光ビームで実現する光無線給電 無線を広げて電気の制約を気にしない社会へ 宮本 智之 東京工業大学 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理
光ビームで電気を送る
機器には通信と給電という2つの外部とつながる仕組みが必要です.このうち通信は無線化が進んでいますが給電は有線のままです.バッテリーにより機器の使用中は無線で利用できますが,充電の時には配線が必要です.このような配線は,接続の手間や移動ができないなど機器の利用を強く制限するため,無線給電への期待が高まっています.すでに電磁波を用いた無線給電はありますが,給電距離が非常に短いことや強い電波を使うと他の機器に電磁ノイズを与えるという問題があります.
そこで光無線給電(Optical Wireless Power Transmission: OWPT)が注目されています [1, 2, 3, 4].光無線給電とは,図1のようにレーザなどのビーム光源と受光デバイスを利用します.受光デバイスには太陽電池を利用します.光ビームは広がりが小さいため長距離まで給電が可能です.また,電磁ノイズを発生しないという特徴があり,これまでの無線給電の課題を解決可能です.

光無線給電はこれから広がる方式
光無線給電は,レーザや太陽電池が発明されて間もない1970年ころには提案されていました.しかし不思議なことに光無線給電の研究開発は非常に少なかったため,まだ実用段階ではありません.無線給電に関する文献は毎年数千件もあるのに対して,2010年代前半までの光無線給電に関する文献は毎年20~30件ほどと非常に少ない状況でした.ただし2010年代後半になり,無線給電の要望が高まっていること,レーザや太陽電池の特性改善が進んだこと,光無線給電に必要な画像認識や人工知能などの周辺技術が利用しやすくなってきたことから注目が高まり,文献数も毎年100件を超えるように急増しています.これから光無線給電の研究はさらに活発になり,数年以内には実用化も始まると考えています.
光無線給電に必要な機能と技術
実際に光無線給電を実現するには,図2のように光源と太陽電池の他にもさまざまな機能要素が必要です.光ビームを無駄なく利用するためのビーム形状の制御やビーム方向の高精度走査などの光システム,給電対象となる機器の認識,給電量などの情報の通信,また,人などへのビーム照射を避ける安全技術も必要です.さらに,複数の光源を連携して,1つのビームが遮断されても別のビームで給電を継続するといった高機能を実現する仕組みも必要です.これらの中には,半導体レーザや太陽電池,高機能なレンズ,高度なセンサーなど応用物理が直接関わる技術のほか,機械的な動作の仕組み,画像認識や人工知能などの情報技術も必要であり,光無線給電は多様な分野の統合による高度なシステムといえます.ただし,これらの機能要素にはすでにさまざまに存在している技術を転用できます.つまり,光無線給電は非常に実現性の高い方式といえます.

なお,それぞれの機能要素には光無線給電用に特化した研究開発も重要です.例えば,通常の太陽電池は太陽光の広い光スペクトルを利用するのに対して,光無線給電はレーザのような単色光を利用します.単色光に適した太陽電池材料(バンドギャップ)を用いることで,太陽光発電では20%程度にとどまっている効率よりはるかに高い効率が可能になります.特に太陽光向けにはほとんど研究されてこなかった青色用の太陽電池が実現できれば80%程度の効率も期待できます.
光無線給電の給電効率とグリーントランスフォーメーション
さて,光無線給電の最も重要な機能は給電することです.このため給電効率は重要な指標です.例えば市販品を利用すると,レーザ光源の電気から光への変換効率が40%,太陽電池の光から電気への変換効率が40%の場合,光無線給電の給電効率は両者の掛け算が上限になり,その効率は16%と低い値になります.研究レベルのデバイスを利用すると,光源は70%以上,太陽電池も70%近い非常に高い効率がすでに達成されているため,給電効率は50%程度が期待できます.しかしそれでも90%を超えるような高い給電効率は困難と考えています.これは光無線給電の重要な課題の一つといえます.
ただし,効率が低いから光無線給電は利用できないと考えるべきではありません.無線であることが重要な使い方や長距離から給電したいという使い方もさまざまにあります.さらにこの光無線給電により,配線に関わる作業や充電時間,充電速度,バッテリー残量などを気にせずに機器が利用可能になります.これは電気を利用していることを忘れてしまう新しい社会に近づくことです.さらに配線だけでなくバッテリーも不要になるかもしれません.今までに必要であった給電に関わるモノが不要になるので,機器の生産から廃棄までの寿命全体の効率や省エネを考えると,光無線給電が有利になるかもしれません.これはまさにグリーントランスフォーメーションに向けた重要な考え方といえます.
光無線給電の応用範囲
光無線給電は,実際にどのような機器に使うのでしょうか.光源のレーザは数ミリワットの低い光出力から金属加工用の数10キロワットという高い光出力まですでに利用可能です.つまり,光無線給電もミリワットからキロワットの給電に対応可能です.また,光ビームは数センチメールという短距離から100メートルや1キロメートルの長距離まで直径数センチメートルの光ビームで届けることができます.このような電力や距離を考えると,図3のように電気を利用するほとんどの機器に光無線給電は利用可能です.

超小型機器では,体内に埋め込む機器は手術の不要な体外からの無線充電が有効です.また,膨大な数のセンサーなどを利用するIoTでは,離れた場所から充電ができれば多くの端末を容易に利用できるようになります.
情報端末などの小型機器は,充電の手間が減り,部屋のどこでも充電されます.知らぬ間に充電されるので充電完了を待つ必要もありません.玩具も電池交換なく利用が可能になります.
電力の大きな家電製品や産業機器は,これまで配線が必要で利用場所も固定されていましたが,必要な時に気楽に移動できるようになります.パーティーなどでテレビが必要な場所に移動したり冷蔵庫が自動で近くに来てくれる,また,机や棚が自動で動けば部屋の模様替えもボタン1つでできるようになります.
一方,電気自動車のほかドローンやロボットのように移動する機器がますます増えていきます.現在はバッテリーにより移動距離が制限され,充電中に利用できない,さらにバッテリーが重く,大きく,高額といった課題があります.光無線給電により遠隔から移動中に給電できれば24時間移動し続けることも可能になります.バッテリーも少し搭載するだけで十分でしょう.光は水中でも100メートル程度届く唯一の方法なので,水中用ドローンなどへの無線給電も可能になります.
さらに災害時に送電線の設置が不要ですぐに給電が可能です.月面基地などの配線の輸送が困難な場所にも光無線給電は有効でしょう.さらに宇宙空間で太陽光発電した電力を地上に届ける宇宙太陽光発電にも光無線給電が有望と考えられています.
電気を気にしない新しい社会へ
以上,光無線給電について紹介しました.世界的にも研究開発がまだまだ少ない状況ですが,高い実現性があるためこれから短い期間に光無線給電が多くの応用分野で実現されるでしょう.そのためには応用に応じて優れた機能を実現するための研究開発のほかに,給電効率をより改善し,レーザビームの安全な利用技術を準備することも必要です.このような光無線給電の進展により,将来的には電気を利用していることを忘れるかもしれません.この時,グリーントランスフォーメーションに繋がる新しい機器・新しいサービス・新しい社会など今までと異なる世界も可能になるでしょう.
参考文献など
著者プロフィール
© 1999-2023 The Japan Society of Applied Physics (JSAP).