特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 抗原・抗体検査(イムノアッセイ)と新型コロナウイルス感染症の診断 民谷 栄一 産業技術総合研究所,大阪大学
1. まえがき
血液検査によりウイルス・微生物感染,腫瘍や炎症,アレルギーなどの診断が行われているが,そこでは,イムノアッセイが多く用いられている.イムノアッセイは, Berson と Yalow が開発したラジオイムノアッセイに端を発している(1977年ノーベル生理学医学賞を受賞).彼らは,糖尿病患者の血液中のインシュリンの代謝を測定するためにインシュリンのチロシン残基に放射性同位元素である131Iを標識し,これが抗体と結合することを見い出し,イムノアッセイとして応用できることを明らかにした.この方法は,用いる放射性標識剤の処理や放射能取り扱いの特別の施設の整備などが必要であったが,その後,1971年に酵素を標識として使用する酵素免疫測定法:EIA (Enzyme Immuno Assay) やELISA (Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay) が開発され,安全性の高いイムノアッセイとして広く用いられるようになった.今日では,種々のタイプのイムノアッセイが開発されており,新型コロナウイルスの検出や疾患の診断においても利用されている.本稿においてこうしたイムノアッセイについて概説する.
2. イムノアッセイの種類
イムノアッセイとは,抗原(Antigen : Ag)と抗体(Antibody : Ab)が反応して抗原-抗体結合体 (Ag-Ab) を生成する反応を用いた測定法のことであり,この反応は可逆反応ではあるが,結合定数Kの値が109〜1012 mol/Lと極めて高いため,特異性や感度が極めて高い測定方法として利用できる.
Ag + Ab ⇄ Ag-Ab, K = [Ag-Ab]/[Ag][Ab]
通常,抗体を生成する原因となる分子を抗原といい,抗原が測定対象となることが多いが,生成した抗体を診断の対象とすることもある.新型コロナウイルス診断では,ウイルス自体が抗原(スパイクタンパクなどの膜タンパク)となるため,それらに対する抗体を用いてウイルス抗原を測定する抗原検査が行われている.図1に示すように,新型コロナウイルスは,直径約100nmの球形をしている.外膜構造を有し,特徴的なスパイク状のSタンパク質,Mタンパク,Eタンパクが埋め込まれている.ウイルスの侵入によって体内で生成した抗体は,こうしたウイルス表面を抗原として認識する.例えば,Sタンパクに対して生成した抗体を抗Sタンパク抗体と称する.また,このウイルス抗原を用いれば体内のIgM/IgG抗体を測定する抗体検査も可能である.
この抗原抗体反応を測定するには,抗原抗体結合体と未反応の抗原と抗体とを区別する必要がある.その手法として用いられるのが,抗原あるいは抗体に標識体を結合させ,反応後の標識体を検出することにより抗原あるいは抗体の量を測定する方法である.標識体としては,放射性同位元素,酵素,蛍光体,発光体,発色体,金属,スピン,磁性体,電気化学活性体などが知られている(表1).
酵素を標識剤として用いる方法には,ペルオキシダーゼやアルカリファスターゼを標識しておき,これに発色基質を用いて発色(吸光度変化)により定量できる.また,同じ標識酵素であっても発光基質や蛍光基質に変えることにより発光や蛍光を指標として測定する化学発光酵素免疫測定法 (Chemiluminescent Enzyme Immunoassay : CLEIA) や蛍光酵素免疫測定法 (Fluorescent Enzyme Immunoassay : FEIA) が開発されている.一方,温度変化などの影響を受けやすい酵素を用いずに化学発光を誘発する標識剤を用いる化学発光免疫測定法 (Chemiluminescent Immunoassay : CLIA) がある.例えば,ルミノールやRu錯体が発光分子として用いられている.また電極を用いて所定の電圧を印加し,化学発光を誘発する電気化学発光免疫測定法 (Electrochmiluminescent Immunoassay : ECLIA) もある.これらは,いずれも感度が高い測定方法としてすでに実用化されており,新型コロナウイルス抗体検査でも用いられている(後述).蛍光を指標とするイムノアッセイとしては,間接蛍光抗体法 (Indirect Fluorescent Antibodymethod : IFA),時間分解蛍光免疫測定法 (Time-Resolved Fluoro-Immunoassay : TRFIA),蛍光偏光免疫測定法(Fluorescence Polarization Immuno-assay : FPIA) などがある.TRFIA法ではEuが蛍光標識剤として用いられるが,これは寿命が長くバックグランド蛍光が消失してから信号を得ることができる.そのため,時間分解測定が用いられる.FPIA法では,蛍光標識抗体(抗原)が抗原抗体結合を形成した時と遊離状態とで偏光解消度が異なることを利用したもので,競合法(後述)の測定にも用いられる.
一方,標識体を必要としない方法としては,光散乱/濁度,表面プラズモン共鳴,質量変化(圧電素子・AFM),電気化学インピーダンスなどを用いる方法がある.これらは,いずれも抗原抗体反応により生ずる物理量変化を捉えている.標識剤が不要であるため,リアルタイム測定も可能で抗原抗体反応のダイナミクスの解析にも活用されている.
3. イムノアッセイの測定形式と応答
イムノアッセイを実際に行うための測定形式としては,抗体あるいは抗原を特定部位に固定化して測定する不均一法と溶液中で測定する均一法がある.不均一法としては,プレート基板に抗体を固定化して測定するELISAが良い例である.均一系で行う例としては,抗原抗体反応に伴う凝集現象を光散乱や濁度で測定する方法がある.
また,抗原抗体反応後に未反応分子を分離除去してから測定する非競合法(サンドイッチ法)と分離せずに測定する競合法がある(図2).
サンドイッチ法としてELISAの例を示す.マイクロプレートのウエルの底面部などに抗体を固定化し,測定対象である抗原と反応後に酵素標識抗体を入れ,抗原を挟み込むように(サンドイッチ状)に結合させる.未反応の酵素標識抗体を除去した後に,酵素基質を導入し,酵素活性を測定する.基質の種類によって,着色,蛍光,発光反応を誘発できるため,これらを測定すれば,抗原量を測定できる.抗原が増加すれば,応答値も増加する.また,競合法では,測定する抗原に対して一定の割合の酵素標識抗原を混合共存させ,抗原抗体反応を行う.抗原が多ければ,酵素標識抗原の結合量は減少する.検量線については,抗原抗体結合の形式によってパターンが異なるが,ラングミュア型結合様式に従えば,ミカエリスメンテン型の曲線になる.協同的な効果についてはHillの式で解析され,ジグモイド様の曲線として理解される.
4. イムノアッセイを用いた新型コロナウイルス感染の診断
6月1〜7日にかけて東京,大阪,仙台で抗体保有率(IgM/IgG)を調べる目的で行われた厚生労働省の検査ではスイス・ロシュ社の電気化学発光免疫法と米国アボッド社の化学発光免疫法が用いられた1).これは発光を用いる方法の感度が優れているためであろう.イムノクロマト法については,4月に日本赤十字社の協力を得て献血検体を用いた調査が行われた1).4社のイムノクロマト定性キットが用いられたが,感度が不十分だったり,キット間にばらつきもあり,その検査精度に問題があることも指摘された.また,インフルエンザウイルスの簡便検査で実績のある金コロイドを用いたイムノクロマトは,いまだ保険適用には至っていない.金コロイド粒子が発色する原因については,局在プラズモン共鳴の項目でも述べられているので,参照されたい.現在,研究用試薬(保険適用外)として一部クリニックで抗体検査が行われている.これは,血液を指先から微量採取し,これをそのまま導入するだけでよく極めて簡便で測定時間も15分程度で良い.感度の面では,通常のELISAと比べても100倍程度低く,定量性もないが,簡便性の優位性もあり,1次的なスクリーニングには利用可能であろう.
一方,新型コロナウイルスの簡便な抗原検査法としては,富士レビオ(株) が開発したエスプライン SARS-CoV-2 が保険適用となっている.これは,イムノクロマト形式と酵素免疫測定(アルカリフォスファターゼ標識抗体を使用)を組み合わせた形式になっている.PCR (Polymerase Chain Reaction) 法に比べて簡便で,30分で判定が可能で迅速ではあるが,測定感度としてはウイルス数が100〜1000コピー以上となっており,現時点では,感度が不十分で,陽性判断となった場合の有効性のみで,無症状者に対するスクリーニング検査,陰性確認などの目的には適さないとしている2).イムノクロマトの感度の向上を行うために,富士フイルム(株) が行った銀増感法は興味深い.数10nmの金コロイド粒子の銀粒子は10µm程度まで成長させることができ,感度の向上を実現している(図3上)3).また,筆者らは,電極上で金コロイドを用いたイムノアッセイを行い,保持された金コロイドの酸化還元を行い電流値に変換することを行っている.これはGLEIA (Gold-linked Electrochemical Immunoassay) 法と称する独自の手法でイムノクロマト法に比べて100〜1000倍の感度の向上を可能としている(図3下)4).すでに,コロナウイルスの発症時や重症化時のマーカであるCRPやD-dimerなどの計測にも成功している.
新型コロナウイルス感染症が重篤化に至る要因としてサイトカインストームが指摘されている.サイトカインとは外部からのウイルスや異物の侵入に対して防御を行う免疫システムの信号分子のことであり,免疫細胞同士の信号伝達に用いられている.これがウイルスなどの原因で暴走するとサイトカイン分子が大量に放出され,過剰な免疫応答を引き起こし,自己とウイルスとを区別なく攻撃するようなことが起きる.これによって過剰な血栓生成や臓器障害などが起き,死に至る原因となっている.また,若者に多い無症候性の感染者と発症者のサイトカインを比較した興味深い報告もされている5).こうしたサイトカインの測定には,イムノアッセイが利用されている.サイトカインは,種々の免疫細胞により分泌されるが,これらの活性がどのように分布しているかといった情報も今後有用な診断情報となるであろう.免疫細胞の種類を調べるには細胞表面の特異抗原を認識する抗体を用いた蛍光抗体染色法が用いられる.最近では,どの免疫細胞がどのサイトカインをどれくらい分泌するのかといった一細胞レベルで網羅的に調べる解析装置の開発も進められている6)
文献
- 1) 厚生労働省ホームページ:
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00132.html - 2) 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部: SARS-CoV-2 抗原検出用キットの活用に関するガイドライン (2020年5月13日).
- 3) 森幹永,片田順一,知久浩之,中村健太郎,小山田孝嘉: 富士フイルム研究報告 No.57(2) p.5 (2012).
- 4) 民谷栄一ほか:特許5187759号, Electroanalysis 20, 14 (2008)など.
- 5) Q. Long, X. Tang, Q. Shi et al.: Nat. Med. (2020) [DOI: 10.1038/s41591-020-0965-6].
- 6) B. Jonathan, S. Masato et al.: Theranostics 10, 123 (2019).
