有機薄膜太陽電池の展望 環境にやさしい塗って作れる太陽電池技術でGXに貢献 尾坂 格 広島大学 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

はじめに

有機薄膜太陽電池(Organic Photovoltaics: OPV)は,有機半導体の薄膜を発電層として用いた太陽電池技術である(図1)[1].従来のシリコンなど無機半導体を用いた太陽電池は真空蒸着法を用いた高温プロセスで製造するのに対し,OPVは,有機半導体が溶剤に溶けるため,塗布による低温プロセスにて製造することができる.そのため,低環境負荷であり,低コスト化もしやすい.また,塗布プロセスであれば,フレキシブルなプラスチック基板に作製することもできる.さらに,発電層の厚みが数百ナノメートル以下と極めて薄いため,シースルー性が高い.このように,OPVは無機太陽電池にはない特長を持つことから,ビルや住宅の壁や窓などの垂直面や光透過性が求められる場所,農業用ビニールハウスやテントなど曲面や耐荷重性の低い場所など,無機太陽電池では設置が困難な場所への導入が期待されている.また,室内光など低照度下での特性がよいため,各種センサー用電源などへの応用も期待されている.本コラムでは,材料面から見たOPV技術の進展について説明する.

図1: 有機薄膜太陽電池のフレキシブルサブモジュール(イデアルスター社が作製したサンプルを筆者のグループにて撮影).

有機薄膜太陽電池の進展

OPVが他の太陽電池と大きく違うのは,2種類の異なる材料(p型およびn型の有機半導体材料)を混合しているところであろう.これは,有機半導体が光を吸収することで生成する励起子を自由電荷に分離させるためである.すなわち,p型とn型の有機半導体分子を接触させると,p型材料に励起子が生成した場合はp型からn型に電子が,n型材料に励起子が生成した場合はn型からp型にホールが移動することで電荷分離が起こり,OPVは発電することができる(図2a).p/n接触面積が大きいほどよく発電するため,2種類の有機半導体の薄膜を積層した二層p/n接合型構造(図2b)よりも,これらを混合した薄膜を用いたバルクへテロ接合型構造(図2c)の方が変換効率は圧倒的に高くなる.

図2: (a) 有機半導体のエネルギーダイヤグラムで表すOPVの発電機構(HOMO: 最高被占軌道,LUMO: 最低空軌道).(b, c) OPVのにおける発電層の構造.(b) 二層p/n型,(c) バルクへテロ接合型.

発電材料である有機半導体のバリエーションが豊富であることも,OPVの大きな特徴である.大げさに言えば,有機半導体の分子構造は無限に設計することができる.OPV分野の研究者に有機化学者が多いのはそのためである.実際,バルクへテロ接合型が登場してから現在までのOPVの進展は,本分野における有機半導体開発の歴史そのものと言っても過言ではない.もちろん,新材料を用いた分子配向技術や成膜プロセス技術,素子構造の進歩も,その進展に大きく寄与している.

図3に米国国立再生可能エネルギー研究所(National Renewable Energy Laboratory: NREL)が定期的に発行する太陽電池変換効率の年表“Best Research-Cell Efficiency Chart”のOPV部分の抜粋と各年代におけるベンチマーク有機半導体材料を示す [2].本年表にOPVが登場したのは,2000年代に入ってからである.その当時使われていた材料は,ほとんどの場合,p型はポリマー系の有機半導体(半導体ポリマー)であるポリチオフェン(P3HT),n型はフラーレン誘導体(PCBMなど)であった.P3HT/PCBM素子の研究により,従来1〜2%だった変換効率が5%程度まで向上したことで,OPVが大きく注目されるようになった.しかし,PCBMは可視光領域に強い吸収帯がなく,P3HTも吸収帯の長波長端が約650 nmと光吸収領域が限定的であり,大きい電流を得るのは難しいことが大きな問題であった.また,P3HTはHOMO準位が浅いため,電圧がそれほど高くないことも課題であった(電圧はp型材料のHOMO準位とn型材料のLUMO準位とのエネルギー差に依存する:図2a).2000年代後半からは,ポリチオフェンに代わる半導体ポリマーの開発が進んだ.例えばPTB7-ThやPNTz4Tなどの半導体ポリマーは,いわゆるドナー・アクセプター(D–A)型の分子構造を持つことで,P3HTに比べて吸収帯は長波長化し,可視光領域全体をカバーできるようになり,HOMO準位も深くなっている.結晶性や分子配向制御技術も大きく進展したことも相まって,D–A型ポリマーとPCBMを用いた素子で10%を超える変換効率が報告されている [3].さらに,2010年代後半から2021年現在まで,n型材料としてITICやY6など非フラーレン型の低分子系有機半導体(非フラーレン材料)の開発が進み [4],変換効率は18%を超えるまで大きく向上した [5].これら非フラーレン材料は近赤外領域に渡る長波長吸収帯を有するため,組み合わせるp型の半導体ポリマーはP3HTと同様に比較的短波長領域に吸収帯をもつ.非フラーレン材料を用いた素子では,OPVのボトルネックの1つであった電圧損失が抑制されるようになったことも,飛躍的な高効率化の要因である [6].このように,有機半導体の革新がOPVの進展にもたらした影響は極めて大きい.

図3: OPVのエネルギー変換効率の推移(Best Research-Cell Efficiency Chartより抜粋 [2])と
代表的な有機半導体材料の化学構造.

今後の課題と展望

“塗って作れる”,“柔らかい”といった特長はOPVの専売特許だったが,近年は,急速に発展したペロブスカイト太陽電池に持って行かれてしまっていた.しかし,この数年でOPVは息を吹き返しつつあり,再び注目を集めるようになってきた.おそらく変換効率20%も,近いうちに達成されるだろう.今後さらに高効率化するためには,電流,電圧,フィルファクター全てのパラメータの底上げが必要であるが,やはり電圧損失の低減が大きな問題となるであろう.非フラーレン材料を使うことでかなり電圧損失は抑制できるようにはなってきたが,シリコンやペロブスカイト太陽電池に比べるとまだ大きい.この要因の1つは電荷分離の際にエネルギーを使ってしまうからである.すなわち,限りなくゼロに近いエネルギーで効率的に電荷分離させることが必要であり,それを具現化する材料設計指針を見出すことが大きな課題であろう.チャレンジングな課題ではあるが,10年前には誰も予想できなかったことが今のOPVに起きていることに鑑みれば,これも解決できると期待したい.

著者プロフィール

尾坂 格

(おさか いたる)

2002年に筑波大学大学院にて博士号取得.同年,富士フイルム株式会社に入社.2006年より米国カーネギーメロン大学博士研究員.2009年より広島大学大学院工学研究科助教.2013年より理化学研究所創発物性科学研究センター上級研究員.2016年より広島大学大学院工学研究科(現先進理工系科学研究科)教授.専門は,有機材料化学,有機半導体,π共役系ポリマー.