ダイヤモンド半導体の魅力とその応用 パワーデバイスと量子デバイス 山崎 聡 金沢大学 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理
はじめに
ダイヤモンドは,光りかがやき,硬く,傷つけることもできず,酸アルカリにもびくともしない,最高峰の宝石として,古くから人々の羨望の的となってきています(図1)[1].この光に対するすばらしい性質に加え,ダイヤモンドは,化学的な性質,物理的な性質として,他の物質よりも優れた,また,ダイヤモンドならではの性質を持っています.これらのすばらしく・ユニークな性質を現代の科学技術に役立てようと,SDGsに向けた研究開発が広く行われています.ここでは,ダイヤモンドの魅力として,周期表から見た特異性という観点から捉え,興味ある性質を紹介します.また,そのダイヤモンドのすばらしい,そして,ユニークな性質を利用した応用として,省エネルギーで重要なパワーデバイスとしての応用,また,次世代の科学技術をけん引する量子デバイスとしての応用を紹介します [2].特筆すべきは,このダイヤモンドの研究では,多くのブレークスルーが日本でなされ,ダイヤモンドの材料開発やデバイス開発では,日本が世界をリードしている分野です.日本の多くの若い方々が研究に加わっていただくことを期待しています.なお,本コラムでは,なるべくわかりやすく簡潔に説明しました.詳細は応用物理学会機関誌『応用物理』に多く記載されていますので,参考文献として紹介しています.
ダイヤモンドの素晴らしい,そして,特徴ある性質
周期表を眺めてみます(図2).ダイヤモンドを構成する炭素原子は,リチウム(Li)からスタートしネオン(Ne)で終わる周期表の第2周期のうちの4番目の元素です.これまで利用されている半導体は,Si,GaAs,SiC,GaNなどで,これらの半導体材料はすべて第3周期以上の元素を含んでいます.第2周期までの元素のみで半導体の骨格が構成され,P型N型の伝導度制御ができ,電子デバイスとして利用できるのは,多くの半導体の中でもダイヤモンドのみです.
ダイヤモンドは第2周期までの元素のみで構成された唯一の半導体.
この第2周期元素のみで構成された物質の特徴は,1つの原子が持つ電子の数が少ないために,原子を構成する原子核と電子雲からなる原子自身の大きさが小さいことにあります.原子の大きさが小さいと,その元素でできた分子や,結晶中の原子と原子を結ぶ結合長が短くなり,2つの原子をつなぐ結合エネルギーが大きくなり,硬くなります.3次元の炭素原子の単結晶であるダイヤモンドは,物質中で最も固い物質です.また結合長が短いために,ダイヤモンドはすべての物質中で単位体積当たりの原子数密度が最も高い物質です.原子が密に集まっているために熱伝導率が非常に高く,ダイヤモンドは物質中最も高い熱伝導率を持つ物質です.この炭素原子同士の結合の強さは,半導体の電気的な性質を制御する不純物ドーピングの面からも重要な性質を与えてくれます.通常の半導体では多量の不純物を含むと,結晶格子の乱れである欠陥を多く生成し,半導体の性質を失うか,半導体の結晶構造が変化し,不純物元素とその半導体元素との化合物になってしまいます.ダイヤモンドでは,炭素原子同士の結合が強いために,多量の不純物を含んでも,ダイヤモンドを形成している結晶格子の変形が少なく,欠陥発生を最小にし,かつ,不純物元素との間に化合物となることもなく,ダイヤモンドであり続けてくれます [3] .さらにダイヤモンドでは炭素間の結合が強く硬いために,格子振動であるフォノンの周波数が非常に高くなります.この性質はダイヤモンド中に存在する欠陥が持つ電子スピンのスピン緩和時間,つまり電子スピンの持つエネルギーがダイヤモンド格子へエネルギーを拡散する時間,が長いことに結び付き,量子操作ができる十分な時間を与えてくれます.この性質が,ダイヤモンドが室温で動作する量子デバイスとしての特徴を持つ1つの理由となっています.さらに,このダイヤモンドの硬さが,パワーデバイスで重要な,高電圧をかけても壊れない絶縁破壊電界の大きさにつながり,熱伝導率の高さと共に,パワーデバイスとしてのダイヤモンドの優位性につながります.もう1つ,ダイヤモンドの面白い性質を紹介します.2つの異なる種類の元素が結合を作る場合には,その2つの元素の間にある結合電子の取り合いがおきます.その強さの程度が「電気陰性度」と定義され,元素ごとに値が求められています.周期表を眺めると,周期表の縦の列では上に行くほど,つまり原子の大きさが小さくなるほど,大きな電気陰性度を持ち,右に行くほど大きな電気陰性度を持ちます.ダイヤモンドは14族(古い呼び方ではIV族)のなかで最も大きな電気陰性度を持ちます.14族元素の中で,水素原子の電気陰性度よりも大きな電気陰性度を持つのは炭素のみです.この性質により,水素終端ダイヤモンドの表面では,内側の炭素原子と表面の水素原子の結合を作っている電子の重心が,炭素側に移動し,表面側がプラスに帯電します.この状況があるため,バンド構造の伝導帯の底のエネルギーレベルが真空のエネルギーレベルより高い,負性電子親和力という非常にユニークな表面を作ることができます.このことは,水素終端ダイヤモンドでは,伝導帯に上げられた電子は,表面から電子が出やすい,漏れ出る,という非常にユニークな物性に結び付いています.このように周期表の第2周期のみの原子で構成されているダイヤモンドは,他の半導体とは異なったユニークな物性を持つことができます.
省エネルギーに貢献するダイヤモンドパワーデバイス
まず,ダイヤモンドの応用で重要なパワー半導体デバイス開発について紹介します.ダイヤモンドの優れた性質をうまく利用した,高性能で,高電圧対応のパワーデバイスは,非常に大きな電力を扱うパワーデバイスとして威力を発揮します.例えば,日本全体を結びつける電力ネットワークで使われるパワーデバイスとして力を発揮します.日本のある地域で電力が不足したときに他の地域から融通することがフレキシブルにできれば,災害に強い電力ネットワークや時間変動が大きな太陽電池や風力発電の大量導入を加速することができます.その他にも,電車や電気自動車で扱う電力は大きく,その電力を自由に効率的に使えれば,燃費(電費)が良くなり走行距離を延ばすことができます.
パワーデバイスで使われる半導体では,大きな電力を扱うために,デバイスに大きな電圧がかかります.また,大きな発熱もあります.そこで,パワーデバイスでは,大きな電圧をかけても壊れない絶縁破壊電界の大きな,また,発熱があってもすぐに熱を逃がすことができる高い熱伝導率を持つ物質が大きな威力を発揮します.これらの要請は,ダイヤモンドがパワーデバイスの材料として期待される根拠です.パワーデバイスの構造は,これまでシリコン半導体を使って長年開発され続け半導体の教科書に説明されているLSIなどの電子デバイスの構造と基本的に同じ構造です.ダイヤモンドでも,シリコン半導体で開発された,さまざまなデバイス構造が作製されています.半導体デバイスを大きく分けると,一方向のみに電流を流すことができる2電極素子である「ダイオード」と,1つの電極にかける電圧によって他の2つの電極間を流れる電流を制御できる3電極素子である「スイッチング素子」の2つに分けることができます.ダイヤモンドを使って,ダイオードとしては,「ショットキー接合ダイオード,「PINダイオード」の作製ができるようになっており,また,スイッチング素子としては,「MOS(金属酸化物半導体)FET(電界効果トランジスタ)」,「BJT(バイポーラ接合トランジスタ)」,「JFET(接合型電界効果トランジスタ)」などがすでに作製され,動作確認が行われています [4–6].
一方で,ダイヤモンドの持つユニークな性質を利用した,ほかの半導体ではできなかったダイヤモンドならではのパワーデバイスが開発されています.上述のダイヤモンド物性の章で説明したように,水素終端ダイヤモンドは,電子が物質から飛び出しやすい,負性電子親和力を持つことを紹介しました.この表面に空気中の分子などが吸着すると,ダイヤモンド表面直下のダイヤモンド内の領域に,電気を流すことができる2次元正孔ガスが生成され,表面に沿って正孔キャリアによる電流を流すことができます.この表面に絶縁膜を堆積しゲート電極を形成すると,ゲート電極に加えられた電圧によって,ダイヤモンド表面を流れる正孔の量を制御することができ,電流量を変えることができます(図3)[7–9].SiデバイスにおけるMOSFETと同じようなデバイスですがダイヤモンドに特徴的なMOSFETです.また,水素終端ダイヤモンドを利用した全く新しいデバイスとして,真空ダイヤモンドスイッチがあります(図4)[10].図4の黄色の部分が真空であり,表面が水素化されたダイヤモンドPINダイオードの2電極と,そのPINダイオードと真空で離された高電圧がかけられた陽極の3つ目の電極がある構造になっています.3電極スイッチングデバイスです.PINダイオードに電流が流れていない場合(PINダイオードのゼロ電圧,もしくは,電流が流れない逆電圧をかけている場合)には,PINダイオードと高圧がかけられた陽極の間は高電圧がかかっていても,真空層があるために電流は流れません.次にPINダイオードの電圧を順方向にかけダイオードに電流を流すと,ダイオードに流れる電流はデバイス内に流れる電流とともに,PINダイオードから陽極に向けて電子は真空中を走行し,ダイヤモンドPINデバイスと陽極間の抵抗がほとんどなくなり,これまで高耐圧がかかっていても真空であるために流れなかった電流が流れだします.また,ダイヤモンドの高濃度ドーピングを使ったダイヤモンドならではのダイオードが開発されています.通常の半導体の伝導機構は教科書にあるようなバンド伝導であるのに対し,高濃度に不純物をドーピングしたダイヤモンドでは,飛び石を飛んで渡るようなホッピング伝導と呼ばれる伝導が存在します.ホッピング伝導を使うと,通常抵抗が大きなダイヤモンドも低抵抗のダイヤモンドとなります.その低抵抗のホッピング伝導の特徴とダイヤモンドの持つ高い絶縁破壊電界の特徴を生かした,ショットキーバリア―ダイオードとPNダイオードを組み合わせた「ショットキーPNダイオード」が作られています.2次元正孔ガスを使ったMOSFETやダイヤモンドPIN真空デバイス,また,ショットキーPNダイオードは,SiやSiC, GaNなどの他の半導体では作成できないデバイスです.このようにダイヤモンド特有の物性を活かすことにより,現有のパワーデバイスの性能を凌駕する可能性があるダイヤモンドパワーデバイスの開発が行われています.

を使った,真空パワースイッチ.
未来の科学技術をひらくダイヤモンド量子デバイス
ダイヤモンド半導体の応用で,もう1つ紹介したいのが,ダイヤモンド量子デバイスです.現在,超電導を使った初期段階の量子コンピュータが開発され,社会実装を目指して世界中で開発が進んでいます.量子デバイスとなりうる候補として,超電導材料に加え,不純物の核スピンを使うシリコンMOSFETや,真空の空間中にトラップしたイオンや原子,レーザを使った光学素子,そして,本稿で紹介するダイヤモンド中の欠陥(カラーセンタ)を利用した量子デバイスがあります.これらの量子デバイス材料の候補の中でもダイヤモンド量子デバイスは非常に魅力的な材料です.それは,ダイヤモンド以外の候補は,極低温にしなければならないことや大型の真空装置やレーザ光学系などを使う必要があります.それらに比べ,ダイヤモンド量子デバイスは室温で動作し,固体であることから真空も必要とせず,大型の装置も必要としません.これらの利点を使い,ダイヤモンドを用いた量子デバイスが開発されています.
量子デバイスは,原子や分子の大きさであるナノメートルの世界で現れる量子現象を使った電子デバイスです.ダイヤモンド量子デバイスの場合,電子や原子核の一個一個が持つスピン(磁石の最小単位)を使います.スピンの上向きと下向きを1と0として扱います.量子の世界では,この2つの状態の重ね合わせがあり,2つのスピンの間に量子もつれと言われる状態が存在します.これらの性質を使うことにより,膨大な計算を行うことができる量子コンピュータや非常に高感度な量子センサ,盗聴が不可能な量子ネットワークなど,画期的な量子デバイスを開発することができます [11–13].
ここで,ダイヤモンド量子デバイスにとって主役となるカラーセンタについて説明します.ダイヤモンドは宝石として天然に得られ,それぞれが個性のある色を示します(図1).その色の原因は,ダイヤモンド結晶構造の欠陥である不純物の混入や炭素空孔の存在で,その欠陥の種類に応じて,透明なダイヤモンド,ピンクダイヤモンド,ブルーダイヤモンド,ブラウンダイヤモンドなど,個々のダイヤモンドに特徴を与えています.ダイヤモンドは宝石として長い歴史を持っており,ダイヤモンドのカラーセンタとしての欠陥構造も古くから研究されてきました.100種類を超えるカラーセンタ,つまり欠陥,が知られています.これらのダイヤモンドカラーセンタは電子スピンを持つことが多く,カラーセンタの構造や電子状態などが詳しく知られています.このカラーセンタを使った量子デバイスが開発されつつあります.
ダイヤモンドのカラーセンタの特徴は,電子スピンから格子へのエネルギーの流れにかかる時間であるスピン格子緩和時間が非常に長いことにあります.長いスピン格子緩和時間を持つと,長い時間そのスピンの状態を保つことができます.それぞれの欠陥の構造の違いにもよりますが,炭素系物質一般にスピン格子緩和時間が長く,これも第2周期の物質の特徴であると考えられます.このスピン緩和時間が長いことから,室温でも量子操作が行えます.
ダイヤモンド量子デバイスとして,最初に提案され,また,現在でも最もよく研究されているカラーセンタは,ダイヤモンドNVセンタと呼ばれるセンタです.構造はダイヤモンド中の結晶構造の中の一個の炭素原子が窒素(N)原子に置き換わり,その窒素原子の隣の一個の炭素原子が抜けた空孔(vacancy)の複合体ペアです(図5).特にマイナスに帯電したNVセンタが使われます.少しだけ詳しく見てみます.図に,マイナスに帯電したダイヤモンドNVセンタの電子系のエネルギー図を示しました.この負に帯電したNVセンタは電子スピン\(S=1\)を持ち,その電子状態は量子操作に都合の良い構造になっています.図に示すようにエネルギーの最低状態である基底状態では磁気量子数\(m_{\text{s}}=-1,0,+1\) のスピン3 重項状態を形成します(図6).
センタ構造の模式図.
エネルギーレベル.
このマイナスに帯電したNV−に緑色の光を照射すると,基底状態の\(m_{\text{s}}=-1,0,+1\)の電子は励起され,格子振動を伴い(熱を発生し),励起状態の\(m_{\text{s}}=-1,0,+1\)の状態へ移ります.この励起状態から基底状態へ戻る過程で赤色の光を蛍光として発光して,基底状態に戻ります.ここで紹介したダイヤモンドNVセンタのエネルギーレベルは,NVセンタが存在する場所の磁場や温度,また,電場によって微妙に変化します.この微妙な変化を,励起状態から基底状態へ戻る際の赤い蛍光を詳しく計測すると知ることができます.つまり,ダイヤモンドNVの赤い色の蛍光を計測すると,NVセンタの場所の磁場や温度,電場を知ることができます.
このダイヤモンドNVセンタを利用した高感度磁気センサの開発が進んでいます.心臓や脳の中の生命現象で発生する微弱な磁場を計測し医療や生命現象の解明につなげることができます [14].また,電気自動車の中の電流により発生する磁場を計測することにより,電流の詳細な制御を行い,ガソリンの燃費に対応する電気自動車の電費を上げる応用にも開発が進んでいます.さらに,NVセンタの周りの原子の中には核スピンを持ったものがあり,その核スピンの影響も計測することができ,どの核スピンが,どの方向にあり,どの距離にあるのかも知ることができます(原子核スピン磁気共鳴)[15,16].また,NVセンタを含む小さな(数ナノメートルから数100ナノメートルの大きさの)ナノダイヤモンドを作製することができ,その小ささから細胞内への取り込みができ,局所的な温度計測や位置の変化を計測することができます.このNVセンタを含むナノダイヤモンドを利用したバイオ応用が進んでいます(図7) [17].さらに,量子デバイスとして使えるダイヤモンドのカラーセンタとしては,このダイヤモンドNVセンタの他にも,SiV(シリコン原子と空孔のペア)センタやその他のセンタが存在し,それぞれの特徴を生かした量子デバイスの開発が行われており,新しいダイヤモンドカラーセンタの探索も行われています.
まとめ
本コラムでは,専門でない方がダイヤモンドを理解していただくために,単結晶炭素固体であるダイヤモンドの特徴を周期表から眺め,パワーデバイスと量子デバイスとしての応用を簡単に紹介しました.この他にも電気化学反応用の電極としての利用 [18] や放射線が飛び交う中でも壊れることなく,動作する電子デバイスなどの利用の研究が進んでいます(図8)[19].一方で,パワーデバイス応用や量子デバイス応用では,ダイヤモンド自体の高品質化が重要であり,それに向けての努力もなされています [20,21].また,ダイヤモンド半導体の応用を考える時には,ダイヤモンドのコストの問題が存在します.一般にダイヤモンドは非常に高価だと考えられていますが,現在,電子デバイス用として安価なダイヤモンドの作成方法が開発されつつあり,性能面,コスト面ともに,ダイヤモンド半導体の応用へ向けての研究開発が進んでいます [22].
ダイヤモンドは宝石として数100年の歴史がありますが,電子材料としては現在進行中の新しい材料です.古くて新しい材料として魅力ある材料です.今後の発展が期待されます.
参考文献
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