ショックレイ–クワイサー論文から考える太陽電池の動作 今でも色褪せないショックレイ–クワイサー論文 山田 明 東京工業大学 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

はじめに

Cu(In,Ga)Se2薄膜太陽電池に関する研究を行なっています.このコラムを拝見しますと最近の太陽光発電がおかれている環境,各種太陽電池の動向については既に優れた記事が投稿されています.そのため,ここでは応用物理学会の若手の方の太陽電池への理解と興味の喚起になればと考え,太陽電池動作についてShockley–Queisser(S-Q)の論文を基に熱損失にも着目しながら,電子デバイス的説明とは異なる観点で説明したいと思います [1].

擬フェルミ準位差と外部バイアス

太陽電池は図1に示すように,太陽からの光エネルギーにより電子・正孔対を生成し,電子をn型半導体から電極へ,正孔をp型半導体から電極へと取り出し,最終的に外部負荷において電子・正孔対が消滅することにより光エネルギーを電気エネルギーへと変換しています.このため,必ず電子と正孔の対としてエネルギーを吸収・放出しています.この電子・正孔対が持っているエネルギーは,非熱平衡下において電子濃度と正孔濃度が確定できる場合には,電子と正孔の電気化学ポテンシャルの差,半導体の用語では擬フェルミ準位の差(\(E_{\text{fn}}-E_{\text{fp}}\): \(E_{\text{fn}}\), \(E_{\text{fp}}\)はそれぞれ電子と正孔の擬フェルミ準位)になります [2].

次に半導体と金属電極との接触について考えます.半導体・金属電極の接触は,半導体から金属電極にキャリアが100%透過するときが理想状態です.このときn型半導体側では金属の仕事関数と\(E_{\text{fn}}\)が,p型半導体側では金属の仕事関数と\(E_{\text{fp}}\)が一致します.金属電極間の電位差は外部バイアス(\(V\))ですので\(qV=E_{\text{fn}}-E_{\text{fp}}\),すなわち外部バイアスと擬フェルミ準位の差は一致します.最近太陽電池の分野では,このような理想的コンタクトのことを電子(正孔)選択性コンタクトと呼んでいます [3].


図1: 太陽電池の概念図.

擬フェルミ準位差および仕事と輻射

外部バイアス\(V\)が印加された状態で\(I/q\)個の電子・正孔対が負荷に流れると(\(I\)は電流,\(q\)は素電荷),\(I/q\times qV=IV\)の仕事が取り出されます.このため,外部バイアスをどこまで印加できるか,すなわち光照射時の太陽電池内部の擬フェルミ準位の差をどの程度大きくできるかが太陽電池にとって重要になります.S-Q論文では,たとえ欠陥などを介した非輻射再結合が無いとしても,半導体自身の輻射による電子・正孔対の消滅があり,光照射による電子・正孔対の生成と輻射再結合とのバランスにより定常時の電子・正孔濃度,擬フェルミ準位の差が決まると考えます.輻射再結合による輻射率は,Würfelのフォトンの化学ポテンシャルの式をボルツマン近似で求めても良いし [2],簡単に電子・正孔対からフォトンが生じると考えて\(e+h\rightarrow\gamma\)より\([\gamma]=k[e][h]\),すなわちフォトン密度は電子・正孔濃度の積,擬フェルミ準位差の指数に比例すると考えても求められます.このときの比例係数\(k\)は,熱平衡時(\(V=0\))に太陽電池の輻射が環境からの輻射(\(J_{\text{env}}\))と平衡にあるとして決められ,最終的には\([\gamma]=J_{\text{env}}\times\exp\left(\frac{qV}{kT}\right)\)が得られます.このように考えると半導体の講義で示されるpn積一定は,半導体が熱平衡を保つために必要な,環境と半導体との輻射の平衡条件と考えることもできます.

太陽電池の電流–電圧の式と開放電圧

以上の結果を踏まえると,入射フォトン数と太陽電池の輻射フォトン数および電流として取り出される電子数とのバランス(詳細平衡)より,太陽電池の電流–電圧の式が求められます.すなわち\(J_{\text{ph}}+J_{\text{env}}=J_{\text{env}}\exp\left(\frac{qV}{kT}\right)+\frac{-I}{q}\)により,\(I=qJ_{\text{env}}\left\{\exp{\left(\frac{qV}{kT}\right)}-1\right\}-qJ_{\text{ph}}\)が得られます.ここで\(J_{\text{ph}}\)は太陽からの輻射率を示しています.この式を見るとダイオードの式の“−1”は,環境と太陽電池との平衡を表していることが分かります.\(J_{\text{env}}\)は,熱平衡からのキャリアの増分が輻射再結合により消滅する割合です.そこで輻射再結合ではなく非輻射再結合がキャリアの主な消滅過程と考え,pn接合において注入された少数キャリアが再結合寿命\(\tau\)で消滅すると仮定してこの割合を求めると\(\left(\frac{D_{\text{n}}}{L_{\text{n}}}n_{\text{p}0}+\frac{D_{\text{p}}}{L_{\text{p}}}p_{\text{n}0}\right)\)が得られ,通常のダイオードの式の指数の係数が得られます.このようにダイオードの式の指数の係数は,太陽電池の性能を示す重要なパラメータです.キルヒホッフの法則により吸収率と放射率は等しいため,太陽電池の絶対発光量子効率を測定して\(qJ_{\text{env}}\)を評価することは,太陽電池の評価手法として有効な手段となります.

太陽電池の開放電圧\(V_{\text{oc}}\)は,\(I=0\)を代入して,\(V_{\text{oc}}=\frac{kT}{q}\ln\left(\frac{J_{\text{ph}}}{J_{\text{env}}}+1\right)\)と求めることができます.S-Q論文で面白いのは黒体輻射を仮定しているため,\(J_{\text{ph}}\)および\(J_{\text{env}}\)がプランクの式で与えられ,積分形においてフェルミ分布をボルツマン分布で近似することにより計算が可能となり,
\[V_{\text{oc}}=\left(1-\frac{T_0}{T_{\text{s}}}\right)\frac{E_{\text{g}}}{q}+\frac{kT_0}{q}\ln{\left(\frac{T_{\text{s}}}{T_0}\right)}-\frac{kT_0}{q}\ln{\left(\frac{\varepsilon_{\text{o}}}{\varepsilon_{\text{i}}}\right)}\]
と\(V_{\text{oc}}\)が解析的に求められる点です [4].ここで\(T_0=300\,\text{K}\)(環境の温度), \(T_{\text{s}}=6000\,\text{K}\)(太陽の温度)であり,\(\varepsilon_{\text{i}}\),\( \varepsilon_{\text{o}}\)はエタンデュと呼ばれる入射と放射の立体角に対応した量です.この式に数値を入れて\(V_{\text{oc}}\)を求めると,
\[V_{\text{oc}}\approx0.95\times\frac{E_{\text{g}}\ \text{(eV)}}{q}-0.198\ \text{(V)}\]
が得られます.\(V_{\text{oc}}\)を0.198 Vも下げている主要因は第3項です.したがって,太陽からの入射光と太陽電池の輻射光との立体角差が\(V_{\text{oc}}\)を大きく低下させていることが分かります.太陽電池内部の再結合成分を減らすことも重要ですが,ミラーやレンズを用いて光学的不整合を減少させることも太陽電池の高効率化には有効です.また輻射再結合と同時に非輻射再結合があった場合,ダイオード因子\(n\)が1の場合には,\(-\frac{kT_0}{q}\times\ln\left(\frac{\text{輻射項}+\text{非輻射項}}{\text{輻射項}}\right)\)の形の損失項として非輻射再結合は\(V_{\text{oc}}\)を下げます.

太陽電池と熱

上記の開放電圧の式を見るとカルノー効率\(\left(1-\frac{T_0}{T_{\text{s}}}\right)\)が第1項にかかっており,\(V_{\text{oc}}\)の理解には太陽電池内部の熱損失が重要なことが分かります.S-Qの論文はエネルギーの流れを追っていますが,これと同時にエントロピーの流れを追うと,太陽電池内部での熱損失が見えてきます.図2にその様子を示しました.プランクの式の積分をボルツマン近似により求めると,太陽光のエネルギーにより励起された電子は平均的に\(E_{\text{g}}+kT_{\text{s}}\)のエネルギーを持つことが示されます.同様に太陽電池の輻射の平均エネルギーは\(E_{\text{g}}+kT_0\)です.このため, \(kT_{\text{s}}-kT_0\)のエネルギーが熱緩和として環境に捨てられます.\(V_{\text{oc}}\)の式の第1項と第2項は,太陽の黒体輻射から運ばれるエントロピーを環境に捨てる項および\(kT_{\text{s}}-kT_0\)の熱緩和の項から構成されています.この現象から,励起キャリアが熱緩和する前に取り出すホットキャリア太陽電池のアイディアが生まれます.


図2: 太陽電池の熱損失.

励起電子が熱緩和後に平均的に\(E_{\text{g}}+kT_0\)のエネルギーを持つとして,外部に取り出すことができる電気エネルギー\(qV=E_{\text{fn}}-E_{\text{fp}}\)ならびに輻射として放出される光エネルギーとの関係はどうなっているでしょう.この様子は図3にまとめました.S-Qの詳細平衡の仮定では,入射光のエネルギーは電力エネルギーと太陽電池の輻射エネルギーに分配されます.このとき電力として取り出される電子・正孔対は\(qV\)のエネルギーを運びます.このとき\(E_{\text{g}}+kT_0\)と\(qV\)との差は熱となることが計算により示されます.また輻射過程の電子・正孔対では,熱緩和後の平均エネルギーと輻射の平均エネルギーとは等しく,新たな熱発生はありません.このとき発光強度は,バイアス電圧の指数に比例します.このためバイアス電圧が低い領域では,輻射過程に回る電子・正孔対は極端に少なく,電子・正孔対のエネルギーはほぼ電力に変換されます.そして\(V_{\text{oc}}\)近くにおいて急激に電力から輻射への転換が起こり,\(V_{\text{oc}}\)において\(E_{\text{g}}+kT_0\)のエネルギーは全て輻射エネルギーになり,電力は0となります(\(V=V_{\text{oc}}\),\(I=0\)).この様子を図4にまとめました.


図3: 熱緩和後の電気エネルギーと輻射エネルギー.

図4: バイアス電圧と太陽電池から取り出せる電力.

バイアス電圧が低い領域では輻射過程に振り分けられる電子は少なく,電子・正孔は電極から電流として取り出され外部負荷にて\(IV\)の仕事をします.このとき電子・正孔対当たり\(E_{\text{g}}+kT_0\)から\(qV\)を引いたエネルギーは熱になります.また,この電圧領域では取り出される電力はバイアス電圧に比例して増加します.バイアス電圧を増加させて行くと擬フェルミ準位の差は増大,輻射過程の電子数が指数関数的に増加して輻射強度が強くなるとともに電力として取り出させる電子・正孔対が急減します.最終的に電子・正孔対は\(V_{\text{oc}}\)において全て輻射に転換されます.

まとめ

筆者の理解に基づいてS-Q論文のエッセンスをまとめました.理解不足の点があるかも知れません.その際はご指摘いただければ幸いです.また,Cu(In,Ga)(SSe)2薄膜太陽電池の最近の研究動向はレビュー論文にまとめてあります [5,6].興味がございましたらご一読ください.一点,S-Q論文に不満な点があるとすると詳細平衡の部分です.この仮定に基づいて電流–電圧などの関係を求めて行くと,擬フェルミ準位の差がバイアス電圧に依存してしまいます.実際にデバイス・シミュレーションを行ないますと,太陽電池動作時の光吸収層内部における擬フェルミ準位の差はバイアス電圧にほとんど依存しません.この不一致はコンタクトを理想的に扱っているためであり,実際にはOnnoらが示すような取扱いが必要と考えられます [3].S-Q論文は1961年に発表された論文ですが,現在でもこれを基にして外部発光量子効率測定などの新しい測定手法,論文などが発表されています.(この拙稿もその一つですが.)このコラムが,若い研究者の参考となれば著者の望外の喜びです.

著者プロフィール

山田 明

(やまだ あきら)

山梨県生まれ.東京工業大学工学院電気電子系教授.東京工業大学大学院にて工学博士を取得後,東京工業大学助手,講師,助教授を経て,2008年から同教授.専門は,半導体物性,半導体結晶成長,化合物薄膜太陽電池技術など.