第11回化合物半導体エレクトロニクス業績賞(赤﨑勇賞) 受賞者

化合物半導体エレクトロニクス業績賞(赤﨑勇賞)表彰委員会
委員長 天野 浩

化合物半導体エレクトロニクス業績賞(赤﨑勇賞)は,赤﨑勇氏が2009年京都賞を受賞された際の賞金の一部を基金として設立されました.本賞は,化合物半導体エレクトロニクス分野において新しい技術の開発,発明,新原理の発見,または卓越した実証システムの構築などにおいて顕著な業績をあげた方1名または1件に対して顕彰いたします.

今年度の機関誌『応用物理』による公募に対して推薦のあった候補者,および規定により前年度および前々年度までに推薦のあった候補者を選考対象者として,2020年11月開催の表彰委員会において慎重な審議を行った結果,中嶋一雄氏を第11回化合物半導体エレクトロニクス業績賞(赤﨑勇賞)の受賞者に決定いたしました.

受賞者
中嶋一雄氏(東北大学 名誉教授)
業績
長波長帯光通信用化合物半導体の結晶成長技術に関する先駆的貢献

四元系混晶半導体は,基板に格子整合をしたまま組成を変えることによってバンドギャップや屈折率などの物性を自在に制御できる.理論計算を除き,中嶋一雄氏は誰よりも早く,実験的手法によりさまざまな四元系平衡状態図を決定し,その基本的性質を明らかにした.その多元系平衡状態図を決定するため,熱平衡を保証できる平衡溶解度測定法と熱平衡に近い液相エピタキシャル(LPE)成長法を開発した.その結果,InGaAsP四元系状態図の決定を他機関よりも早く可能にし,世界で初めてInGaAsP四元系のLPE成長の熱力学的な総合的相関を全波長範囲にわたって決定,InP基板上のInGaAsP四元系半導体による長波長帯光通信用レーザーダイオードの結晶成長技術の基礎を構築した.特に,最低損失波長帯で動作する1.55µm半導体レーザーダイオードの安定的な使用が保証され,その実現に道を拓いた.中嶋一雄氏のパイオニア的研究結果は,固液相関が複雑なInGaAsP四元系のLPE成長を容易にし,世界で広く活用され,四元系結晶の研究開発の促進に貢献した.また中嶋一雄氏はレーザーダイオードのみならず,受光素子であるInGaAsアバランシェフォトダイオード(APD)においても,ミスフィット転位の入らない領域の先端的研究と高品質ヘテロ界面を得る革新的LPE成長技術の開発により,高品質InP/InGaAs(P)/InPダブルヘテロ構造をLPE法で初めて実現し,低損失長波長帯光通信の必須素子である高感度InGaAs APDを実用化した.特に,ヘテロ接合構造の結晶成長において,室温ではなく成長温度における格子整合の重要性を示したことは,それ以降の結晶成長分野に対する多大な貢献であったといえる.当時所属していた富士通では,このInGaAs APDを製品化して,当時の世界シェアの多くを占有し,黎明期・開発期の低損失長波長帯光通信の実現と加速的展開に大きな貢献をした.

以上,中嶋一雄氏はInGaAsP四元系状態図とLPE成長技術に対する基礎的かつパイオニア的研究開発により,複雑な四元系半導体の熱力学的な理解を深め,長波長帯光通信用素子作製のための結晶成長技術の礎を築いた.特に1.55µm半導体レーザーダイオードの安定的な使用を保証し,また高感度InGaAs APDをいち早く実用化し,低損失長波長帯光通信の早期実現と展開に顕著な貢献をした.このように中嶋一雄氏は,多元系薄膜結晶成長の黎明期での技術構築に貢献した結晶成長のパイオニア的研究者といえる.その研究成果の社会的なインパクトの大きさと,各種化合物半導体結晶のエピタキシャル成長技術の基礎学理となる多くの先駆的な知見を生みだした点に鑑み,第11回化合物半導体エレクトロニクス業績賞(赤﨑勇賞)に最もふさわしいと考え,選定した.


本賞の授賞式はこの春の応用物理学会春季学術講演会の会場(2021年3月16日(火) 夕刻,オンライン開催)で行われます.また,受賞を記念して「長波長帯光通信用化合物半導体の結晶成長技術に関する先駆的貢献」に関する記念講演を予定しています.是非ご参加ください.

2020年度化合物半導体エレクトロニクス業績賞(赤﨑勇賞)表彰委員会

委員長
天野 浩(名古屋大学)
委員
荒川泰彦(東京大学),尾鍋研太郞(東京大学名誉教授),木本恒暢(京都大学),熊谷義直(東京農工大学),小出康夫(物質・材料研究機構),藤田静雄(京都大学),山口敦史(金沢工業大学)