ペロブスカイト太陽電池の研究と期待 新型太陽電池が日本のGXに貢献する 五反田 武志 東芝エネルギーシステムズ株式会社/株式会社東芝 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

まえがき

ペロブスカイト太陽電池は,日本で発明された太陽電池である [1].ペロブスカイトは結晶構造の1つであり,ABX3で表される.太陽電池の場合,多くはAサイトが1価のカチオン,BサイトはPb2+やSn2+などの2価のカチオン,Xサイトは1価のハロゲンアニオンなどで構成される.主な原料にはAX,BX2の2種類の化合物が用いられる.AXはヨウ化メチルアンモニウム,BX2はヨウ化鉛が代表的である.原料の溶液を塗布後,加熱して結晶化させることで太陽電池特性を示すことから,安価な太陽電池としても期待されている.ペロブスカイト構造をとる材料の組み合わせは,理論的には600種類以上あるという [2].組み合わせや組成比を調整することで自由にバンドギャップを調整できることから,幅広い用途でも利用が期待できる.

ペロブスカイト太陽電池とデバイス構造

ペロブスカイト太陽電池は2009年に初めて報告され,2012年にエネルギー変換効率(Power Conversion Efficiency: PCE)が10%を超えた頃から,世界中の研究者から注目を集めるようになった.当時は技術的に近い色素増感太陽電池(Dye Sensitized Solar Cell: DSC)と有機薄膜太陽電池(Organic Photovoltaics: OPV)の研究者が,ペロブスカイト太陽電池の研究を始めることが多かった.その名残は,図1に示したペロブスカイト太陽電池のデバイス構造にも表れている [3].ペロブスカイト太陽電池はDSCから派生したことから,DSCのように緻密酸化チタン上にメソポーラス酸化チタンを成膜後,ペロブスカイトを積層した構造をメソポーラス構造と分類される.このとき酸化チタンは電子輸送層として機能する.後に多孔質酸化チタンが無くても高いPCEを示すことが分かり,電子輸送層だけとなった構造が順構造(またはPlaner構造)と呼ばれている.OPVのように,低温成膜できる正孔輸送材料上にペロブスカイトを積層しても光電変換できることも明らかになり,これが逆構造(俗にOPV型)と呼ばれる [4]. DSCは1991年にGrätzelが発明し,OPVは1986年にTangが発見した太陽電池であり,国内外で脈々と研究が続いている [5,6]. ペロブスカイト太陽電池が,シリコン太陽電池に迫る勢いで短期間の内にPCEを向上できた背景には,これらの豊富な研究の積み重ねも貢献していると考えられる.

図1: ペロブスカイト太陽電池の主要なデバイス構造.

普及に向けた試み

研究成果を社会実装するためには,大きなサイズでペロブスカイト太陽電池を作製できる必要がある.弊社はOPVの研究実績を活用して,2016年には,図2(a)に示したような発電エリアが1 cm2のペロブスカイト太陽電池を発表することができた [7,8]. 当時,この大きさのペロブスカイト太陽電池を作製できた研究グループは世界的にも限られていた.また,低温成膜が得意な逆構造を生かして,翌年には図2(b)に示したようなフレキシブルなペロブスカイト太陽電池(発電エリア1 cm2)を報告した [9]. その後もフレキシブル太陽電池の研究は継続されており,大型のフィルム基板でPCE 15.1%が達成されている [10].研究成果の一部は,2020年の特許庁の調査報告書において,国内の代表特許技術の一つとして紹介されている [11,12].

図2: ペロブスカイト太陽電池の歩みの例.(a) 発電エリアが1 cm2のペロブスカイト太陽電池.当時の変換効率14% [7,8].(b) フレキシブルペロブスカイト太陽電池.当時のPCEは13.8% [9].(c) シースルー型のペロブスカイト太陽電池.当時のPCEは15.6%(裏面7.3%) [13].(d) ペロブスカイト/シリコンタンデム太陽電池の構造 [14].(e) 実際のペロブスカイト層を使用した100 mm角のペロブスカイト/シリコンタンデム太陽電池のモックアップ.各PCEは疑似太陽光AM1.5,1000 W/m2を照射して測定した.

近年はペロブスカイト材料でタンデム太陽電池を目指す研究も注目されている.ペロブスカイト材料はバンドギャップを調整できるため,例えばシリコン太陽電池よりもワイドバンドギャップに調整すれば,一つのデバイスで,ペロブスカイトが短波長光,シリコンが長波長光を利用する太陽電池を実現できる.シングルセルでは成しえない高いPCEを目指すことができる.シリコンで長波長光を吸収するためには,ペロブスカイト太陽電池に光透過性を持たせる必要があるため,2019年に図1(c)に示すようなシースルー型のペロブスカイト太陽電池を開発した [13]. 2021年には,図2(d)に示したように実際にシリコン太陽電池にペロブスカイト層を重ね合わせたデバイスを作製し,PCE 22%が得られた [14].この時のシリコン太陽電池単体のPCEが17.3%なので,少なくとも4.7ポイントもPCEを上乗せすることができた.将来はPCE 30%を期待できることがシミュレーションから分かっており,図2(e)に示したような実製品と同等のセル化についても検討を進めている.

将来展望

日本のエネルギーに関する中長期的な基本方針は,エネルギー基本計画として3~4年ごとにまとめられている.2018年に定められた第5次エネルギー基本計画では,2030年までの再生可能エネルギーの導入目標は22~24%である.これをさらに推し進めるため,2021年度7月に経済産業省が示した素案では,2030年までの導入目標を36%~38%に引き上げることが記載されている [15]. 従来の太陽光発電所をペロブスカイト/シリコンタンデム太陽電池のような高効率太陽電池に置き換えることは,高い導入目標を達成し,社会生活を支えるために大切な試みである.また,軽量フレキシブルな太陽電池は,これまで太陽電池を設置できなかった場所にも設置できるようになる.近年の自然災害の激化もあり,電力網のレジリエンス性(強靭性)を高めるため,多様な場所に設定できる分散電源としての役割が期待できる.さらに,PCE 30%以上の太陽電池が実現すれば,社会インフラ以外にも,自動車や航空機の電動化が発展する上で,ペロブスカイト太陽電池は重要な役割を担うと考えている.

参考文献など

著者プロフィール

五反田 武志

(ごたんだ たけし)

東芝エネルギーシステムズ株式会社参事,株式会社東芝研究開発センター室長附. 東芝に入社以来,GXに関わる研究開発と社会実装に従事.2014年に東芝でペロブスカイト太陽電池の研究テーマを立ち上げ,最近ではペロブスカイト/シリコンタンデム太陽電池の開発に注力している.主な受賞:関東地方発明表彰.博士(工学).

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