特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 MEMS水晶振動子マイクロバランス・センシング 荻 博次 大阪大学

1. まえがき

癌や神経変性疾患などにおいては,罹患(りかん)初期に体内に分泌される各疾患特有の生体分子(バイオマーカー)を検出することにより,完治率が上がり,結果,医療費の削減にもつながる.また,新型コロナウイルスなどのウイルス性疾患においても,迅速かつ確度の高い診断を可能とする検査法の実現は,感染拡大防止において極めて重要である.こういった検査を,高感度に携帯可能な装置により実施するためには,使用環境,特に,温度変化の影響を受け難いセンシング要素が必須となる.

また,世界中で疾患の直接的な原因となる生体物質(標的と呼ぶ)が次々と特定されており,これらに対する抗体医薬や核酸医薬の開発が進められている.これら創薬プロセスにおいては薬剤候補物質と標的との親和性(結合力の指標)を数値化することが重要である.なぜならば,標的に吸着して初めて治療効果が期待できるためであり,標的と高い親和性を示す物質は,より有望な薬剤候補物質である.膨大な候補物質の中から治療効果の高い薬剤物質を見いだすためには,迅速かつ正確に親和性を評価する技術が必要となる.これには生体分子反応をリアルタイムでモニタリングすることのできる無標識計測が望まれる.

以上のように,診断・創薬分野においては,「高感度」・「小型」・「低価格」・「無標識」を同時に実現する検査装置が熱望されている.水晶振動子センサーはこれらの条件を全て満足することのできるセンサーである.本稿においては,水晶振動子センサーの原理と課題,最新の開発状況について紹介する.

図1 水晶振動子マイクロバランス・センサー(QCMセンサー)の測定原理

2. マイクロベルをパッケージしたMEMSセンサー

圧電体である水晶板に振動電場を印加すると,水晶は共振する(鳴り響く).この水晶板のことを振動子と呼ぶが,本稿ではマイクロベルと呼ぶことにする.水晶振動子マイクロバランスは基本的には質量検出型のセンサーである.図1にその原理を示す.マイクロベルの表面に固定化したリガンドが標的物質を捕捉すると,マイクロベルの有効質量が増加して,ベルの音色(共振周波数)が変化する.この変化量から吸着した標的物質の濃度が分かり,また,共振周波数の変化の速さからリガンドと標的の間の親和性を正確に評価することができる.こういった原理のセンサーは,QCM(Quartz Crystal Microbalance)バイオセンサーとしてすでに広く認知されており,研究機関において蛋白質間の相互作用を調べる際に利用されているが,感度において他のセンサーと比べて顕著ではなく,医療機関において診断等に用いられることは少ない.

マイクロベルは薄板であり,センサーの感度はベル厚さの2乗に反比例して向上することが理論的に分かっている1),2).つまりマイクロベルの薄型化により飛躍的な感度向上が可能となる.さらに,温度変化の影響はベルの厚さには依存しないため(材料だけに依存),ベルを薄型化すれば温度変化に起因するノイズのレベルを維持したまま感度だけを向上させることができ,温度管理を行う必要がなくなる.結果,「高感度」・「小型」・「低価格」を実現することが可能となる.(他の多くのセンサーにおいては,原理的な感度限界に到達しており,ノイズレベルを下げることで見かけの感度を向上させている.そのため,大掛かりな温度制御装置や高性能の送液ポンプなどが必要となり,高感度化と同時に大型化・高価格化を招いている)

図2 MEMS水晶振動子マイクロバランスの構造(上)と
ウェーハ内に多数作製したセンサーチップ群の外観(下)

マイクロベルを鳴り響かせるためには,通常,重い貴金属電極と配線をベルの両表面に付着させておく必要がある.圧電体であるマイクロベルに有効な振動電場を与えて発振させるためである.しかし,センサー感度を上げるためにベルを薄くすると,貴金属電極と配線がベルの共振に悪影響を及ぼし(ベルを鳴り響きにくくする),さらに,これら重い付着物が,軽い生体分子の検出を妨げる(感度が悪くなる),という問題が発生していた.そのため,マイクロベルの薄型化は困難であった.そこで,筆者らは,電極や配線を使用せず,電磁場によって非接触にマイクロベルを発振させる手法を考案した2).さらに,マイクロベルをMEMS (Micro Electro Mechanical Systems) プロセスを用いてマイクロ流内にパッケージし,マイクロベルを微細なピラーにより軽く支持することで,発振効率の高いMEMS水晶振動子マイクロバランスを開発することに成功した2), 3).その1例を図2に示す.ガラス/シリコン/ガラスの3層構造からなり,最終的に薄型化したマイクロベルはマイクロピラー間に位置することになる.マイクロベルは把持されないため,拘束されずに高いQ値で鳴り響くことができる.マイクロベルの厚さはアルミホイルよりも薄く10µm程度以下であり,従来の水晶振動子センサーで使用されているベルの厚さの数十分の1以下である.

図3はMEMSプロセスにより作製したセンサーを用いたIgG抗体の検出例である.マイクロベル表面にIgGと高い親和性を示すプロテインAというタンパク質を固定化しておき,IgGを含む溶液をマイクロ流路にフローした.無標識計測であるにもかかわらず,濃度が6.7pM (pM=10-12mol/L)という低濃度のIgGにおいても周波数変化が検出されており,高感度バイオセンサーであることを立証している.低濃度標的物質の検出が無標識かつ高い選択性において可能になるということは,より早期の確定診断が迅速に実施可能になるということである.

図3 MEMS無線水晶振動子マイクロバランスを用いた
IgG抗体の検出例.縦軸は周波数変化率の絶対値を表す.
図4 多量の不純物蛋白質(牛血清アルブミン(BSA))が存在する場合の標的蛋白質(IgG)の検出結果.
(a) 64MHzの共振周波数を用いた場合.(b) 576MHzの共振周波数を用いた場合.不純物の量は
標的の2.2倍(赤),22倍(青),224倍(緑),2240倍(オレンジ).許可を得て文献4より転載.

血液や尿といった検体には,通常,標的物質を何桁も上回る量の他の生体物質が含まれている.これらが共存する中で,微量な標的物質だけを無標識で検出することは容易ではない.なぜなら,標的物質以外の生体物質もセンサーチップ表面に非特異的に結合するためであり,相互作用が弱くても,大量に存在すれば,標的物質よりも多くの分子が吸着してしまうためである.こうなると,非特異的に吸着した物質の応答が微量な標的物質の応答を上回ってしまい,標的物質の量を正確に評価することができない.この問題は,振動子センサーだけでなく,他の無標識センサーにおいても共通の課題である.ところが,MEMS振動子センサーにおいては,この非特異吸着の問題を軽減させることができる.薄型化したマイクロベルを用いるために共振周波数が非常に高いため,ベル表面の移動速度が大きく,非特異的に弱く結合した物質は高速振動に追随することができず,質量負荷として検知されない(振るい落とされる).一方,「鍵と鍵穴の関係」のように強固に結合した標的物質は,センサー表面の高速振動に追随することができ,動的質量の増加として検知される.図4はそういった計測の実施例である4).不純物の量が標的蛋白質の2000倍を超えても,高周波における計測においては,標的に対する検出応答曲線にほとんど影響が現れない.その他,体内の炎症反応の存在を反映するバイオマーカーであるC反応性蛋白に対しても,10pg/ml以下の低濃度検出(正常値の50万分の1)を可能としており5),また,10時間を超える長時間の反応をモニタリングすることもできるという利点を生かして,アルツハイマー病の原因蛋白質であるアミロイドβペプチドの凝集過程のモニタリングにも適用されている6).さらにガスセンサーとしても適用することができ,水素ガスセンサーとして用いた場合,1ppm程度の濃度の水素ガス検出を可能としており,様々な原理の水素ガスセンサー(感度限界>〜10ppm)より感度が高い6)

ダイナミックレンジ(どの程度の濃度範囲を測定することが可能か)に関しては,計測対称により大きく異なるが,例えば光を用いた計測と比較して高濃度側の原理的な制限は無く(原理的に質量検出型であるため,大きな凝集体や細胞が付着しても質量負荷として感度が得られる),QCMセンサーのダイナミックレンジは一般的に広い.

6. むすび

水晶振動子マイクロバランスセンサーはMEMS技術を導入することにより高感度化と小型化を同時に実現することとができる.スマートフォンなどで使用される周波数帯を用いれば,測定装置の小型化はさらに加速されることが期待される.診断・創薬だけでなく,ガスセンシングにも利用可能なため,健康・安全・安心な社会基盤への貢献が期待される.

謝辞

本研究は(国研)科学技術振興機構(JST)先端計測分析技術・機器開発プログラムの支援を受けた.MEMS振動子センサーは,日本工業大学 加藤史仁准教授とサムコ株式会社 野中 知行氏との共同研究の成果である.

文献

  • 1) G. Sauerbrey: Z. Phys. 155, 206 (1959).
  • 2) H. Ogi: Proc. Jpn. Acad., Ser. B 89, 401 (2013).
  • 3) F. Kato, H. Ogi, T. Yanagida, S. Nishikawa, M. Hirao, and M. Nishiyama: Biosen. Bioelectron. 33, 139 (2012).
  • 4) K. Noi, A. Iwata, F. Kato, and H. Ogi: Anal. Chem. 91, 9398 (2019).
  • 5) K. Noi, M. Iijima, S. Kuroda, and H. Ogi: Sens. Actuat. B: Chemical 293, 59 (2019).
  • 6) H. Ogi, Y. Fukunishi, T. Yanagida, H. Yagi, Y. Goto, M. Fukushima, K. Uesugi, and M. Hirao: Anal. Chem. 83, 4982 (2011).
  • 7) L. Zhou, N. Nakamura, A. Nagakubo, and H. Ogi:, Appl. Phys. Lett. 115, 171901 (2019).

著者プロフィール

荻 博次

(おぎ ひろつぐ)

超音波を用いた材料科学および蛋白質科学の研究に従事.
第9回日本学術振興会賞受賞.大阪大学栄誉教授.