主力電源としての太陽光発電技術 カーボンニュートラル社会の実現に向けてどのような太陽電池が必要となるか? 総論 小長井 誠 東京都市大学総合研究所 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理
太陽光発電は,一番安い電源になる
深刻な地球環境問題は,CO2を主とする地球温暖化ガスの排出によって生じている.地球温暖化ガスの排出量削減こそが美しい地球を取り戻すための唯一の方法である.地球温暖化ガスはエネルギー転換(電力)部門,産業部門,運輸部門,家庭部門などから排出されている.現在,国内温暖化ガスの全排出量に占める電力部門の割合は約40%となっており,電力を温暖化ガスの排出量が極めて少ない再生可能エネルギーで賄うことが重要課題となっている.2021年7月に経済産業省が公表したエネルギー基本計画原案によれば,電力供給における2030年度の再生可能エネルギーの比率を36~38%まで増加させることを提案している.再生可能エネルギーの内訳は,太陽光発電15%,風力が6%,水力が10%となっている.
電源構成に占める太陽光発電の割合を15%まで増加させるには,どのくらいの量の太陽光発電システムを設置すればよいのか? 2020年,わが国の太陽光発電システムの積算導入量は6,000万kW程度である [1].6,000万kWのシステムが年間発電する電力量は600億kWhで日本の電力需要の約6%に相当する.したがって,太陽光発電の割合を15%まで増加させるには,太陽光発電の積算導入量を1.5億kWまで増加させる必要がある.
次に,太陽光発電によるCO2削減効果を試算してみる.Si太陽電池のCO2削減効果は,およそ500 g・CO2/kWhとなっている.1.5億kWのシステムが年間発電する電力量は1,500億kWh.これにCO2削減量500 g・CO2/kWhを掛算すると年間0.75億トンの削減効果となる.わが国のCO2排出量は約10億トン/年なので,およそ7.5%程度の削減量となる.今後,CO2削減量をいっそう増やしていくには,太陽光発電システムの導入量を2億kW,3億kWと増やしていく必要がある.
一頃,太陽光発電による発電コストは非常に高いと言われていたが,技術開発が進み,現在は,太陽光発電による発電コストは,事業用で12円/kWh程度,住宅用で17円/kWh程度と言われている.2030年には,事業用で8~11円/kWh程度,住宅用で9~14円/kWh程度と原子力(11円台後半以上)よりも安くなると試算されている.2030年には,太陽光発電が一番安い電源,すなわち「主力電源」になる.
現在,一番安い太陽電池はSi太陽電池
筆者が太陽電池の研究を始めた頃,Si太陽電池は極めて高価なものであった.住宅の屋根に3 kWの太陽光発電を付けようとすれば,1,000万円以上の費用が掛かった.いまでは,国内の住宅用太陽光発電システムの販売価格をインターネットで調べてみると,太陽電池やインバータ,設置工事費などすべて含めた3 kWシステムで60万円~90万円の価格となっている.現在,Si太陽電池の世界の生産量は1億kWを超しており,技術開発が進んだことにより,非常に安くなっている.変換効率も大型のモジュールで18~20%と向上し,寿命も30年程度まで伸びている.
また1 MWから1,000 MWくらいまでのメガソーラ発電所や,図1に示す1,000 MW(1 GW)以上のギガソーラ発電所 [2],住宅用,ビル用太陽光発電システムには,Si太陽電池が広く使われている.発電コストも驚くほど安くなっている.世界を見渡してみれば,日本よりも日照条件が2倍程度よい地域では,発電コストが2円/kWhまで低下している.

中国青海省にて筆者が撮影.
2030年,2050年を見据えてSi太陽電池の問題はどこにあるのか?
電力用に実用化されている太陽電池には,Si太陽電池のほか,Si薄膜太陽電池,Cu(InGa)Se2薄膜太陽電池,CdTe太陽電池などがある.Si太陽電池の市場占有率は95%以上である.このように非常に安くなり,1年間に1億kW以上も生産されるようになったSi太陽電池のどこに問題があるのであろうか? それは,大面積モジュールのエネルギー変換効率が20%程度と低いことにある.2050年には,世界の積算導入量は5 TWとも10 TWとも言われている(1 TW=1,000 GW,あるいは10億kW).TWレベルの太陽電池を導入する際,一番の問題は設置に必要な面積である.これは,わが国で太陽光発電システムを1.5億kW以上導入する場合も同様である.1億kW以上の太陽電池を設置する場合,いつも疑問視されるのは,設置するのに必要な場所はあるのか?という点である.現在,わが国で設置されている太陽光発電システムは6,000万kWであるが,もし,太陽電池の変換効率が2倍になれば,現在のシステムを置き換えるだけで1.2億kWの出力になる.これからは,エネルギー変換効率の飛躍的な向上が最重要課題である.
Si太陽電池の変換効率を飛躍的に向上させるタンデム構造
Si太陽電池のエネルギー変換効率の理論限界が28%くらいと低くなっているのは,太陽光のスペクトルが短波長から長波長まで広範囲に分布していることによる.この課題を一気に解決し,変換効率を30%から40%まで向上させようとするのがタンデム太陽電池である [1].タンデム太陽電池では,太陽光スペクトルを短波長領域と長波長領域に分けて,それぞれの光を異なる材料の太陽電池でエネルギー変換する.例えば,短波長領域の光は,現在,開発が急ピッチで進められているペロブスカイト太陽電池でエネルギー変換し,長波長領域の光はSi太陽電池でエネルギー変換する.このような構造にすると,Si太陽電池では実現し得なかった高効率な太陽電池を安価に製造できる可能性がある.まだ研究開発段階ではあるが,ペロブスカイトとSiを組み合わせたタンデム太陽電池で30%近い変換効率が実証されている.
新しい用途開発と太陽電池開発
これまでの太陽光発電システムは,発電所用,建物・住宅の屋根用などが中心であったが,2050年に向けて国内で3億kWの太陽光発電システムを導入するには,新しい用途開発が必要である [3, 4].すでに初期的な取り組みが行われているものもあるが,今後,ビルの壁や工場の屋根,建物の窓(シースルー型),営農型(ソーラーシェアリング),洋上発電,車載,飛行体,成層圏通信などへの応用が期待されている.これらの新しい用途には,その目的に応じた新型太陽電池開発が必要であり,安価で高効率のほか,軽量,フレキシブル,意匠性などの新たな開発課題が加わる.
すでに新用途に適した新型太陽電池の開発が活発に進められている.これまでは,軽量,フレキシブルというとSi薄膜がその代表例であり,すでに実用化されているが(図2),現状ではまだまだ変換効率が十分ではないため,結晶系SiのほかペロブスカイトやCu(InGa)Se2を用いたフレキシブル太陽電池が開発されつつある.2030年になれば,これらの新型太陽電池をつかったZEH(Zero Energy House)やZEB(Zero Energy Building)がお目見えしよう.図3は,意匠性に優れたCu(InGa)Se2太陽電池のビルへの応用例である.

横浜市にて筆者が撮影.

東京都目黒区東京工業大学にて筆者が撮影.
自動車に太陽電池を載せて発電させる車載用太陽電池では,軽量,フレキシブルであることのほか,特に意匠性が重要である.すでに自動車メーカーは太陽電池を搭載した自動車の試作品を公開している.
さらにその先を行く太陽電池
さらにその先に位置づけられる太陽電池応用として,半導体レーザと太陽電池を組み合わせた光無線給電や,宇宙空間でのエネルギー変換なども考えられる.前者は,自動車や飛行体にレーザ光を照射し,太陽電池で受光して電気に変換するものである.後者は,衛星や火星を走行する探査車の電源としてばかりでなく,将来,月の赤道上に太陽電池を敷き詰めて発電し,マイクロ波で地球に送るという月太陽発電ルナリングなどの構想もある [5].これまでの常識とは,観点の異なる太陽電池開発が必要である.
参考文献など
著者プロフィール
© 1999-2023 The Japan Society of Applied Physics (JSAP).