特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 化学発光酵素免疫法を用いた分散型抗原検査システム 堀井和由,狭間俊介,永井圭介 シスメックス株式会社
1. まえがき
新型コロナウイルスが作り出した前例のない不確実かつ流動的な状況下で,ドライブスルー検査1)–4),ウォークスルー検査2, 5)のような新しい検査が実施されるなど検査を取り巻く環境は大きく変化した.今回の新型コロナウイルスとの戦いの中で明らかになったことの一つに,現在,広く実施されている,医療検査機関で大量の検体を検査する集中検査の他に,被検査者に近い生活圏や医療検査機関以外の場所で実施される分散型の即時検査が強く求められているということである6, 7).例えば,空港検疫,船舶検疫のような水際対策,感染時に重症化するリスクの高い高齢者施設,ドライブスルー検査,ウォークスルー検査の臨時検査所1, 2)などにおいて,検査機器を柔軟に設置し,採取した検体をその場で測定して被験者に迅速かつ適切な処置を行う必要がある.分散型即時検査において重要なのは,測定結果が信頼できる高感度な性能,設置移転が容易な小型装置サイズ,専門技術者でなくても操作可能な操作簡便性を持つことである.また,検査機器はネットワーク接続されたIoT (Internet of Things) 機器としての機能を持つことが好ましく,検査結果が地域・自治体単位で統計処理されれば,リアルタイムな感染者把握に寄与できる.
新型コロナウイルス発症時の陽性,陰性検査にはPCR検査,抗原検査があり,抗原検査法は測定時間が20〜30分程度と速いため,分散型即時検査に適している.抗原検査法は当初,感度が低く陰性時にはPCR検査による確定診断が必要とされていたが,厚生労働省の最新ガイドライン8)によると,発症後2〜9日間はウイルス量が多いため,抗原検査法を確定診断に用いることができるようになった.
本稿では,①高感度,②小型,③操作簡便性の3つの特徴を持つ,実用化レベルの新たな高感度小型抗原検査システムを紹介する.従来の小型抗原検査法ではラテックス凝集法9)や蛍光免疫測定法 (Fluorescence Immunoassay : FIA) 10)などの試薬数が少なくて済む簡易な測定原理が用いられていたため,感度が低い欠点があった.それに対し,本検査システムでは,開発したマイクロ流路反応技術を用いることによって,大病院や検体検査センターの大型機で用いられる高感度な化学発光酵素免疫法 (Chemiluminescent Enzyme Immunoassay : CLEIA法) 11–13)を小型機で実現した.
2. 高感度小型免疫測定システム
本検査システムはマイクロ流路を備えたDVDサイズの試薬カートリッジと,遠心分離機構,磁石,光検出器を持つデバイスで構成される(図1).デバイスはシリンジポンプを持たない簡易な構造で,約17 cm四方の小型サイズであるため,さまざまな場所に設置することができる.CLEIA法を用いた従来デバイスは一般的に25 cm四方以上のサイズなので,本検査システムは従来デバイスの体積を約70 %削減することに成功した.検体には血液や唾液を用いることができ,検体量は1テストあたり35 µLと微量である.測定時間は項目によって異なり,約20〜30分で結果が得られる.遠心分離機能(回転速度3600 rpm)により,全血試料をそのまま測定可能である.デバイスはネット接続が可能で,日々の精度管理や故障予知情報などをユーザーに提供できるIoT機器としての機能を持つ.また,ビックデータ解析を行うための測定データを集約する情報プローブとしての役割も持つ.
大型機で用いられる高感度なCLEIA法を本検査システムでどのように行っているかについて説明する.図2に示すように,CLEIA法は試薬R1〜R5,洗浄液といった多くの試薬を使う複雑な反応プロトコルを持つ14).本検査システムでは,試薬R1, R3-5, 洗浄液は試薬カートリッジの試薬貯蔵チャンバにあらかじめ液体のまま封入され,試薬R2(超常磁性ナノ粒子)は反応チャンバ内に乾燥固定されている(図3(a)).免疫反応直前に試薬貯蔵チャンバを封止している樹脂バルブを開栓し,各試薬液を各試薬貯蔵チャンバから各反応チャンバに遠心力を用いて移送する15, 16).各反応チャンバでは,磁性粒子担体,一次抗体,抗原,標識抗体が順次,特異的に結合し,サンドイッチ複合体を形成する.サンドイッチ複合体が吸着した磁性粒子担体は磁石によって図3(b)のように反応チャンバから次の反応チャンバに移送される.この移送を繰り返しながら,BF (Bound/Free) 洗浄が行われ,最後に,第6チャンバにおいて酵素基質反応による化学発光光を検出して抗原濃度が得られる.この磁性粒子の移送では,磁性粒子を磁石で流路底面に集めて磁石ごと移動させ,磁性粒子を1つの反応チャンバから気液界面を通過して空気層に分離し,空気層から次の反応チャンバに移送させる(図3(c)).我々は,この磁気分離技術を Magnetically Induced Mass Transportation(以下,MIMT)と呼んでいる17).
MIMT技術では,磁性粒子が気液界面の界面張力を突破できず反応チャンバの試薬液内に残留したり,空気層を移動中に流路壁面に吸着されたりすると,シグナル低下やばらつきを起こしてしまうので磁性粒子の移動率を高く維持することが重要である.磁石は円筒形のネオジウム磁石の先に円錐形のヨーク(鉄材)が設置されている.高い磁性粒子移動率を実現するため,試薬液の液性を親水的に調整するとともに,磁場シミュレーションを行ってヨーク形状を最適化した.磁性粒子が受ける力Fは磁性粒子の体積V,体積磁化M,磁場の強さをHとして,次式で表される.
F = µ0VM・grad H
円筒形磁石の直径が一定のとき,円錐形ヨークの頂角を小さくすると円筒形磁石と磁性粒子までの距離が長くなり体積磁化M が低下し,円錐形ヨークの頂角を大きくすると磁場勾配grad H が低下するため,ヨークの頂角には最適値が存在する.磁場シミュレーションの結果,円筒形磁石の直径が16mmのとき,円錐形ヨークの頂角は51 ° が最適と得られた.その結果,第1反応チャンバから第6反応チャンバまで5回の移送を行って,磁性粒子をほぼ100%移送することができるようになった.
MIMT技術では,磁性粒子移送に伴う次の反応チャンバへの試薬液のキャリーオーバーは0.1 µL以下とごくわずかで,高効率なBF分離を実現している.また,各反応液を送液するための流路や廃液スペースが不要なため,複雑な反応をコンパクトなエリアで行うことができる.これらの特徴を持つMIMT技術は,試薬数が多く,高いBF分離性能を要求するCLEIA法と相性が良い技術である.
本検査システムを用いて,前立腺がんマーカーPSAの測定を行った.検体量35 µL,測定時間20分の条件で,PSAキャリブレータ(シスメックス (株) 製)を用いて調整した濃度0 pg/mL, 5.0 pg/mLの試料をそれぞれ測定した結果を示す(図4(a)).検出感度は5.0 pg/mLと高感度な測定結果が得られた.また,105検体(全血49検体, ヘパリン血漿46検体, EDTA血漿(けっしょう)10検体)の測定を行い,大型機器であるHISCL(シスメックス製)との相関性を調べた.傾き 0.954, 相関係数 0.994 と良い相関が得られた(図4(b)).
3. むすび
本稿では,ウィズコロナ時代の新たな分散型即時検査システムとして,高感度小型抗原検査システムを紹介した.磁石で磁性粒子のみを移動させることによって高効率なBF分離性能を実現したマイクロ流路反応技術,MIMT技術を開発した.この技術により,従来の小型機では行うのが難しかった高感度測定原理であるCLEIA法を小型機で実現することに成功した.従来,CLEIA法で測定するには,高価な大型機で臨床検査技師などの専門技術者が操作しなければならなかったのに対し,本システムでは,安価な小型機で臨床検査技師以外の医療従事者(医師,看護師など)が高感度測定を行うことが可能になる.今後,本検査システムを新型コロナウイルス(COVID-19)の抗原検査へ適用することで,検査結果が陽性の場合はその場で入院指示や自宅待機を促すといった迅速な感染状況の把握と対応に寄与できるものと期待する.さらに,ガンや婦人科などの免疫項目にも展開し,あらゆる人々が正確な検査結果をすぐに得られ,予防や治療を受けられる社会の実現に貢献したいと考える.
謝辞
本研究の試薬貯蔵チャンバの樹脂バルブ開発は ASTI (株) の小粥教幸氏,戸田泰広氏,岩堀公昭氏らと共同で実施したもので,心より感謝申し上げます.本研究の試薬カートリッジの組立,試薬分注はクリエイティブナノシステムズ株式会社に実施いただきました.また,本研究に紹介した内容は,シスメックス(株) 桐村浩哉氏,中本竣氏,吉田和代氏,Govil Pratiksha氏,Patnaik Aishani氏,干川晃生氏らと共同で実施した研究の成果であり,多くのご助言をいただきました.心より御礼申し上げます.
文献
- 1) K.T. Kwon, J.H. Ko, H. Shin, M. Sung, and J.Y. Kim : J. Korean Med. Sci. 35, e123, (2020).
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- 5) S.I. Kim and J.Y. Lee: J. Korean Med. Sci. 35: e154, (2020).
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- 8) 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部: SARS-CoV-2 抗原検出用キットの活用に関するガイドライン (2020年6月16日改訂)
https://www.mhlw.go.jp/content/000640554.pdf - 9) S. Gupta, P.K. Kilpatrick, E. Melvin, and O.D. Velev: Lab Chip 21, 4279 (2012).
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- 16) 堀井和由, 能勢智之, 戸田泰広, 小粥教幸: 第35回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウム論文集 35, p.6 (2018年10月30日).
- 17) 友田小百合, 堀井和由, 能勢智之, 藤原崇雄, 三井田佑輔, 楊永健, 前川泰範:第77回応用物理学会秋季学術講演会予稿集, 15a-B8-10 (2016).


