特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 インピーダンスでPCRをモニターする:ウイルス検出小型・可搬型リアルタイムPCRの実現へむけて 山下一郎,信澤和行,Huanwei Han 大阪大学
1. まえがき
DNA,RNAの分析・定量は,感染症,ウイルス対策,遺伝子診断,その場検診(POCT)など様々な場面で需要が高まっています.その中でも,ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction : PCR)は,DNA鎖の増幅・検出を行う強力な手法です.新型コロナウイルスの世界的流行でもウイルス感染の確定診断として採用されています.PCRの検出方法としては蛍光基質と光学システムに基づく原理が広く使用され,そのため装置は複雑・高価となっています.一方電気的検出は,電子機器との相性が良く小型化・集積化が容易で安価な携帯機器を提供できることから注目されています.その中でも電気化学的検出は,イオン濃度が高いPCR環境でも良好に動作できます1).この電気化学的検出とマイクロ流路チップと組み合わせることで,耐久性のある可搬型低価格PCRの実現が見込まれます.
2.電気化学インピーダンス分光法(EIS)
電気化学インピーダンス分光法(Electrochemical Impedance Spectroscopy : EIS) は電極表面の状態に極めて感度が高く,バイオ,電池解析など様々なセンシングに利用されています2,3).このセンシングでは電気化学活性分子を添加した測定溶液に作用極(WE : Working electrode),対向極(CE : Counter electrode),参照電極(RE : Reference electrode)を挿入し,WE表面と電気化学活性分子との電荷移動の特徴をインピーダンス周波数応答として観察します(図1参照).よく行われるのはWE表面にセンシング対象と相互作用するプローブを修飾し,対象物が電極に選択固定される状況を観察します.CEは白金,REは銀/塩化銀電極がよく用いられ,溶液の電位,WEの動作電位設定に使われます.電気化学活性分子は種々ありますが,ヘキサシアノ鉄酸イオン,[Fe(CN)6]3-/4-,がよく用いられています.測定周波数は大よそ1MHz – 0.1Hzで,印加交流電圧は通常10mV程度です.測定による溶液中反応への影響はほとんどありません.
EIS測定で得られたインピーダンススペクトルを複素平面上にプロットすると(ナイキストプロット),半円形と45度傾斜の直線となります(図1参照).半円はWE界面に形成された吸着層による電荷移動抵抗(Rct)と電荷保持による容量(電気二重層容量:Cdl)の並列回路により生じます.極低周波領域の直線は,電気化学活性分子の拡散による抵抗(W,ワールブルグ抵抗)です.1MHz付近の高周波領域ではCdlはほぼ短絡状態で,インピーダンスは溶液抵抗Rsだけになります.周波数が下がってくると,インピーダンスはCdlとRctの並列回路が作る半円を描き,Cdlが電流遮断状態となる周波数付近でRs+Rctとなります.即ち半円の直径がほぼRctを表し電極への吸着分子量がわかることになります.図1(a)ではWE上にプローブとして一本鎖DNA(ssDNA)を修飾した場合と,これにターゲットDNAが相補結合した2本鎖DNA(dsDNA)の2状態を模式的に示し,図1左ではそれに対応するRctの増加を示しています.
3. EISによるDNA測定
3.1 電極による特異的DNA吸着
実際の金WE電極にプローブDNA固定し,ターゲットDNAを吸着させた場合のEIS測定結果を図2に示します4,5).溶液は10 mM Tris-HCl(pH 8),50 mM KCl,1.5 mM MgCl2(以降PCRi)を用い,電気化学的活性分子としては1mMのK3[Fe(CN)6]3-/K4[Fe(CN)6]-4を添加しています.測定電圧は10mVac,周波数は10kHz – 0.1Hzです.金WE上にプローブDNA修飾時は,電荷移動阻害は比較的小さくRctは約28kΩです.ここにプローブDNAと相補結合する60塩基の一本鎖DNA(ssDNA)を10nM添加すると,Rctは約31kΩとなり,さらに100nM, 1µM, 10µM と添加DNAを増加させるとRctは大よそ35Ω,41kΩ,45kΩと増加し,Rct∝Log[DNA濃度]の関係を示します.これは,DNA濃度の上昇により電極表面での相補結合形成が進み,Fe(CN)63-/4-よる金電極表面への電荷移動に制限が起っていることによるものです.
3.2 極微量第2電気活性分子添加による電荷移動増強効果:プローブ固定不要のEISへ
最近,第2の電気化学活性分子を微量添加することでFe(CN)63-/4-の電荷移動が大幅に増強される現象を見出しました6)(図3).PCRi に1mM K3[Fe(CN)6]/K4[Fe(CN)6] を添加した溶液中で,無修飾グラッシーカーボン(GC)WEを用いてEIS測定を行うと典型的なナイキストプロットが得られます(図3a).これに1µM Ru(bpy)2DPPZ2+を添加したところRctが大きく減少し,初期値の約1/10に達しました(図3b).添加量がFe(CN)63-/4-イオンの1/1000と極めて少ないため,Ru錯体イオンによる電荷移動の加算結果とは考えられません.Fe(CN)63-/4-イオン,Ru錯体イオンと電極表面との3者によりこのような効果が生じていると考えられます.
このRu(bpy)2DPPZ2+は,2重鎖DNA(dsDNA)の塩基間に挿入される様に設計しています(図3)6).そのためRu錯体イオン量とdsDNA量は半比例関係となり,dsDNA量がRctで検出できます.
3.3 EISによるPCRのリアルタイムモニタリング
PCRでは,被測定DNA,プライマーssDNA,dNTP,DNA合成酵素,緩衝液薬品等を含む溶液中で反応が進み,ssDNAのプライマーと合成材料dNTPが消費されて,dsDNAが指数関数的に増幅されます.前述のように,このPCR溶液中に1mM K3[Fe(CN)6]/K4 [Fe(CN)6] とRu(bpy)2DPPZ2+イオンを添加しEIS測定を行えば,PCRで増えるdsDNAにRu(bpy)2DPPZ2+が取り込まれ,Rctが増大しPCRがモニタリングできると予想できます7,8).そこでssDNA,dsDNAの非特異的吸着を抑制するポリマーコートをしたGC電極をWEとして,PCR溶液のEIS測定を行いました.測定は各ヒートサイクルPCR伸長時に行い,ナイキストプロットからRctを得ました.なおRu(bpy)2DPPZ2+イオン量はPCR阻害が起こらない濃度に設定しました.
図4は塗布型カーボン電極での測定例で,横軸がPCRのヒートサイクル数,縦軸が各ヒートサイクルにおけるRctおよび増加分ΔRctを示しています.このΔRctは1サイクル毎のdsDNAの増加分を示しています.図から,ヒートサイクル13付近にスレッショールドサイクルがあることがわかります.この位置は同一溶液で実施した蛍光方式のリアルタイムPCRと一致しており,このEIS測定手法が有効であることを支持しています.
4. むすび
今回紹介したPCR検出法は,既存のPCR溶液に微量の[Fe(CN)6]3-/4-とRu(bpy)2DPPZ2+を加え,電極でインピーダンス計測するだけです.安価な塗布型電極,マイクロ流路と小型測定回路を組み合わせれば手のひらサイズの超小型PCRが可能で,従来の卓上装置から解放されてどこでも必要な時にその場でPCRが出来る様になります.またスマホと連携させればデータ処理/機械学習する超小型パーソナルPCRも可能です.その基礎は溶液中で電気化学活性を持ちかつdsDNAの塩基間に挿入する性質を持つRu錯体イオンが,電気化学では定番のFe(CN)63-/4-イオンと共同して電荷移動を増強するという発見です.溶液中でターゲット分子と反応しRctを変える第2電気化学活性分子を目的に合わせて設計するこのプローブ固定不要のEIS測定方法は,広い応用展開が見込まれます.
謝辞
本研究の一部は,JST,COI,グラント番号JPMJCE1310,JST,CREST,JPMJCR18Iの支援を受けたものです.ご協力をいただきました関係各位に感謝いたします.
文献
- 1) A. S. Patterson, K. Hsieh, H. T. Soh, K. W. Plaxco. Trends in Biotechnol., 31, 704, (2013)
- 2) S. M. R. Niya, M. Hoorfar, J. Power Sources, 240, 281, (2013)
- 3) E. P. Randviir, C. E. Banks, Anal. Methods, 5, 2013, 1098, (2013)
- 4) H. Han, K. Nobusawa, I. Yamashita:第79回応用物理学会秋季学術講演会予稿集, 19p-221C-12 (2018)
- 5) H. Han, N. B. Sabani, F. Takei, K. Nobusawa, I. Yamashita 2019 International Conference on Solid State Devices and Materials (SSDM2019), A-3-01 (2019)
- 6) T. Defever, M. Druet, D. Evrard D. Marchal, B. Limoges, Anal. Chem., 83, 1815, (2011)
- 7) 国際特許出願 WO2019026517A1発明者,信澤和行,山下一郎, 出願人,国立大学法人大阪大学
- 8) K. Nobusawa, H. Han, F. Takei, N. Hashida, I. Yamashita, in preparation
