公益社団法人 応用物理学会

GXに貢献する超伝導技術 超伝導材料は天賦の省エネルギー材料 多様な応用でGXに貢献 総論 下山 淳一 青山学院大学/応用物理学会 超伝導分科会 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

導体といえば,通常,電気抵抗が無視できるほど小さい物体として扱われます.実際,導体として最も広く用いられている銅の電気抵抗率は室温で1.6 × 10−8 Ω m,高品質な無酸素銅のそれは10 K以下の極低温で10−12 Ω mより小さくなります.しかし,電気抵抗率がゼロでない限り,通電すれば必ずジュール熱が発生します.これに対して,超伝導体の電気抵抗率は図1のように臨界温度(Tc)で急落しゼロになります.この特異な物理現象は,1911年にオランダ,ライデン大学のカメリン・オンネス教授らによって,水銀(Tc = 4.15 K)を用いた実験で初めて観測され,「超伝導」と名付けられました.以後,超伝導を示す物質が次々と発見され,1960年代以降ニオブ3スズ(Nb3Sn:Tc = 18 K)やニオブチタン(Nb–Ti:Tc = 10 K)合金の超伝導線材が開発されました.これらは今日においても生産される超伝導材料の大半を占め,主に強い磁場を発生する超伝導磁石に用いられています.特に,Nb–Ti線材は国内だけでも5,000台以上普及している医療用MRI装置や超伝導リニア,超大型加速器などに広く用いられており,Nb3Sn線材は高分解能の核磁気共鳴(NMR)装置や現在建設中の国際熱核融合実験炉(ITER)[1] において高温プラズマを閉じ込めるという重要な役割を担う大型超伝導磁石に使われています.しかし,これらの超伝導材料を使うには,液体ヘリウム(常圧沸点4.2 K)で冷却する必要がありました.

超伝導体の電気抵抗率の温度依存性
図1: 超伝導体の電気抵抗率の温度依存性(概念図)

ところが1986年に銅を含む酸化物でTcが30 K級の物質が発見され,翌年にTc = 92 Kのイットリウム系超伝導体 [*1] が,さらにその翌年にはTc が100 Kを超えるビスマス系超伝導体 [*2]が発見されました.これらの超伝導体のTcは,液体窒素(常圧沸点77.4 K)でより高いことから,超伝導の応用分野が大きく広がる可能性がでてきました.しかし,これらの物質は加工や変形が難しいセラミックスで,さらに超伝導体の結晶に電気が流れやすい方向が決まっていて,大きな超伝導電流を流すには結晶の方位をそろえる必要がありました.よって,実用的な電流容量を持つ長い線材の開発には様々な工夫や,多くのブレークスルーが必要でしたが,2005年頃より実用化が始まり徐々に普及しています.

これまでに発見されている超伝導体は数千種におよび,毎日手にしている1円玉(アルミニウム)も超伝導体です(Tc = 1.2 K).また,銅酸化物の超伝導体だけでも数百種あり,Tcは最高138 Kですが,材料として開発されているのは,先のイットリウム系とビスマス系だけです.物質自体の性質が優れていても,材料としての性質が優れるとは限らないわけです.ちなみに,200万気圧以上の高圧力下で室温付近のTcを示す超伝導体が発見されています.さらに,2001年に発見された2ホウ化マグネシウム(Tc = 39 K),2008年に発見された鉄系超伝導体(Tc = 58 K)も液体ヘリウム冷却を必要としない超伝導材料の候補として期待されています.これらを含め,JIS規格ではTcが25 K以上の超伝導体を「高温超伝導体」と定義しています.なお,ビスマス系銅酸化物,2ホウ化マグネシウム,鉄系超伝導体は日本の研究機関で発見されたもので,さらにイットリウム系,ビスマス系銅酸化物線材の開発に最初に成功したのは日本のメーカー,つまり高温超伝導物質・材料の開発では日本が世界を牽引してきたわけです.

さて,超伝導は固体内でボーズ凝縮した電子対のマクロな量子化によって起こるもので,電気抵抗ゼロのほか,マイスナー効果,ジョセフソン効果という独特の現象を示します.特に,ジョセフソン効果は超伝導電子デバイスの発展のきっかけとなりました.なかでも超伝導量子干渉磁束計(SQUID)は,超伝導体の中で磁場が最小単位の磁束量子(2 × 10−15 Wb)に分割されることを利用して,この磁場を超精密に計測できるもので,先端科学研究,人体が発する微弱磁場計測による脳磁計,心磁計などの先進医療機器に利用されており,最近は地中の資源探査にも活用されています.効率的な資源探査は環境負荷を小さくし,グリーントランスフォーメーション(GX)に貢献します.超伝導電子デバイスの特徴は,細い配線の高密度な回路を作っても電気抵抗率がゼロですから半導体デバイスなどで問題になる発熱,言い換えれば電力の減衰がないことで,低消費電力の高速コンピュータ開発が進められている一方,通信フィルタなどは既に実用化されています.

図2は2011年に文部科学省から配布された「一家に1枚」シリーズで,超伝導100周年を記念して作成したマップです [2].左下から右上に向かって磁場が大きくなるように軸を描き,軸の下側には超伝導の様々な応用が示されています.マップをよく見ていただけるとわかりますが,超伝導の応用は左下の弱磁場計測と真ん中から右側の強い磁場発生に分かれていることがわかります.これらの応用では超伝導材料でなければできない機能が生かされており,冷却して使う,という面倒を乗り越えて広く普及しています.超伝導線材で閉じた回路を作り,そこに電流を流すと電気抵抗がありませんから電流は減衰することなく流れ続けます.これは永久電流回路と呼ばれるもので,安定した磁場を必要とする医療用MRIやNMRの超伝導磁石,さらに超伝導リニアの車載超伝導磁石にもこの回路が組み込まれています.このような永久電流回路と電磁石の組み合わせは,電気エネルギーをコイルの蓄積エネルギーに変えて貯蔵しているとみることができます.実際,超伝導磁気エネルギー貯蔵(SMES)装置は,発電所のような大規模ではありませんが,電気を有効に貯蔵する方法として期待されています.また,方法は異なりますが超伝導フライホイールも電力貯蔵や,再生可能エネルギーによる不安定な発電の平準化への応用が試験されています.

磁場と超伝導
図2: 「一家に1枚」シリーズ“磁場と超伝導”
2011年文部科学省 [2].

近年は先述した冷却の課題も,高温超伝導材料の応用と,極低温冷凍機の開発によって大きく低減されています.例えば液体窒素で冷却する超伝導ケーブルは,高温超伝導材料の開発によって初めて実現し,世界各所で実用や試用が始まっています.超伝導リニアにも最近,冷凍機で冷却する高温超伝導線材を用いた磁石が部分的に搭載されています.図3は超伝導技術が様々な学術領域に支えられていることと超伝導応用の広がりを表した超伝導応用の樹です.年々,この樹の実は増えており,その多くは高温超伝導材料の応用によるものです.これらの実には,すでに広く普及しているもの,最近,実用が始まったばかりのもの,および現在,試用中,試作中,設計中のものも含まれますが,これらも実用,普及に向けた研究開発が活発に進められています.

超伝導技術応用の樹
図3: 様々な学術分野に根ざした超伝導技術応用の樹

さて,超伝導応用のほとんどは電力面で省エネルギー効果を持ちます.例えば,半導体産業を支えているSiの大型単結晶の育成は2つの超伝導磁石にはさまれた大きな空間で行われており,単結晶中に混入する酸素の量をウェハーに加工しやすいように調節しています.この技術はあまり公にされていませんが,銅などの導体の大型電磁石を用いると莫大な電力を消費することから,超伝導磁石が使われています.このような省エネルギー効果が,冷却,つまり超伝導状態の維持に必要なエネルギーやコストを明らかに上回るとき,超伝導機器・システムを積極的に用いる動機が生まれます.より高い温度での利用のほうが容易に冷却できることから,高温超伝導材料の幅広い実用の可能性が生まれるわけです.環境面でも,超伝導磁石の強い磁場を利用した磁気分離技術が,工業廃水や河川,湖沼の汚水の浄化に使えることが実証されています.イットリウム系超伝導体の数cm〜十数cmの強大な結晶は,ネオジム磁石など永久磁石よりもはるかに強い磁場を捕捉することができ,液体窒素や小型の冷凍機で冷却するポータブルな強力磁石装置として,磁気分離以外にも磁気薬剤固定・搬送への利用も進められています.

応用物理学会では,高温超伝導体の登場を受けて,超伝導分科会が1989年に設立されました.図4に超伝導分科会が作成した2010年に超伝導技術のアカデミックロードマップを示します.すでに10年以上経ちましたが,概ねロードマップに描いた通りに,開発・応用が進んでいます.GXに世界中が真剣に取り組まなければならない21世紀の前半,超伝導技術は様々な面で貢献できるポテンシャルを有しており,これに関わる研究者は,より確かな技術としての普及を目指して,材料・機器の開発,さらに遠い将来を見据えて新たな超伝導物質の設計と探索に取り組んでいます.

アカデミックロードマップ
図4: 超伝導技術のアカデミックロードマップ
(応用物理学会超伝導分科会2010年作成)

注釈

  • [*1] イットリウム(Y)系超伝導体は最初,YBa2Cu3Oy が発見され,後にYを他の希土類(RE)元素で置き換えても90 K以上のTcを示す超伝導体となることがわかった.このため,RE系とも呼ばれ,金属組成比からRE123系,化学式を略してREBCO系とも呼ばれる.なお,酸素組成のy は不定比量で6から7まで連続的に変化し,y = 6.9 – 6.95のときに最も高いTcを示す.
  • [*2] ビスマス系超伝導体は,化学式Bi2Sr2Can−1CunOy (n = 1, 2, 3, …) で,n = 3の物質が約110 KのTcを示す.n = 3の物質は金属組成比からBi2223と呼ばれ,一般にBiの一部がPbで置換されている.また,化学式を略してBSCCO系とも呼ばれる.なお,酸素組成 y は不定比量で2n + 4より少し大きい.

参考文献など

著者プロフィール

下山 淳一

(しもやま じゅんいち)

1962年,岐阜県生.1988年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了.1988〜1993年旭硝子株式会社中央研究所勤務.1993年東京大学工学部助手,以後講師,助教授(准教授)を経て,2015年より青山学院大学理工学部教授.近年は主に超伝導材料科学研究に従事.2009〜2010年度,応用物理学会超伝導分科会幹事長.

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