脱炭素社会に必要な革新的レトロテクノロジー 蓄熱発電 岡崎 徹 エネルギー総合工学研究所 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

脱炭素社会に向け,世界で急速に蓄熱発電開発が立ち上がってきました.蓄熱発電とは,電気をヒータなどで熱に変えて蓄熱し,必要時にその熱から発電するものです [1].図1は蓄電発電の技術を模式的に示したものです.再生可能エネルギー(以下,再エネ)が大量に発電している際に,低温側タンク(290 °C)からポンプで取り出された溶融塩が,ヒータで560 °Cまで熱せられ,高温側タンクに移されます.再エネが発電していない際には,高温側タンクから取り出された溶融塩が熱交換器で高温高圧の蒸気を発生させ,発電します.図中のオレンジ色は温度の高い部分を,青色は温度の低い部分をそれぞれ示しています.ここで使われる溶融塩は,硝酸塩で,爆発性も毒性も無く,肥料にも使われる安全なものです.


図1:蓄熱発電の構成例.

熱から電気を取り出すには蒸気タービンを用いるため,大きなロスが発生します.そのため,これまで多くの人は,効率が悪いから非合理的だとし,見向きもされませんでした.しかし蓄熱コストが非常に安いので,定量的に検討してみると,ある条件下では再生可能エネルギー(以下,再エネ)の不安定性を解消するには最も経済的であることが計算されました.エネルギーを得る工程の全てを既存の技術だけで構成できる,しかし今まで見逃されてきた,この革新的レトロテクノロジー [*1] の蓄熱発電について,以下に説明します.

再エネ由来電力を使いたいときに使うためには,蓄エネルギー(以下,蓄エネ)が必須です.電力には同時同量性 [*2] という制約があり,常に需要と供給をバランスさせる必要があります.再エネ導入量が少ない間は,再エネの出力が変動しても火力発電の調整運転でバランスさせることができました.しかし導入量が多くなり,かつ,脱炭素のために火力発電が使えなくなると,別の手段が必要となります.

需給をバランスさせる一つの手段としては,需要側を調整するデマンドレスポンス(DR)[*3] があります.しかし風の吹かない夜には,発電能力の無いDRでは対応できません.そもそも,通信障害や通信を妨げる悪意的な行為に対して脆弱なDRに過度に依存するのは危険です.ただ,DRは設備導入コストが小さく最も経済的であるので,安全を担保できる範囲で,積極的に導入すべきであると思います.

他に広域で電力を融通するという案もあります.しかし送電線建設コストは高く,そもそも夜間に発電しない太陽光発電が多い日本では,いくら送電線を建設しても需要を満たせません.よって,再エネ由来電力を使いたいときに使うためには蓄エネが必須となります.蓄エネ手段としては,まずダムを使った揚水発電が挙げられますが,日本でも地形的に好適な場所はほとんど残っておらず(経済性を無視すれば別ですが),今後の増加する再エネの調整のためには貢献できません.また,海外の平地や砂漠に揚水発電は作れません.次に,圧縮空気貯蔵発電(Compressed Air Energy Storage: CAES)が提案されていますが,地下の巨大岩塩空洞がある場所でしか運転できない上に,燃料を必要とします.燃料を必要とせず,ある意味で蓄熱発電でもあるA-CAES(Advanced CAES)も開発中ですが,系統に接続された規模で経済性を実証したものは,まだありません.水素は,エネルギーキャリアとしてだけでなく,蓄エネとしての期待もありますが,まだ電力系統規模での経済性を論じる段階にはきていません.そのため,現状で蓄エネ手段として期待されるのは,系統へ接続され,かつ大きな規模で試験されている蓄電池だけになります.しかし,これも数時間以上の変動をバランスさせるには,設備が高価になるという課題があると言われています.

この蓄電池より,蓄熱発電の方が経済的に運用できる場合があることが計算で示唆されました.蓄熱発電の構成要素のうち,蓄熱部から熱電変換の部分は既に太陽熱発電で実用化されており,大きなものは2 GWhもの規模で系統に接続されて運用されています.太陽熱発電では太陽エネルギーを熱として集めています.蓄熱発電は,この集熱部分をヒータに変えただけです.この蓄熱発電と,蓄電池の経済性比較を,太陽電池(photovoltaic: PV)の夜間利用を例にとって計算しました.この場合,蓄電池が苦手とする数時間以上の蓄エネになります.
太陽電池の電力を,夜間に使う時のコスト計算は簡単に表すと次の式で表されます.
\[ \text{夜間電力費}=\frac{\text{効率}}{\text{投入電力費}}+\frac{\text{寿命}}{\text{設備費}} \] 効率が悪いと第一項の費用が大きくなりますが,設備費が安く,かつ寿命も長ければ第二項が小さく,結果として夜間電力費が安くなります.逆に,如何に効率が良くとも,設備費が高く寿命が短ければ夜間電力費は高くなります.投入電力費(充電コスト)をパラメータとして表した夜間電力費(発電コスト)が図2のグラフになります.図中にある記号¢はセント,η(イータ)は受電端/送電端のエネルギー変換効率を表しています.

図2: 太陽電池による電力の夜間利用時における,蓄熱発電と蓄電池の経済性比較.

太陽電池による充電コストが10¢以下であれば,効率は悪くとも設備コストの安い蓄熱発電の方が明らかに経済的であることが見て取れます.2030年には蓄電池コストが半減する,と予測されていますが,そのころには太陽電池の発電コストも数¢以下になっているので,現状性能の蓄熱発電の方が有利になります.なお,蓄熱発電の諸元は太陽熱発電の実績から [2],また,蓄電池の諸元はIRENA [3] の資料から取っています.

蓄熱発電は熱機関を利用し,その熱機関は長い歴史から,もう性能向上の余地が無い,と言われてきました.ですが図1の単純な構成でなく,ブレイトンサイクル [*4]の利用や,作動ガスを高圧タンクに貯める蓄圧等と組み合わせたりすることで60%程度の充放電効率を持つものが発案され開発中です.すると図2の最も下の線となり,蓄電池が現状の半分コストになっても蓄熱発電の方が有利になります.この新しい方式の蓄熱発電も含めて,2021年11月現在,判明しているだけで40近い民間の開発計画が顕在化しています(表1).2016年には,Siemens-Gamesaしか蓄熱発電開発の計画は見当たりませんでした.当時,ニュースサイトには「蓄電池があるのに,なぜSiemens-Gamesaはこんな馬鹿なことをするんだ」という投稿で一杯でした.が,鋭い人はそこで気づき,開発を始めました.なお,大学・研究所等を入れると数はもっと多くなります.

なお,蓄電池は上記のような使用方法を念頭には置いて開発されていません.いわゆる,目的外使用です.よって,本来の使い方ではないために図2のような電池に不利な結果になっています.用途によって技術を使い分けることが全体の合理性を追求するのに必要です.例えば交通機関も,行き先によって自転車から航空機まで様々な手段を取るように,蓄エネも状況によって様々な技術を組み合わせ・使い分ける必要があります.

表1: 世界の民間蓄熱発電開発,斜体は蓄熱に加えて圧力,液体空気等を使う技術.太字は電力会社.

なお,再エネ電力は不規則で爆発的に発生することが多く,それを吸収する,すなわち電熱変換する設備の利用率も小さくなります.設備利用率の低いところに高価な設備は適用できません.そこで電熱変換設備を安価にすることが必要となります.しかし通常のヒータでは400 Vの低圧駆動しかできないため,大電流を扱う事になり,設備が大型化して高価になります.そこで,この低コスト化に回転発熱機の開発を提案しています.静磁場を回転させる,あるいは静磁場中で導電体を回転させることで誘導渦電流を生じさせ,回転力を熱に変換します.回転機は大容量化しても部品点数はさほど変わらず,規模の効果が得られるため,安価になります.また,高圧で電力系統に直結できるため,電力系統の安定性維持に不可欠な慣性力も持ちます.

ただ,この回転発熱機に銅鉄磁石を採用すると,キュリー温度までしか発熱動作しません.一方,熱機関は高温化によって高効率化するため,高い温度の方が有利です.そこで超電導による大空間・強磁場を利用し,高温を得る概念もあります.

さらに,将来は製造業の電化が必要です.製造業ではプロセスによっては1,000 °Cを超える温度まで必要です.この場合,先述の蓄熱発電向けの電熱変換とは異なり,設備利用率は高くなりますので,低コスト化への要求は少し弱まります.超電導のマイナス200 °Cと発熱側のプラス1,000 °C,となると温度差1,200 °Cと,とんでもない温度差に見えます.でも,室温と1,000 °Cでも温度差1,000 °C弱なので,実は大して大きなハードルはありません.

最後に,「熱から電力に変換する際には,大きなロスが発生する.だから,駄目だ」この固定観念が,今までなかった理由です.しかしロスの多寡よりも,総合的な経済性の方が重要です.エネルギーを何時でも経済的に得るには,蓄熱発電が有効ですが,これを進めるためには固定観念を打破する必要がありました.世の中,他にも固定観念に捕らわれて足踏みしている分野があるかもしれません.ここは一度,いろんな事を,固定観念を外して見直してみては如何でしょうか.

語句の説明

  • *1 レトロテクノロジー:歴史が長く,開発されつくされた技術
  • *2 同時同量性:電力は,発電と需要のバランスが崩れると停電に繋がる.これまでは出力調整容易な火力発電を使っていた.今後,脱炭素が進むと,このバランスを取ることが難しくなる.
  • *3 デマンドレスポンス:発電と需要のバランスをとる為に,需要側で消費電力を上げたり下げたりして調整すること.一般に通信環境が必要.
  • *4 ブレイトンサイクル:熱エネルギーを機械エネルギーに変換するサイクルの一つ.ガスタービンがこのサイクルになる.

著者プロフィール

岡崎 徹

(おかざき とおる)

1987年京都大学大学院修士課程修了.同年住友電気工業株式会社に入社.1998年,社内留学制度で英国・バーミンガム大学よりPh.D.取得.国際超電導産業技術研究所・普及啓発・国際部長を経て,2016年よりエネルギー総合工学研究所・主管研究員.専門は蓄熱発電,回転発熱機.電気学会,低温工学・超電導学会,機械学会員.