次世代の高効率量子ドット太陽電池 新しい概念と材料でこれからの太陽光発電社会を支える 岡田 至崇 東京大学先端科学技術研究センター 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

はじめに

太陽電池のエネルギー変換効率は,現在主流の結晶シリコン太陽電池の場合,理論最大値 [1] の約29%にほぼ到達している.一方,従来の延長線上にない新しい概念や材料を用いて,単接合太陽電池の効率を上回り,かつ低コスト化が展望できる次世代型太陽電池の研究開発が加速している [2].

量子ドットを用いる利点は,①大きさを変えるだけで光吸収の波長範囲を紫外光から近赤外光にわたって広くチューニングできること(量子サイズ効果),②従来型の太陽電池では熱損失として失われてしまうエネルギーを有効利用することが期待できること(ホットキャリア効果,マルチエキシトン生成効果),③高密度の量子ドットを配列させた超格子構造を用いて,赤外光を吸収できること,④コロイド量子ドットを用いた低コストの太陽電池に適用できること,などが挙げられる.特に③において,量子ドットを高密度に配列させた構造では,量子ドット間の電子的結合が起こり,個々の量子ドット中に形成される離散化されたエネルギー準位が束となってエネルギーバンドが形成される.この中間バンドを介した光吸収を利用して,赤外域の太陽光を有効に吸収し太陽電池の高効率化を図るアプローチについて,現状と将来展望について解説する.

 

量子ドットを用いた中間バンド太陽電池

中間バンド太陽電池のしくみ

合計3つのエネルギーバンドからなる量子ドット太陽電池のエネルギーバンド図を図1に示す.エネルギーバンド1とバンド3は,半導体結晶の場合,おのおの価電子帯と伝導帯にあたり,バンド2はその間に高密度量子ドット等により形成された中間バンドである.この場合,高エネルギーの太陽光はバンド1と3の間の遷移を使い,また近赤外の太陽光はバンド1と2,またはバンド2と3の間の遷移を使って吸収させることで,太陽光スペクトルとの整合を高め太陽電池の高効率化が達成できる.このとき鍵となるポイントは,光子エネルギーを吸収して中間バンドに励起された電子は,2個目の光子エネルギーを吸収させて量子ドットの外へ取り出せるように作り上げることである.ここで,脱出した電子は,拡散・ドリフトによる移動を経て電極に向かう途中で別の量子ドットに再び捕獲される電子が出てくる.したがって,捕獲と光励起(脱出)の過程を繰り返しながら最終的には電流として取り出せるようにセル構造を最適化する必要がある.

図1に示した3バンド構成のセルの場合,価電子帯(EV),中間バンド(EIB),伝導帯(EC)を考えたとき,EIBEV = EIV = 0.7EVECEIB = ECI = 1.2EVECEV = Eg = 1.9EVの組み合わせのときに太陽電池の変換効率は60%以上に達する(図2)[2,3,4].

図1: 中間バンド型量子ドット太陽電池の構造概念図とエネルギーバンド図 [2].
図2: 中間バンド太陽電池の非集光下および最大集光時の変換効率の理論計算値 [4].また中間バンドの最適エネルギー位置EIBを示す.太陽光スペクトルとして大気通過量:air mass 0(AM0)を仮定.

中間バンド型量子ドット太陽電池の現状と課題

これまでに広く研究されているInAs/GaAs系量子ドット超格子の場合,太陽光の照射下で擬フェルミ準位の分離が起きていることが実験的に確かめられており [5],量子ドット太陽電池においてホスト半導体材料のバンドギャップ以下のエネルギー域における光感度や,短絡電流の増大がそれぞれ確認されている [6,7,8,9,10,11,12].更なる高効率化に向けては,(1) 量子ドットの総数の増大,および (2) 中間バンド内のキャリアの長寿命化等が大きな課題であるが,ここでは上記 (1) に関し動向と展望を述べる.

太陽光を十分に吸収するために,量子ドットの総数をどの程度まで増やす必要があるか.現状の太陽電池では,InAs量子ドットの面内密度としてNareal∼1×1012 cm−2が実験的に得られているが [13],あと1桁以上増大させる必要がある.一方,集光動作させると状況は大きく改善される.正味の電流生成量は現状の太陽電池でも100倍以上の集光動作下では正の値となり効率も増大していく [4].今後,十分に長いキャリア寿命と高い結晶品質(低欠陥密度)が達成されれば40%以上の高効率化が見込める.

量子ドット太陽電池の作製方法として,結晶成長を制御して自己形成機構により高密度の量子ドットを形成させる方法が広く用いられてきた.この場合,量子ドットの平均サイズは15~30 nm程度が現状であり10 nm以下の微小化は難しい.最近では溶液法を用いて数nmサイズのコロイド量子ドットを高ギャップの材料で埋め込むことにより中間バンド太陽電池を実現する試みも始まっている.図3は,4 nmサイズのPbSコロイド量子ドットを鉛系ペロブスカイトに分散させ,スピンコートにより吸収層を形成させた例であり,こうした方法は低コスト化技術としても注目を集めている [14].

図3: 塗布法によりコロイドPbS量子ドットをホスト半導体の高エネルギーギャップのペロブスカイト膜に埋め込んで形成した中間バンド太陽電池 [14],および軽量・薄膜の量子ドット太陽電池のイメージ.

おわりに

量子ドットを用いた高効率中間バンド太陽電池の原理と現状,そして特性改善に不可欠な課題として,現状の1桁以上の量子ドットの総数の増大,および中間バンド内のキャリアの長寿命化の必要性について述べた.最近では,高効率化に加えて低コスト化技術の開発も盛んに行われている.現在のGaAs基板上に作製したInAs量子ドット太陽電池において,エピタキシャル・リフトオフ(ELO)法を利用してセル部を基板から分離し,また基板を再利用する方法が低コスト化に向けて有望視されている.ELO法による軽量の薄膜太陽電池では,裏面の反射ミラーや種々の光閉じ込め構造が効果的に利用できるため,入射フォトンの光路長を実効的に増大させて光吸収効率を高めることも検討されている.

著者プロフィール

岡田 至崇

(おかだ よしたか)

京都府生まれ.東京大学先端科学技術研究センター新エネルギー分野教授.東京大学大学院で工学博士を取得後,筑波大学助手,講師,准教授を経て、2008年から東京大学准教授,2011年から同教授.専門は,半導体電子工学,量子ナノ構造とエピタキシ-,次世代太陽電池技術など.

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