,それまでは2秒に1回,世界のどこかの空港から航空機が離陸していました.つまり,みなさんがこのコラムを読み始めてから既に数機の航空機が世界中の空港から空へ向けて飛び立ったことになります.これだけの数の航空機が世界中で上空1万メートル付近を飛行するようになると,化石燃料を燃焼させたエンジンで推進力を得ている航空機としても,近年の地球温暖化に関する問題と無縁ではいられません.

航空機は現在,「ジェット燃料」と呼ばれる化石燃料を使用し,「ターボファンエンジン」と呼ばれるエンジンにより空を飛んでいます.このエンジンのCO2排出量をいかに低減するか,言い換えればエンジン部分をいかに高効率化するかという観点で,モータやパワーエレクトロニクス技術による電力変換器を導入した「航空機の電動化」の実現が近年,世界中で盛んに議論されるようになりました.

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2014年から2015年にかけて,既存の航空機のエンジン(レシプロエンジン)をバッテリー,電力変換器,永久磁石型モータに置き換え,実際に人が搭乗した日本国内初の有人飛行を行いました [1].このような電動航空機の取り組みは世界中において行われ,ヨーロッパではAirbusが「E-Fanプロジェクト」として同様の有人飛行を行い,英仏間のドーバー海峡を約36分で横断することに成功しました.このように一人乗りの電動航空機に関しては,日本や欧米諸国など世界複数の国で既に成功しています.

ここから,一気に100人規模の航空機まで技術拡張と行きたいところなのですが,100人規模の乗客を輸送するための航空機の推進システムとしてバッテリー,電力変換器,永久磁石モータなどの重量が過大であることが問題となっており,これらを航空機に搭載するためには出力を維持しつつ軽量化を行う,「高出力密度化」が重要となります.例えばモータに関しては,一般に200人乗り程度の航空機に搭載するために求められる出力密度が,16 kW/kgと言われていますが [2],1人乗り用航空機のモータとして開発されたSiemens社の開発した永久磁石型同期モータ(261 kW, 2500 rpm)は出力密度が5 kW/kg程度 [3] であり,今後出力密度向上をさらに3倍以上(重量を1/3以下に低減)向上させることが求められています.この様な状況の中で注目されているのが,図1に示すようにターボファンエンジンの内部を「超伝導モータ」に置き換えた電動推進システムです.

図1: 航空機の推進系における超伝導モータの置き換えイメージ [3, 一部引用].

そもそもなぜ航空機の推進システムに超伝導技術が必要なのでしょうか? これは一般的に,モータが銅線コイルと鉄心でできた,いわば「銅と鉄の塊」であることに理由があります.一般に超伝導線材は,液体窒素(−196 °C, 77 K)や液体水素(−253 °C, 20 K)などの冷媒を用いて極低温まで冷却することで,銅線の数十,数百倍の電流を流すことが可能です.言い換えれば,同じ電流を流すことができる断面積が,超伝導線材の場合は銅線と比べて数十,数百分の一で済むということを意味します.つまり銅線と比べて軽量・コンパクトなコイルを作り出すことが可能です.

また,モータには一般に銅線コイルで発生させた磁束密度を有効活用するため,磁気回路を形成するために鉄心を使用します.しかし,そもそも超伝導コイルはコンパクトなサイズで大電流を流し,銅線の場合よりも強力な磁界を発生させることができるので,鉄の使用量を大幅に低減することが可能です.以上から,超伝導線材を用いることで重量を大幅に低減した高出力密度な電動推進航空機用のモータを実現できる可能性があります.

現在,電動推進航空機用の超伝導モータは日本のJAXAやアメリカのNASA,欧州ではAirbusやSiemens,Rolls-Royceなど,読者の皆さんが一度は聞いたことがある(?)団体や企業が研究に取り組んでいます.また日本国内の大学としては主に東京大学,九州大学,新潟大学の研究グループが電動推進航空機用の超伝導モータに関する研究に精力的に取り組んでいます.超伝導モータは構造によっていくつかの分類法がありますが,いちばんオーソドックスな分類としては,回転子部分の磁石(界磁)のみを超伝導化し,固定子側の電機子コイルを銅線のままとした「界磁超伝導モータ」と,回転子の界磁だけでなく固定子の電機子コイルまで超伝導化した「全超伝導モータ」の2種類に分類されます.前者はNASAなどが研究に取り組んでいます.回転子の界磁部分が超伝導線材で構成された界磁コイルの場合,直流電流を通電する際に電気抵抗がゼロのため,銅コイルの場合に発生する銅損(ジュール損失)がなくなりますが,超伝導界磁コイルを冷却するための真空冷却容器が必要になります.この真空冷却容器により回転子の超伝導界磁コイルと固定子の銅線電機子コイル(常温)の機械的なギャップ(空隙)が拡がってモータ直径が径方向に拡大し,結果として重量増加を招く可能性もあるため,設計の際には注意が必要です.

後者の全超伝導モータは超伝導電機子コイルに交流電流を通電し,かつ超伝導電機子コイルへ,回転子の界磁の磁極が回転によりN→S→N→S→…と変化することで発生する交流磁界が印加された際に,「交流損失」という超伝導体特有の損失が発生し,これを低減するための技術が要求されます.しかしその一方で2つの超伝導コイル(界磁および電機子)が同一の真空冷却容器に収納可能で,界磁超伝導モータよりもコンパクト・軽量化が期待できるため,Rolls-Royceや日本では東京大学,九州大学などが研究に取り組んでいます.

図2に東京大学で研究を行っている電動推進航空機用全超伝導モータの全体図と断面図を示しました.2種類の超伝導線材を界磁/電機子コイルに使用し,これらを液体水素(−253 °C, 20 K)で冷却した全超伝導モータの研究を行っています.特に電機子コイルに多芯線構造のMgB2超伝導体でできた線材を使用することで,上記の交流損失を低減できると期待されています.現在,この超伝導モータに関して色々なシミュレーションなどを行ったところ,設計条件によっては出力密度として5.0 MW級で25.6 kW/kgが得られるとの見通しが得られています [4].

図2: 東京大学で研究を行う電動推進航空機用全超伝導モータ.

では,上記のような超伝導モータを搭載した場合,将来的にどのような航空機が実現するのか,その一例を図3に示しました.この推進システムは東京大学とJAXAが共同で検討を進めているシステムです [5].液体水素(LH2)を超伝導発電機/モータの冷却のためだけでなく,燃料としてガスタービンに送り込むという構造にしています.すなわち,①ガスタービン(GT)を直結した超伝導発電機(SCG)を回転して発電し,②発電した交流電力をコンバータで交直変換(AC→DC)します.そして,③機体後部の推進用ファンまで直流電力として送電し,④複数のファンにそれぞれつながった超伝導モータ(SCMs)をインバータ(DC→AC)によって駆動することで推進力を確保します.そして⑤SCG/SCMsの冷却をした際に熱を吸収してガス化した水素をGTに燃料として送り込みます.このシステムにより,水素ガスを再度液体に戻す電力エネルギーが必要なくなり,かつガスタービンエンジンの回転に使用する燃料の一部を水素にすることで化石燃料の消費を低減することができます.この電動推進システムは現在NASAやAirbusなどのグループでも検討がされており,各々が将来の実用化に向けて盛んに研究を行っています.特にAirbusは,2021年3月にASCEND (Advanced Superconducting & Cryogenic Experimental powertrain Demonstrator)と呼ばれる,超伝導機器(直流・交流ケーブル,モータなど)を用いた電動航空機推進システムのデモ機製作プロジェクトに関するプレスリリースを行っており,今後の進展が期待されます [6].

以上のように現在超伝導モータを用いた航空機の電動推進システムは,世界中の複数の研究グループで検討されており,超伝導応用分野におけるホットトピックの1つです.冷却構造の検討や電力変換器部分との連携など,推進システムとして成立させるために解決すべき課題もまだ多くありますが,それらを乗り越えた先にはきっと超伝導モータを搭載した航空機が世界中の空を飛ぶ未来が待っている事でしょう!

図3: 超伝導技術を用いた電動推進航空機の一例 [5].

著者プロフィール

寺尾 悠

(てらお ゆたか)

2008年山形大学工学部電気電子工学科卒業,2013年3月東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻博士課程修了.博士(工学).同年4月東芝三菱電機産業システム株式会社(TMEIC)入社.パワーエレクトロニクス関連機器の設計業務に従事.2016年1月より東京大学大学院新領域創成科学研究科先端エネルギー工学専攻助教.現在に至る.専門分野は超電導工学,電気機器学.