特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 電界効果トランジスタ(FET)によるバイオセンシング 高村 禅 北陸先端科学技術大学院大学
1. まえがき
DNA/RNAのような核酸は強酸であり,溶液中で電離して負電荷を帯びる.また,ウイルスや生体を構成するタンパク質は,多数のアミノ酸がペプチド結合で連なったものであり,塩基性の基と酸性の基の両方をもつため,溶液のpHによって正か負の電荷をもつ.このように多くの生体分子は電荷をもち,これらは電界効果トランジスタ(Field Effect Transistor: FET)で検出することができる.
FETによる測定では,分子そのものがもつ電荷により検出するので,検出のために色素や酵素などの標識材料や2次抗体を付加する必要がない.そのため,測定手順がシンプルで,そのため刻々と変化するサンプルの状況をリアルタイムに測定することもできる.
FETは増幅素子であり,検出したい分子のすぐそばで増幅できるということは,ノイズの影響を減らし,低い検出限界を達成するのに有利である.FETは,半導体産業により,微細化,集積化,生産技術において多くの研究がなされており,微小センサによるごく微量検出,アレイによる多項目の同時検出や,濃度イメージングに,応用できる.
近年では,酸化物や有機トランジスタ,カーボンナノチューブやSiナノワイヤ,グラフェン,遷移金属ダイカルコゲナイドなど,新しい材料を用いたFETが開発されており,それらの特性を生かした高性能のFETバイオセンサが報告されている.
2. FETセンサの構成と測定原理
図1(a) は通常の金属(Metal)‐絶縁体(Insulator)‐半導体(Semiconductor)型のFET(MISFET)の構造である.これは,スイッチのような働きをし,ソースとドレイン間に流れる電流を,ゲートに印加する電圧で制御(On/Off)することができる.その仕組みは専門書を見ていただくことにして,ざっくりと説明すると,ソースとドレイン間を流れる電流(Ids)はチャネルと呼ばれる半導体を通り,キャリヤ(n型半導体の場合は電子,p型の場合ホール)によって運ばれる.電流の流れやすさ(導電率)は,キャリヤの移動度と数(濃度)に比例する.ここでゲート‐ソース間に電圧(Vgs)を印加すると,絶縁体を通して,チャネル中のキャリヤ濃度が増減する(例えばn型の場合,正の電圧を印加すると負の電子が近寄ってきてキャリヤが増える).これによりチャネルの導電率が変わり,ソース‐ドレイン間の電流が変化する.
このFETを生体分子のセンサとして利用するには,ゲートを構成する金属の部分を,同様に導電性をもつ,図1(b) のように電解質や測定対象物を含むサンプル溶液に置き換える.測定したい分子(ターゲット分子とする)のみに応答させるために,ターゲット分子に選択的に結合するような分子(プローブ分子とする)を,ゲート絶縁膜の表面にあらかじめ固定しておく.プローブ分子には,抗体やアプタマ,単鎖のDNAなどを用いることができる.前述のようにターゲット分子は電荷をもつものとする.プローブ分子がターゲット分子を捕捉すると,その電荷分はVgsに対して下駄をはかせたように働くので,VgsとIdsの関係が図1(c) の実線から破線のようにシフトする.ターゲット分子が正電荷をもつ場合,負の方へ,負電荷をもつ場合,正の方へシフトする.このシフト量により,ターゲット分子の量を測定できる.なお,ターゲット分子の捕捉による特性の変化には,図1(c) 1点鎖線のように移動度の低下を伴う場合もある.例えば,特定のウイルスは,特定のたんぱく質や特定の配列のDNA/RNAをもつので,それらに特異的に結合する分子(抗体や相補のDNA)をプローブ分子に用いることにより,そのウイルスだけを検出することができる.
ELISA法など他の測定方法では,抗体が抗原を捕捉した後,標識剤のついた2次抗体を結合させ,未結合のものを洗浄し,発色剤をいれて反応させる等の工程が必要となり,時間もかかる.FET法では(洗浄が必要な場合はあるが)そのような工程が不要で,シンプルな装置で簡単に短時間で測定が完了することは大きなメリットである.
図2にシリコンFETを用いた,配列特異的なDNAの検出例を示す1).
Reprinted with permission from Phys. Chem. B, 101, 2980 (1997).
E. Souteyrand, et al. Copyright (1997) American Chemical Society.
3. 電気2重層トランジスタ
図1(b) において,絶縁膜は,ゲートからソースまたはドレインに直接電流が流れるのを防ぐ働きをする.電流が流れない範囲でなら,絶縁膜が薄い方が,ゲート側の変化がよりダイレクトにチャネルに伝わると期待できる.ここで,溶液をゲートに用いた場合,溶液中で電荷を運ぶのはイオンである.チャネル内で電荷を運ぶのは電子である.イオンはチャネル内に入れない.電子はそのままでは溶液中を移動することができない.よって,溶液をゲートに用いた場合,絶縁膜を取り除いても,ゲートとチャネルの間に電流が流れない.ただし,印加電圧が高くなると,界面で電気化学反応が起こり,電流が流れる.この溶液界面の状態は電気化学における電気2重層そのもので,電流が流れない範囲は電気化学における電位窓の範囲に相当する.したがって,チャネル材料電気化学的に安定で,溶液中に容易に電気化学的活性をもつ分子がなく,ゲート電圧が十分低いとき,絶縁膜を取り除きチャネルを直接溶液やプローブ分子に接触させることができる.これは電気2重層トランジスタとして知られている構成でもある.チャネル材料にグラフェンやカーボンナノチューブ,ダイヤモンドなどを用いたFETでこのような構成のセンサが報告されている2)〜4).
4. デバイ遮蔽とプローブ分子サイズ
ターゲット分子を含む電解液は,全体では電気的に中性であり,ターゲット分子の周りには,逆の電荷をもつカウンターイオンが常に存在する.これは溶液中を自由に動けるため,プローブ分子に捕捉されたターゲット分子の電荷に近寄ってきて,測定に必要な電界を打ち消してしまう.これはデバイ遮蔽として知られている現象である.実際には,各イオンは熱振動をしているため,正負のイオンは,常に完全に近づけるわけではない.平均的には,デバイ長(λD)として知られる距離の分,離れて存在する.言い換えると,溶液中で,ゲート表面よりデバイ長以上離れて存在するイオンは,電界を遮蔽されて,チャネルに効果を及ぼすことができない.これは,抗体のような大きなプローブ分子を用いるとき問題になる.デバイ長は,溶液の荷電粒子の総濃度の平方根に反比例し,生理的な条件近くでは,1〜数 nm である.これよりも大きいプローブ分子が,ゲート表面よりデバイ長以上離れた場所でターゲット分子を捕まえても,FETは検出できない.これを避けるために,アプタマのような比較的小さな分子をプローブとして用いた例が報告されている5).
Reprinted with permission from Analytical Chemistry, 79, 782 (2007).
K. Maehashi, et al. Copyright (2007) American Chemical Society.
一般に,タンパクやDNAなどの生体分子は,それを含む溶液のpHと電解質濃度に依存して構造が変わる.プローブ分子やターゲット分子を正しく作用させるには,pHと電解質濃度を適当な範囲に収める必要がある.一方で,デバイ遮蔽の問題からは,電解質濃度は低いほどよく,トレードオフの関係にある.
5. 最近の研究
センサとしての特性を考えた場合,図1(c) Id ‐ Vdgカーブにおける傾き(相互コンダクタンス:gm) が高いほど,感度的に有利である.例えば,グラフェンをチャネル材料に用いたFETにより,検出限界が2.5 × 10-17 [mol/L] の DNA センサが報告されている(図4)6).グラフェンFETを用いた,COVID-19の検出例も報告されている7).これは SARS-CoV-2 のスパイクタンパク質を抗体で検出するもので,臨床サンプルを用いて 2.42 × 102 [copies/mL] の検出に成功している.また,FETを小さく作ることにより,分子1個の脱着や,形状変化をリアルタイムに計測するようなことも可能となる.例えば,Heらは,ヘアピン状のDNAが変化するダイナミクスをシリコンナノワイヤFET上で捉えている8).電荷を出し入れするものであれば,観察対象は分子にとどまらない.例えば,生きている細胞の状態をFETで観察する研究も盛んに行われている9).
Reprinted with permission from ACS Sensors, 4, 286 (2019).
R. Campos, et al. Copyright (2019) American Chemical Society.
6. むすび
FETを用いたセンサは,水素イオン濃度を測定する Ion Sensitive FET (ISFET) が広く利用されているが,ほかはあまり実用化例を聞かない.特にバイオセンシングにおいては,安くてよい特性のほかの測定法が多く確立されており,またそれほど特性や機能を必要とされていなかったので,コスト面で折り合いがつかなかったものと思われる.しかし,最近は,アレイ化や感度など機能面での要求が高かまっており,また印刷 TFT (Thin Film Transistor) のような安価な製造方法が確立されつつあるので,今後重要性を増していくものと思われる.
文献
- 1) E. Souteyrand, J.P. Cloarec, J.R. Martin, C. Wilson, I. Lawrence, S. Mikkelsen, and M.F. Lawrence: J. Phys. Chem. B 101, 2980 (1997).
- 2) K. Kerman, Y. Morita, Y. Takamura, E. Tamiya, K. Maehashi, and K. Matsumoto, NanoBiotechnology, 1, 65 (2005).
- 3) Y. Ohno, K. Maehashi, and K. Matsumoto: J. Am. Chem. Soc, 132, 18012 (2010).
- 4) K.S. Song, G.J. Zhang, Y. Nakamura, K. Furukawa, T. Hiraki, J.H. Yang, T. Funatsu, I. Ohdomari, and H. Kawarada: Phys. Rev. E 74, 041919 (2006).
- 5) K. Maehashi, T. Katsura, K. Kerman, Y. Takamura, K. Matsumoto, and E. Tamiya: Analytical Chemistry 79, 782 (2007).
- 6) R. Campos, J. Borme, J.R. Guerreiro, G. Machado, Jr., M.F. Cerqueira, D.Y. Petrovykh, and P. Alpuim: ACS Sensors 4, 286 (2019).
- 7) G. Seo, G. Lee, M. J. Kim, S.H. Baek, M. Choi, K. B. Ku, C. S. Lee, S. Jun, D. Park, H. G. Kim, S. J. Kim, J. O. Lee, B. T. Kim, E. C. Park, and S. I. Kim, ACS Nano 14, 5135 (2020).
- 8) G. He, J. Li, H. Ci, C. Qi, and X. Guo: Angew. Chem. Int. Ed. 55, 9036 (2016).
- 9) H. Satake, A. Saito, S. Mizuno, T. Kajisa, and T. Sakata: Jpn. J. Appl. Phys. 56, 04CM03 (2017).
