第4回(2025年度)応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞(D & I 賞) 受賞者
ダイバーシティ&インクルージョン賞(D & I 賞)
選考委員会委員長 田中あや
応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン(D & I)賞は,応用物理分野で顕著な研究・開発の成果をあげた女性研究者・技術者(女性研究者研究業績賞,女性研究者研究奨励賞),および,応用物理分野におけるダイバーシティ&インクルージョンに大きく貢献する研究または活動を行なった研究者・技術者または組織・グループ(ダイバーシティ&インクルージョン貢献賞)の功績を讃え,応用物理学分野の一層の活性化を図ることを目的としています.第4回応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞については,機関誌『応用物理』6〜8月号および学会ウェブページ,機関誌同封チラシ,応物たよりに掲載された公募に対して2025年8月31日(日) を延長して9月10日(水) までに推薦のあった候補者について,選考委員会およびダイバーシティ&インクルージョン委員会で慎重な審議・選考を行った結果,藤野 智子氏(女性研究者研究業績賞),小川 友以氏,川上 恵里加氏,ならびに山口 まりな氏(女性研究者研究奨励賞)を受賞者と決定しました.ダイバーシティ&インクルージョン貢献賞は受賞者なしとなりました.
なお,授賞式は2026年春季学術講演会(ハイブリッド開催)の初日3月15日(日) に現地にて行われます.また,受賞者による受賞記念講演も原則として同学術講演会の会期中に行われますので,是非ご参集ください.
女性研究者研究業績賞
- 受賞者
- 藤野 智子 氏(横浜国立大学 大学院工学研究院 機能の創生部門)
- 業績
- 分子設計による高度電子機能の発現と次世代デバイス技術の開拓
藤野智子氏は,有機合成化学と物性物理学を融合させ,「分子レベルで凝縮系の量子状態を制御する」という独創的なコンセプトを提唱してきました.同氏の有機化学から固体物性化学への分野横断という経歴を背景に,分子設計から応用物理的な機能創出まで一貫して手掛けてきました.その研究の中核となっているのが,生体オリゴマー研究の「構成ユニットの配列」という概念を凝縮系物質に導入する独自のアプローチです.これにより分子の軌道エネルギーから結晶中でのパッキングに至るまでを配列デザインで精密に制御することで,物質の電子相関を操る新たな設計指針を提示しました.この指針に基づき,合成が極めて困難とされる拡張π共役系伝導体材料を次々と創出しました.オリゴマーの鎖長制御を通じて,室温で6桁にわたる伝導度制御,同系初の金属化,従来の常識を覆す交互積層型電荷移動錯体の高伝導化などを達成しました.さらに,独自のX字型分子設計により,分子形状が配向と電子構造の異方性を決定づける原理を実証し,大気中で安定かつ溶液プロセスが可能な両極性半導体薄膜の創製にも成功するなど,次世代有機エレクトロニクスの道を拓く重要な成果を挙げています.
以上のように,藤野氏は有機化学と応用物理学の間に新たな架け橋を築き,基礎学理探究を起点とする物質設計パラダイムを提示することで,応用物理学のフロンティアを開拓してきました.その一連の業績は,応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞女性研究者研究業績賞の受賞に相応しいものです.
女性研究者研究奨励賞
- 受賞者
- 小川 友以 氏(NTT株式会社 物性科学基礎研究所)
- 業績
- グラフェンCVD成長の機構解明と高品質化に基づく二次元材料科学への貢献
小川友以氏は,ナノカーボン・二次元材料分野において,グラフェンCVD成長の機構解明と高品質化に関する先駆的研究を推進してきました.大学院時代より,成長条件が配向や構造形成に及ぼす影響を丁寧に検証し,近年では,成長過程をリアルタイムに観察する顕微システムの開発と,成長モデルや機械学習的解析を組み合わせることにより,成長機構を体系的に理解し,構造を制御する新たなアプローチを確立しています.これらの一連の取り組みにより,二次元材料におけるCVD成長の学理と結晶品質の向上に貢献し,実用化を見据えた基盤技術の構築に重要な知見を提供しました.
また,研究の国際化が進む中,国内外の研究者との協働や滞在研究を通じて幅広い視野を培い,独自性の高い研究を継続して発展させています.応用物理学会の学会活動においても,講演会プログラム委員や機関誌編集委員,国際会議MNCの論文委員,シンポジウム世話人として,運営面で積極的にリーダーシップを発揮し,分野の発展に寄与してきました.さらに,企業研究者として基礎研究と産業応用の橋渡しを担い,社会的インパクトを見据えた研究推進を実践するとともに,研究とマネジメントを併せて担う姿勢は,次世代の女性研究者のロールモデルとしても極めて意義深いものです.
以上のように,同氏は研究,社会貢献,学会活動のいずれにおいても顕著な成果を挙げており,応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞女性研究者研究奨励賞を受賞するに相応しい女性研究者です.
女性研究者研究奨励賞
- 受賞者
- 川上 恵里加 氏(理化学研究所 開拓研究所・量子コンピュータ研究センター 理研白眉研究チームリーダー)
- 業績
- 浮揚電子を用いた量子情報処理基盤の研究
川上恵里加氏は,極低温で初めて基板として機能する液体ヘリウムや固体ネオン(極低温基板)上に浮揚する電子(浮揚電子)を対象に,量子物性の解明と量子ビット応用に関する研究を展開してきました.これらの電子系は真空中に隔離され,外界からの雑音の影響をほとんど受けない純粋な物理系であることから,極めて長時間にわたり量子性(コヒーレンス時間)を保持できる量子ビット候補として注目されています.川上氏は,液体ヘリウム上の電子の量子状態を電気的に高感度に検出する実験系を独自に提案し,理論と実験の両面から実証しました.さらに近年では,固体ネオン基板を用いた新しいプラットフォームを開拓し,超伝導共振器と組み合わせるなど先進的な方法で固体ネオン上の電子による量子ビット実証を実現しました.これにより,従来より長いコヒーレンス時間を持つ電荷の量子状態の測定に成功しました.長寿命の量子ビット動作を可能とすることで,浮揚電子を基盤とした新たな量子情報処理の道を切り拓いています.一連の研究成果は国際的にも高く評価され,多数の国際学会で招待講演を行っています.さらに,自らの留学経験を活かして国際的なネットワーク構築に積極的に取り組み,外国人研究者や学生の受け入れ,女性研究者の支援など,多様性推進活動にも尽力しています.加えて,学会・委員会活動やアウトリーチ活動を通じた社会貢献にも積極的に取り組んでいます.
以上のように,川上氏は浮揚電子を用いた独創的な量子情報科学の分野で国際的に先駆的な業績をあげており,応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞女性研究者研究奨励賞を受賞するに相応しい女性研究者です.
女性研究者研究奨励賞
- 受賞者
- 山口 まりな(キオクシア株式会社 先端技術研究所 コアテクノロジー研究開発部)
- 業績
- ビッグデータ時代に向けた2端子型抵抗変化メモリの包括的研究開発
山口まりな氏は,AI時代に不可欠なビッグデータに対応できる次世代の大容量・高速メモリとして2端子型抵抗変化メモリに注目し,その信頼性向上を目指した研究開発を推進してきました.具体的には,銀タングステン合金電極と低密度シリコン酸化膜母材を組み合わせた金属イオン移動型メモリにおいて,1マイクロアンペアを下回る低電流動作で10年を超える保持特性を実現するとともに,ハフニウム酸化膜を用いた強誘電トンネル接合メモリの信頼性解析において,界面層の絶縁破壊が書換寿命を決定することを明らかにしました.これらの成果は次世代のテラビット級メモリ技術を大きく前進させるものです.山口氏は企業の研究所から学会発表を通じて研究成果を広く発信することに精力的に取り組み,応用物理学会講演奨励賞やSSDM Young Researcher Awardを受賞するなど高い評価を受けています.
また,2021年から2024年まで世界的な半導体研究機関であるimecに駐在してメモリ大容量化に必須の要素デバイスである2端子セレクタの信頼性の研究開発を牽引し,その研究成果を半導体デバイスに関する世界最高峰の国際会議であるIEDMで筆頭著者として発表しました.このように,国際的な視点とネットワークを持つ研究者として活躍しています.現在は,キオクシア株式会社先端技術研究所で,次世代の研究者の育成にも尽力しています.応用物理学分野におけるキャリアイベントや教育活動にも積極的に参画しており,企業と学術界の架け橋として今後も中心的な役割を果たすことが期待されます.
以上のように,山口氏は応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞女性研究者研究奨励賞を受賞するに相応しい女性研究者です.
2025年度 応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞(D & I 賞)選考委員会
- 選考委員長
- 田中 あや(NTT)
- 委員
- モラル ダニエル(静岡大学),小寺 哲夫(東京科学大学),筑本 知子(大阪大学),沈 青(電気通信大学),橋本 信幸(日本女子大学),増田 淳(新潟大学)