特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 呼吸器感染症を引き起こす新興・再興ウイルスの検査診断 影山 努 国立感染症研究所
1. 呼吸器感染症を引き起こすウイルスと新興・再興感染症について
呼吸器感染症を引き起こす病原体には細菌,真菌(カビ),ウイルス,寄生虫などが知られていますが,急性呼吸器疾患のほとんどはウイルスが原因です.例えばインフルエンザは季節性インフルエンザウイルス(A型およびB型)が原因であり,乳幼児ではC型インフルエンザウイルスにより比較的軽度な呼吸器疾患を引き起こすこともあります.ほかにも乳幼児で重症化すると細気管支炎や肺炎などを引き起こすRSウイルス,かぜ症候群の原因となっているライノウイルス,コロナウイルス,パラインフルエンザウイルス,ヒトメタニューモウイルス,アデノウイルスなどがあり,原因ウイルスによって呼吸器疾患の症状も様々です.
一方で,HIV感染症,エボラウイルスによるエボラ出血熱などのように,突如として新しい病原体が出現して感染症が広がることがあります.このような新しい病原体による感染症を「新興感染症」といいます.また,ワクチンや薬剤などによって過去に制圧された感染症が,環境の変化や病原体が変異して,特に狂犬病や結核などは「再興感染症」として再流行する可能性があります.
2. 新興ウイルスの出現とパンデミック
過去に流行のない病原体に対して人々は免疫を持っていないため,新たに出現した病原体が容易にヒト-ヒト感染すると世界的な大流行(パンデミック)となります.1918年に出現したH1N1亜型のスペインインフルエンザウイルス,1957年に出現したH2N2亜型のアジアインフルエンザウイルス,1968年に出現したH3N2亜型の香港インフルエンザウイルス,そして2009年に出現したブタインフルエンザウイルス由来のH1N1pdm09亜型のインフルエンザウイルスなどが知られており,およそ10〜40年の周期でA型インフルエンザウイルスのパンデミックが起きています.
コロナウイルスでは,2002年11月に中国広東省の非定型性肺炎の患者で報告されたのに端を発した重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(Severe Acute Respiratory Syndrome : SARS-CoV-1),2012年9月に英国のロンドンで中東への渡航歴のある重症肺炎患者から見つかった中東呼吸器症候群(Middle East Respiratory Syndrome : MERS-CoV)が突如現れましたが,SARS-CoVは世界保健機関(World Health Organization : WHO)をはじめ各国の人々の懸命な努力により封じ込められて人々の間から消滅し,MERS-CoVは2015年5月にバーレーンなどの中東地域から韓国へ移動した男性から院内感染をきっかけに韓国で180人以上が感染(うち30人以上が死亡)するなどして広がりましたが,現在は収束して中東でラクダからのヒト感染例がときおり報告される状況です.いずれもパンデミックには至りませんでした.しかし2019年12月に肺炎を発症した中国武漢市の患者から見つかった新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は,周知のとおり世界各地に拡散してCOVID-19感染症のパンデミックを引き起こしました.まさに新興ウイルスの出現です.
3. 新興ウイルスの同定方法について
現在では次世代シークエンサーを利用した網羅的病原体ゲノム解析により比較的容易に未知のウイルスを同定できるようになり,SARS-CoV-2の場合は,2020年1月10日にウイルスのゲノム全長配列が公表されました1).既存のコロナウイルスのウイルスゲノム配列と比較すると,SARS-CoV-1やMERS-CoVとも異なり,非常に近縁なコウモリ由来のSARS like CoVとの相同性も約87〜89%しかなく,新種のコロナウイルスとして認識されました2)-4).このウイルスの由来はコウモリあるいはセンザンコウともいわれていますが,相同性が100%に近いウイルスはまだ見つかっておらず,ヒトへの感染経路,中間宿主など,はっきりとしたことはまだわかっていません.
未知のウイルスに対して事前に検査診断法を用意しておくことはできません.新興ウイルスの場合,その存在が明らかになってから検査診断法が新たに構築されることになります.遺伝子検査法であれば,現在はウイルスゲノム配列が公表されてから1週間程度あれば検出系を構築することは可能です.ただし,既存の他のウイルスや病原体などと交差反応しないかどうか,検体由来のゲノムや遺伝子に反応して偽陽性がでることはないかなど,標的となるウイルスに対してのみ特異的に反応するのかどうかを検証し,さらに検出感度の確認,また実際にウイルスが含まれる検体で問題なく検出できるかどうかの確認など,新たに構築した検査系については事前にさまざまな検証を行う必要があります.
4. リアルタイムRT-PCR法を用いた検査診断法について
遺伝子を標的にする遺伝子検査にはさまざまな方法がありますが,検査系の構築が比較的容易なのがポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction : PCR法)を利用した方法です.PCR法は,標的遺伝子に相同な1対の人工合成核酸(プライマー)を用いて標的DNAの特定の領域を数百万〜数十億倍に増幅する方法であり,標的DNAが1分子でもあれば理論上は検出可能な非常に高感度で特異性の高い検査法です.
RNAウイルスのゲノムは一本鎖のプラス鎖RNA(mRNAと同じ方向),マイナス鎖RNA(mRNAの相補鎖)もしくは二本鎖RNAのいずれかであり,SARS-CoV-2のゲノムはプラス鎖RNAなので,このウイルス遺伝子を検出する場合は,逆転写反応(Reverse Transcription : RT)を伴うRT-PCR法を利用します.また,RT-PCR反応による標的核酸増幅産物の確認は,標的遺伝子の増副産物に特異的に反応する蛍光標識された人工合成核酸(TaqManプローブ:PCR増幅反応中に標的DNAに結合(ハイブリダイズ)するとDNAポリメラーゼの持つヌクレアーゼ活性により分解されて特定の蛍光を発するようになる)を用いるリアルタイムRT-PCR法が検査室における遺伝子検査で使われることが多くなってきました(図1)5), 6).リアルタイムRT-PCR法を実施するには高価な専用機器や試薬が必要ですが,反応中リアルタイムに標的核酸の増幅を確認でき,同時に多検体,多項目の遺伝子検査をより短時間で実施できて,陽性あるいは検出限界以下(陰性)の判定も比較的容易であるというメリットがあります.ただし,RT-PCR反応を阻害する夾雑(きょうざつ)物を検体から除くためにも検体から核酸を取り出す際に精製する過程が必要で,この前処理に時間と手間がかかり,また非常に高感度な検査法でもあるため,検体と他の検体や陽性コントロールなどが微量でも混入する,検査室環境がこれらや増副産物などで汚染されているなど,検査手技や検査環境に少しでも問題があると,いわゆるコンタミネーションによる偽陽性が生じるリスクがあるというデメリットもあります.増幅反応自体は〜2.5時間ほどで完了しますが,検体の前処理や反応試薬の調製,結果確認などの作業時間を加えると一般的に検査時間は少なくとも4〜6時間は必要になります.なお,リアルタイムRT-PCR法による遺伝子検査は熟練が必要な非常に難易度の高い検査法で,誰にでも簡単に行える検査ではなく,このことが全国どこでもSARS-CoV-2の検査が行えるわけではない理由の1つにもなっています.国立感染症研究所で構築したリアルタイムRT-PCR法によるSARS-CoV-2の検出法はHPで公開しており,全国の検疫所,地方衛生研究所などで検査が行われています7).
5. 新興ウイルスに対するその他の検査診断方法
遺伝子検査以外にウイルスを同定・検出する方法としては,ウイルス抗原を検出する方法があります.インフルエンザ検査でおなじみのイムノクロマト法を用いたウイルス抗原検出法(迅速診断キット)は,インフルエンザウイルスの核タンパク質(NP)を特異的に認識する抗体を用いた抗原抗体反応法を原理とした検査法です(図2).他の病原体を検出する場合は,その病原体に特異的な抗体を利用すれば抗原の検出ができる可能があります.
ただ新興ウイルスが出現した直後に,そのような抗体をすぐに用意することはできません.新たに抗体を作出するにはかなりの時間を要するので,その間は抗原検出キットを作成する事もできません.今回のCOVID-19に関しては,2020年5月13日に,富士レビオ株式会社から酵素免疫反応を測定原理としたイムノクロマト法によるSARS-CoV-2 抗原検出キットが発売されました8).なお抗原検査法はPCR法と比べると検出感度が低く,高感度を必要とする場面での利用は難しいので注意が必要です(迅速診断キット陰性でもPCR検査で陽性になる場合があるなど利用方法に注意が必要な場合がある).
また抗体検査は,体内にあるIgGやIgMなどの抗ウイルス抗体の有無を調べる方法です.ウイルス抗原と反応する抗体があれば過去にそのウイルスの感染があったということになりますが,ウイルス感染直後はこうした抗体はまだ体内にはできていないので,今ウイルスに感染しているかどうかを確認することはできません.また,抗体検査で反応する抗体を保有していたとしても,他の病原体などに対する抗体が交差反応して検出された可能性もあり,結果の取り扱いには留意が必要です.
6. 今後に期待すること
新興ウイルスが出現した直後の検査診断法は,PCR法に頼らざるを得ないというのが実情です.迅速診断キットのように簡便にできる検査ではないため,検体を検査室に送って検査を実施するしかなく,検体を輸送する時間も必要なため,検査結果が出るまでかなりの時間を要しています.今後は迅速診断キット並みの簡便な操作で,遺伝子検査が短時間にできる安価な装置の開発が進み,その場で検査をして結果が得られるPoint of Care Testing (POCT) 遺伝子検査がクリニックや病院などの臨床現場でも使えるようになることを期待します.
文献
- 1) GISAID : Pandemic coronavirus causing COVID-19
https://www.epicov.org/epi3/frontend#3a1f17 - 2) Na Zhu, et al. A Novel Coronavirus From Patients With Pneumonia in China, 2019. N. Engl. J. Med. 382(8), 727 (2020) [DOI: 10.1056/NEJMoa2001017].
- 3) Roujian Lu, et al. Genomic Characterisation and Epidemiology of 2019 Novel Coronavirus: Implications for Virus Origins and Receptor Binding. Lancet. 395(10224), 565 (2020) [DOI: 10.1016/S0140-6736(20)30251-8].
- 4) Fan Wu, et al. A new coronavirus associated with human respiratory disease in China. Nature 579, 265 (2020). [DOI: 10.1038/s41586-020-2008-3].
- 5) GL Linda, et al. Alelicdiscrimination by nick-translation PCR with fluorogenicprobes. Nucleic Acids Research. 21(16), 3761 (1993). [DOI: 10.1093/nar/21.16.3761].
- 6) CA Heid, et al. Real time quantitative PCR. Genome Res. 6(10), 986 (1996). [DOI: 10.1101/gr.6.10.986].
- 7) 国立感染症研究所:新型コロナウイルス感染症-病原体検出マニュアル
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2518-lab/9403-labo-manual.html - 8) 山川賢太郎,他. イムノクロマト法を用いた新型コロナウイルスSARS-CoV-2抗原検出試薬の開発.医学と薬学.77(6): 937-944. 2020.
