特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 深紫外光とウイルス不活化への応用 青柳克信 立命館大学,黒瀬範子国立精神・神経医療研究センター
1. ウイルスを不活化する紫外光の働き
2019年末に中国武漢で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,瞬く間に世界中に広がり,半年間の死者は数十万人に達しました.感染を防ぐには新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を気管や肺などに取り込まないことが重要とされ,その対策として手洗いやアルコール消毒によるウイルスの不活化が推奨されています.
新型コロナウイルスを含むウイルスや細菌を不活化するもうひとつの手段が,紫外光(紫外線)の照射です.
細菌やウイルス内部のDNAまたはRNAは,波長が260nm付近の光を吸収する性質を持っています.そのため,その前後の波長の紫外光を照射すると,紫外光が持つエネルギーによってDNAやRNAが損傷を受け,菌やウイルスは増殖する能力を失い死んでしまいます.より正確には,DNAやRNAを構成する塩基が紫外光のエネルギーで分断され,隣同士で結合して二量体(2個の分子がくっついた状態)を形成することが不活化の主な理由とされています.

なお,ウイルスは無生物に分類されますので,実際は死ぬという表現は正確ではありませんが,理解しやすいため便宜上そのように説明します.
さまざまな研究機関がさまざまな細菌やウイルスを対象に紫外光の効果について実験を行っています(表1).文献により開きがありますが,インフルエンザウイルスの90%を死なせるために必要なエネルギーは,1平方cmあたり3.6mJ(ミリジュール)と報告されています1).また,以前から知られているコロナウイルスは,インフルエンザウイルスの数分の一のエネルギーで不活化するという報告もあるようです.
では,SARS-CoV-2に対して紫外光は効果がはあるのでしょうか.まさに今,世界の研究機関で実験が行われているところですが,SARS-CoV-2に対しても効果は十分にあるという認識が広まりつつあります.
ちなみに,細胞膜に相当するエンベロープという脂質を持たないノロウイルスなどにはアルコールは効果がありません.一方で紫外光は,ウイルス内部のDNAやRNAに直接作用するため,すべてのウイルスに効果があります.また,薬剤とは違ってウイルスが耐性を持つこともありません.
2. 光の波長と紫外光の分類
光は波の性質を持ち,波長の短いほうから,紫外光(波長100nm前後〜400nm),可視光(380nm〜780nm),赤外光(780nm〜)に大きく分けられます(図1).なお,nm(ナノメートル)とは10億分の1mを表す単位です.さらに紫外光は,100〜280nmが「UV-C」,280〜315nmが「UV-B」,315〜400nmが「UV-A」として分類されています.これらは国際照明委員会(Commission Internationale de l’Eclairage:CIE)によって定義されています.

また,CIEの分類ではありませんが,200〜300nm前後の範囲を「深紫外光」あるいはDeep Ultra-Violetの頭文字を取って「DUV」と慣習的に呼ぶこともあります.本稿では深紫外光として説明しますが,多くの場合UV-Cと読み替えても問題ありません.
深紫外光は,光硬化性材料の処理,有機物質を合成する光化学合成,材料開発,アレルギー治療,殺菌や消臭,難分解性物質の処理,洗浄や改質(ドライプロセス)のほか,半導体製造,バイオセンシング,高密度光記録などさまざまな応用が可能であり,近年注目を集めています.
深紫外光を利用するには光源が必要です.従来はガラス管に封止した水銀蒸気に電圧を与えて発光させる低圧水銀ランプが用いられていました.253.7nmという扱いやすい波長の光を発する性質があり,殺菌効果があることから,殺菌ランプや殺菌灯とも呼ばれています.
ただし,毒性を持つ水銀の流通や使用を減らす目的で,水銀を使用した製品の製造や輸出入を規制する水俣条約2)が2013年に日本を含む各国で締結されました.殺菌用の低圧ランプは規制の対象外ではあるものの,水銀を使わない「水銀フリー」発光源への切り替えが進んでいます.
3. 深紫外光の光源の種類と特長
深紫外光の新たな光源として注目されているのが発光ダイオード(Light-Emitting Diode:LED)です.p型半導体とn型半導体の接合面で,電子がエネルギーの高い準位からエネルギーの低い準位に移るときに光を放出する性質を利用したLEDは,従来は波長の長い赤色や緑色しかありませんでしたが,1993年に日本人研究者の努力によって青色LEDが実用化されました(その結果,光の3原色が揃ったことで,LEDで白色を出すことが可能になりました).
技術的難易度がさらに高い深紫外光LED(DUV-LED)が実用化されたのは,わずか6年前の2014年でした.アルミとガリウムと窒素とを組み合わせたAlGaN系材料が主流です.LEDはランプと違って寿命が長く,小型化も可能です.ただし,現時点ではエネルギーの変換効率がまだ低く,電気エネルギーの多くは熱として失われていきます.さまざまなメーカーや研究機関で,数十%以上の効率を目指した研究開発が続けられています.
半導体技術を用いたもう1つの発光源が,筆者らが2013年に開発した「ダイナミックマイクロプラズマ励起大面積深紫外発光素子(Micro-Plasma Excited DUV Light Emitting Device:MIPE)」です3).微小空間で発生させたプラズマから電子を引き出し,AlGaN材料に当てて励起させることで,深紫外光を発生させる仕組みです.DUV-LEDは点発光ですが,MIPEは面発光が得られるため,光源として利用しやすいのが特長です.ただしMIPEは2020年6月時点で商用化は行われていません.
このほかに,キセノン(Xe)やクリプトン(Kr)などの希ガスに電子を当ててエキシマという状態を作り出し,そのエキシマから発せられる光を利用したエキシマランプも,深紫外光の光源として広く用いられています.ただし,LEDに比べて寿命が短いのが難点です.
LEDとMIPEは,使用する材料の組成比率を変更することで,ほぼ任意の発光波長を得ることができます.つまり,用途に応じた最適な光を作り出すことが可能です.一方のエキシマランプは希ガスの成分で波長が決まり,172nm(Xe2*ガス:*は励起状態を示す)や222nm(KrCl*ガス)が一般的で,任意波長は作れません.
4. 深紫外光を使った水浄化システム
深紫外光の応用の1つが水の殺菌(浄化)です.国際連合児童基金(UNICEF)によれば,上水道が整備されていない地域に済む人々は6億人以上に達し,また,上水道は持ちながらも大腸菌などに汚染されている可能性のある水を利用している人々は18億人にのぼる,と報告されています.
水に紫外線を照射して水中の細菌やウイルスを死滅させる水浄化システムは,こうした人々に恩恵をもたらすと期待されています.日本においてはすでにいろいろなところで活用されていて,上水道の殺菌,プールや温泉での浄化,工業排水の処理などに導入されています.

筆者らは,面発光が得られるMIPE光源をスーツケースサイズに収容したポータブル型水殺菌システムをかつて考案したことがあります4)(図2).こうしたシステムがあれば,災害時などに飲料水の調達の自由度が広がるでしょう.
今後,DUV-LEDを中心に光源の高パワー化,高効率化,小型化,および低価格化が進めば,水浄化システムの導入ハードルが下がり,菌やウイルスのないきれいな水を多くの人が利用できる時代がやってくるかもしれません.
5. 紫外光の応用拡大と技術開発に期待
紫外光を使った殺菌器具はステアライザーやステリライザー(sterilizer)と呼ばれ,理髪店,エステサロン,ネイルサロン,病院などで見かけることができますし,最近はスマートフォンなどを殺菌するコンパクトなステアライザーも登場しています.
SARS-CoV-2に対しては,深紫外線を周囲に照射する自律型ロボットや,ハンディタイプの紫外線照射装置などが相次いで商用化されており,一部の医療機関やオフィスなどで導入が始まっています.
なお,紫外光は皮膚がんなどの一因になるとも指摘されていますが,可視光と紫外光の境界にあたる波長が360nmから400nmの光(バイオレットライト)は近視の進行を抑制する効果があるとの研究も報告5), 6)されるなど,まだまだ多くの可能性を秘めています.
ちなみに,太陽光に含まれる深紫外光は上空のオゾン層で吸収されるため,人工的に作り出さない限り地表には存在しません.そうした特殊な光でありながら,図3に示すように,さまざまな応用が可能なのが面白いところといえるでしょう.
将来,これまでにない応用の創出や新たな発光素子が発明されるかもしれません.そしてもちろん,SARS-CoV-2を含む感染症対策の一手段として,人々の役に立って欲しいと願っています.

文献
- 1) 平田 強,紫外線照射,p.49,(技報堂出版,2008)
- 2) United Nations Environment Programme, The Minamata Conventin on Mercury, (Oct. 10, 2013, Kumamoto), Signed by 92 Governments.
- 3) Y. Aoyagi, and N. Kurose, A 2-inch, large-size deep ultraviolet light-emitting device usingdynamically controlled microplasma-excited AlGaN, Appl. Phys. Lett. 102, 0411114 (2013).
- 4) 黒瀬範子, 窒化物半導体有機金属エピタキシャル結晶成長法を用 いた新しい深紫外発光素子/光センサーの開発,(博士論文 2015).
- 5) H.Torii, T.Kurihara, Y.Seko, K.Negishi, K.Ohnuma, T.Inaba, M.Kawashima, X.Jiang, S.Kondo, M.Miyauchi, Y.Miwa, Y.Katada, K.Mori, K.Kato, K.Tsubota, H.Goto,M.Oda, M.Hatori, K.Tsubota. Violet Light Exposure Can Be a Preventive Strategy Against Myopia Progression. EBioMedicine. 15, 210 (2017)
- 6) H.Torii, K.Ohnuma, T.Kurihara, K.Tsubota, K.Negishi. Violet Light Transmission is Related to Myopia Progression in Adult High Myopia. Sci Rep. 7(1),14523 (2017)