電気自動車への走行中ワイヤレス給電 バッテリーの残量や資源の心配を克服した究極のエコカーを目指して 藤本 博志 東京大学大学院新領域創成科学研究科 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理
電気自動車(EV)はガソリン車等に比べて,一回の充電で走ることのできる距離(航続距離)が短いことが課題となっています.この課題を根本的に解決する方法として,道路に設置した設備から走行中の車両にワイヤレスで電力を送る走行中給電の実現が期待され,世界中で実証実験が行われています.本コラムでは,走行中給電のメリットや技術的課題について説明し,道路からインホイールモータに直接走行中給電するシステムの開発状況,実車実験の結果などについて紹介します.
EVへの走行中給電


EVの航続距離の伸長にはバッテリーの搭載量を増やすことが効果的ですが,バッテリーの搭載量を増やすと車体重量が増えることにより,走行抵抗や加速に必要なエネルギーが増加します.また,EVの普及が本格化すると,EV用バッテリーの製造に必要な希少金属の確保ができるかという懸念も浮上します.
この問題点を解決するために走行中給電技術が研究されています [1, 2].走行中に車両に給電を行うことで,車両に搭載するバッテリーを大きく削減することができ,走行にかかるエネルギーを削減するとともに,車両一台当たりの希少金属の使用量を低減することができます.また,走行中給電は自動車を利用する日中に充電することになるため,太陽光発電の余剰電力を利用することが可能になります.この10年間で太陽光発電所が急増したため,日中,発電された電力を使い切ることができず,太陽光発電所の出力を抑制することが行われています.余剰電力をうまく使うことができれば再生可能エネルギーの利用促進の効果が期待できるのです.
走行中給電の課題として,道路への給電設備の設置がありますが,街乗りでの試算によると,交差点手前30 m区間に給電設備を設置すると,走行中に断続的に給電されるので,車載バッテリーの充電量を維持することができるという試算もあります [3].
走行中給電の方式
走行中給電の方式としては接触式給電 [4] と非接触給電があり,非接触給電では主に電界結合方式 [5] と磁界結合方式 [6] が提案されています.著者のグループでは磁界結合方式を用いた給電システムを持つ,ワイヤレスインホイールモータの開発を進めてきました.第1世代としてボディとホイールの間をワイヤレス電力電送するワイヤレスインホイールモータの開発 [7] を行い,第2世代として,さらに道路から走行中給電の機能を持つワイヤレスインホイールモータの開発を行いました.ハードウェアのみならず,車載コイルの検知及び高速電流立ち上げ制御技術 [8, 9] や自動運転と協調した制御技術 [10] の開発も進めており,走行実験なども行っています.
第1世代,第2世代ワイヤレスインホイールモータのターゲットは軽自動車クラスの車両であったため,普通自動車以上の車格に適応するためにはシステムの高出力化が必要でした.また第2世代ワイヤレスインホイールモータはサイズが大きいためサスペンションの構造が複雑化し,車のレイアウト制約が大きいため,実用化を考えた場合には更なる小型化を目指す必要がありました.
第3世代ワイヤレスインホイールモータの開発 [11]
走行中給電によりバッテリーの重量を減らし,駆動効率の高いインホイールモータと組み合わせることにより,究極のエコカーを目指しました.またそれだけではなく,「すべてのタイヤの中に」というコンセプトを立て,受電から駆動にかかるすべてのコンポーネントをホイール内に納めることを目指し,開発を行いました.第3世代ワイヤレスインホイールモータの概観を図1に示します.ターゲットの車格はCセグメントの5人乗りEVです.

第2世代と同様にばね下にコイルを配置しています.コイルはアップライトにステーを介して取り付けられています.受電回路,整流器,インバータ,制御回路は図2に示す円環基板に実装され,モータと共にホイール内に納められています.さらにラジエータ,ウォーターポンプ,リザーブタンクの冷却系もすべてホイール内に納めているため,冷却水はホイール内のみを回るのです.


路面に配置する送電用インバータ,円環基板上の受電用同期整流器およびモータ駆動用インバータの全てに新開発の炭化ケイ素(Silicon Carbide: SiC)パワーモジュールを採用しました(図3).量産品と比較して,なんと20%の容積に小型化をしました.

ベンチにおける送電実験結果を図4に示します.磁界結合方式ワイヤレス給電の共振周波数は85 kHzです.受電側のDC電圧はDC-to-DC効率が最大化される電圧としています.18.2 kWの出力かつ95.2%のDC-to-DC効率を達成しました.またこれとは別に受電側電圧制御により20 kWの出力も達成しています.さらにこれを後輪2輪に搭載したEVにおいて,走行中給電の実験検証にも成功しています(図5).


今後の展開
今後は各コンポーネントの詳細評価,システムの評価を進める.また制御技術開発を発展させ,さらなる高性能化やロバスト性を高める技術開発を行い,公道での実証試験を目指します.走行中給電システムの小型軽量化,効率向上のためにはパワー半導体技術をはじめとしたさまざまな応用物理学の技術の進展も必要であり大変期待しています.
用語説明
インホイールモータ:モータをタイヤ(ホイール)の中に収める方式.ボディにモータやギヤボックスなどを配置する必要がなくなり,ボディのレイアウトの自由度が拡大する.本研究ではさらにインバータやワイヤレス電力受電回路などもすべてホイールの中に収めている.
参考文献など
- [1]H. Fujimoto, T. Takeuchi, K. Hanajiri, K. Hata, T. Imura, M. Sato, D. Gunji, and G. Guidi: 31st Int. Electric Vehicle Symp. Exhib./Int. Electric Vehicle Technology Conf. 2018 (EVS31&EVTeC2018), B1-1 (2018).
- [2]東京大学大学院新領域創成科学研究科記者発表 (2019年10月10日).
- [3]D. Gunji, K. Hata, O. Shimizu, T. Imura, and H. Fujimoto: 2019 IEEE PELS Workshop Emerging Technologies: Wireless Power Transfer (WoW), p. 302 (2019).
- [4]T. Tajima, W. Noguchi, and T. Aruga: SAE Technical Paper 2015-01-1686 (2015).
- [5]T. Ohira: 2013 IEEE Wireless Power Transfer, p. 242 (2013).
- [6]T. Fujita, T. Yasuda, and H. Akagi: IEEE Trans. Ind. Appl. 53, 3748 (2017).
- [7]M. Sato, G. Yamamoto, D. Gunji, T. Imura, and H. Fujimoto: IEEE Trans. Power Electron. 31, 5270 (2016).
- [8]K. Hata, K. Hanajiri, T. Imura, H. Fujimoto, Y. Hori, M. Sato, and D. Gunji: 2018 Int. Power Electronics Conf., p. 663 (2018).
- [9]K. Tokita, K. Hata, H. Fujimoto, and Y. Hori: 45th Annu. Conf. IEEE Industrial Electronics Society (IECON 2019), p. 4189 (2019).
- [10]J. Sithinamsuwan, K. Hanajiri, K. Hata, T. Imura, H. Fujimoto, and Y. Hori: 2019 IEEE PELS Workshop Emerging Technologies: Wireless Power Transfer (WoW), p. 214 (2019).
- [11]H. Fujimoto, O. Shimizu, S. Nagai, T. Fujita, D. Gunji, and Y. Ohmori: 2020 IEEE PELS Workshop Emerging Technologies: Wireless Power Transfer (WoW), p. 56 (2020).
著者プロフィール
© 1999-2023 The Japan Society of Applied Physics (JSAP).