III–V族化合物半導体太陽電池の現状と低コスト化による将来展望 超高効率太陽電池でゼロエミッション社会に貢献 菅谷 武芳,庄司 靖,大島 隆治,牧田 紀久夫 産業技術総合研究所 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

現在,世界で最も高性能な太陽電池はIII–V族化合物半導体太陽電池です.GaAs太陽電池の変換効率は最高で29.1%であり [1],単接合太陽電池としては最も高い変換効率です.さらなる変換効率の向上には,太陽電池の多接合化が必要となります.多接合太陽電池は,種類の異なる半導体をバンドギャップの大きい順に直列に接続することで太陽光スペクトルを広範囲に利用し,高い変換効率を得る太陽電池です.図1は,InGaP/GaAs/Geを材料とした3接合太陽電池の模式図です.InGaP(1.89 eV)のトップセルが短波長域を吸収し,GaAs(1.42 eV)ミドルセルは中波長,Ge(0.67 eV)ボトムセルが長波長域を吸収することで高効率を実現します.3接合の世界最高記録はシャープが開発したInGaP/GaAs/InGaAs太陽電池であり,変換効率は37.9%を記録しています [1].理論的には,接合数を増やすことでさらなる変換効率の向上が可能で,近年では III–V族の6接合セルにおいて,39.2 % が達成されています [1].

図1: InGaP/GaAs/Ge 3接合太陽電池.

現在,実用化されている多接合太陽電池は図1の構造のものが大半で,宇宙用や集光施設用として変換効率30%を超えるものが使われています.宇宙用としては,例えば「はやぶさ」や人工衛星などに搭載されています.これらは,高性能というだけではなく,軽量でフレキシブルという特徴も持っています.しかし,高性能・高機能である代わりに製造コストが大変高いという問題があり,仮に住宅用として使った場合,おそらくその住宅よりも高くなってしまいます.

宇宙用の高性能・高機能の太陽電池を,地上でも使えるよう低コストで製造する技術開発が,現在世界中で行われています.III–V族化合物半導体太陽電池の製造コストの中で,特にInGaPやGaAsを結晶成長させて太陽電池構造にする結晶成長コストと,結晶成長の基になるGaAs基板コストの割合が大きく,これらの削減が最も効果的です.日本においては,新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトで産学官が連携した研究開発体制が構築され,競争力の高いIII–V族化合物太陽電池の実現を目指す試みが行われています.その取り組みの中で,本稿では,産業技術総合研究所が大陽日酸(株)と共同で進めているハイドライド気相成長(Hydride Vapor Phase Epitaxy: HVPE)法を用いた低コスト・超高速成長技術の取り組みを紹介します.

結晶成長コストは原料コストや装置のスループット性能(高速成膜性)に依存します.表1は,代表的な結晶成長法を比較した表です.現在,様々なデバイスの実用技術として用いられる有機金属気相成長(Metalorganic Vapor Phase Epitaxy: MOVPE)法は,III族原料に用いる有機金属原料が高価なことが課題です.成長速度は一般的には数μm/h ですが,近年では太陽電池応用を見据えて100 μm/hを超える高速成長が実現されるなど,スループット向上の研究が進んでいます [2].分子線エピタキシ(Molecular Beam Epitaxy: MBE)法は原料が安価ですが高速成長が困難です.その点,HVPE 法はIII族原料に安価な金属塩化物を用いることができ,高速成長が可能です.加えて低V/III比での結晶成長が可能であり,MOVPE 法と比較してV族原料の消費量を抑えることができます.我々はこれまで,GaAs,InGaPでともに成長速度140 μm/h以上を達成しており,特にInGaPについては通常のMOVPEの20倍以上の高速成長が可能となっています [3].また変換効率についても,GaAs太陽電池において24%以上を達成しており,良好なデバイスを作成することに成功しています.

表1: 一般的なGaA成長における各結晶成長法の特徴.

MBEMOCVDHVPE
III族原料金属有機金属金属(塩化物)
V族原料金属水素化物水素化物
成長速度1 μm/h1~10 μm/h100 μm/h
V/III比10~10010~1002~5
プロセス圧力~10−8 Pa~10−4 Pa大気圧

一方HVPEの問題点は,GaやInと同様の反応プロセスを経て生成されるAlの一塩化物(AlCl)が石英管を激しく還元するため,装置の損傷等によりAl系材料の成膜が困難な点です.Al系材料は,太陽電池の高性能化や薄膜化,また高価なGaAs基板の低コスト化(基板再利用技術)には必要不可欠です.近年,AlとHClガスを500℃程度の低温で反応させることで,石英と反応しにくいAlCl3の利用により,HVPEにおいてもAl系材料が成長可能なことが分かってきました [4].それにより,HVPEを用いて高品質なAlInGaPやAlAsを成長することに世界で初めて成功しました.図2は,InGaP/GaAs 2接合太陽電池において,InGaPトップセルのAlInGaPパッシベーション層の有無による特性の変化を示したものです.AlInGaP層の導入により,太陽電池表面におけるキャリアの再結合抑制効果により,変換効率が26.9%まで向上しています [5].また,最近では28.3%にまで向上させることに成功しています.これらの値は,HVPEで成長した太陽電池では世界最高の変換効率で,MOVPEで成長したものとほぼ遜色ない性能が得られつつあります.図3に,AlAs成膜によって基板と太陽電池層を分離した例を示します.成長後にAlAsをフッ酸系のエッチャントで除去する技術により,分離したGaAs基板は再利用可能となります.分離したGaAs太陽電池は分離の前後で特性に変化が無いことも確認しています [6].これらの技術も,HVPEを用いた成長層に適用したのは世界初となります.以上のように,HVPEにとって大きな問題点であったAl系材料の成長成功により,III–V族多接合太陽電池の低コスト化に向けて大きな進展があったと言えます.

図2: InGaP/GaAs 2接合太陽電池のJV 特性.

図3: HVPEで成長したGaAs層の剥離.

今後は上記NEDOプロジェクトにより量産型HVPE装置の開発に取り組む予定で,同時に開発される量産型基板再生装置と合わせてIII–V族多接合太陽電池の低コスト化を目指します.低コスト化の実現により,市場規模の大幅な拡大が予想できます.宇宙用太陽電池をまずは成層圏の無人飛行機用,さらに地上用途として自動車への搭載を目指し,開発を進めます.電気自動車やプラグインハイブリッド自動車に1 kWの太陽電池が搭載できれば,日本のユーザーの70%以上が充電レスで走行可能という試算もあり,自動車のゼロエミッション化への期待が大きく膨らんでいます.

謝辞

以上の成果は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP20015)の結果得られたものです.また,HVPE装置開発は大陽日酸(株)生方映徳氏,小関修一氏との共同により進められたものであり,ここに感謝します.

著者プロフィール

菅谷 武芳

(すがや たけよし)

1994年筑波大学大学院博士課程工学研究科修了.博士(工学).電子技術総合研究所研究員,米国アリゾナ州立大学客員研究員,国立研究開発法人産業技術総合研究所上級主任研究員を経て,2014年同研究所太陽光発電研究センター先進多接合デバイスチーム長.2020年同研究所ゼロエミッション国際共同研究センター多接合太陽電池研究チーム長,現在に至る.

庄司 靖

(しょうじ やすし)

2013年筑波大学大学院博士後期課程数理物質科学研究科修了.博士(工学).独立行政法人日本学術振興会特別研究員(DC1),東京大学特任研究員,同大特任助教を経て,2018 年より国立研究開発法人産業技術総合研究所に入所. 現在はゼロエミッション国際共同研究センターの研究員として多接合太陽電池の研究開発に従事.

大島 隆治

(おおしま りゅうじ)

2007年筑波大学大学院博士課程数理物質科学研究科修了.博士(工学).2011年に国立研究開発法人産業技術総合研究所に入所.2014年米国再生可能エネルギー研究所客員研究員.現在は,同研究所ゼロエミッション国際共同研究センター主任研究員として,多接合太陽電池の研究に従事.

牧田 紀久夫

(まきた きくお)

1981年東北大学工学研究科修士課程修了.1981年より日本電気(株)中央研究所勤務,光通信用受光素子の開発に従事.1998年工学博士(東北大学).2005年~2010年立命館大学客員教授.2010年より国立研究開発法人産業技術総合研究所勤務,2020年より現職,多接合太陽電池の開発に従事.

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