第23回光・量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞) 受賞者

光・量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞)表彰委員会
委員長 植田 憲一

光・量子エレクトロニクス業績賞は,光・量子エレクトロニクス研究分野において顕著な業績をあげた研究者を顕彰することを目的として,故宅間宏先生(電気通信大学名誉教授)の紫綬褒章(応用物理部門)受賞記念パーティーと定年記念会におけるご祝儀,および宅間宏先生からのご寄付を基金として1999年に創設されました.その後も,光・量子エレクトロニクス分野の研究者による寄付によって基金を補充して現在に至っています.第23回光・量子エレクトロニクス業績賞の選考は,『応用物理』7,8,9月号に掲載された公募に対して2021年10月31日までの過去3年間に推薦があった5件の候補者について表彰委員会において慎重な審議を行った結果,神成氏に第23回光・量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞)を授与することを決定しました.

なお,授賞式は2022年春季学術講演会(ハイブリッド開催)の初日3月22日(火) に現地にて行われます.また受賞者による受賞記念講演が学術講演会の会期中に行われますので,是非ご参集ください.

受賞者
神成 文彦 氏(慶應義塾大学)
業績
フェムト秒フーリエ光学を用いた新たな光計測法の開発

神成文彦氏は,光科学分野の研究において超短パルスレーザーを汎用的に利用するようになった90年代後半から,フェムト秒パルスの振幅・位相をフーリエ光学的に制御することにより,新たな光計測技術の開発に顕著な成果を挙げてきた.初期の研究では,①フェムト秒レーザーパルスによるエタノール分子の解離的イオン化反応制御,②選択的2光子励起蛍光イメージング,③非線形ファイバによる超広帯域光発生のスペクトル制御,④広帯域光モード内の量子相関性(スクイージングおよび量子もつれ状態)の制御など,超高速フーリエ光学がさまざまな分野での計測応用が可能であることを実証してきている.

近年では,氏は物質の物理的な特徴を計測するために,(1)~(3)に示すように,フェムト秒パルスの時空間フーリエ光学法を用い,高速・高分解能でかつ2次元的に信号処理が行える画期的なイメージング法を新たに開発してきている.

(1) 世界最高速の単一ショットコマ撮りイメージング法(STAMP) の開発
高速フレームカメラの性能が追い付かないナノ秒以下の高速現象の2次元イメージを取得するには,従来は超高速レーザーパルスをプローブ光として遅延時間を走査しながら繰り返し計測する以外には方法がなかった.神成氏は周波数をチャープさせたフェムト秒レーザーパルスと空間変調器とを組み合わせて時系列的に波長の異なる短パルス群を作製し,それを高速で変化する媒質に照射した後時空間変換することにより,単一ショットの超高速コマ撮りイメージングに世界で初めて成功している.この手法はSTAMP(Sequentially timed all-optical mapping photography)と名付けられ,世界的に反響を呼ぶとともに,さまざまな単一ショット超高速イメージング法の開発研究の端緒となった.氏の開発したSTAMPは,繰り返し計測には向かない光励起超高速相転移現象や超短パルスレーザーによる加工過程の超高速イメージングを可能とし,光計測の発展に大きく貢献してきている.またこの技術は,現在JSTの光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)の「先端レーザーイノベーション拠点」においてレーザーパルス加工のその場観測手法として採用されデータ取得に貢献している.

(2) 2次元時間レンズの発明と高速多光子蛍光顕微イメージング法の開発
フェムト秒レーザーパルスを用いた多光子励起蛍光顕微鏡は,生体組織の深さ方向の分解能を有する顕微計測法として多くの研究者がその開発に携わってきている.しかしその技術では基本的に点計測を3次元的に高速に繰り返す必要があった.神成氏は,フェムト秒光パルスのフーリエ変換に伴う時間レンズ機能に注目し,2次元空間に周波数成分を角度分散させることで時間レンズの焦点深度(最短レーザーパルス幅を達成できる深さ方向の距離)を極めて小さくできる2次元時間レンズを発明した.氏はこの時間レンズをVIPA素子で2次元化することにより,多光子励起過程を数ミクロンの深さ方向の面内に限定させられることを示し,従来必要とされていた2次元の面内空間走査をシングルショット化することに成功した.これにより,分解能の高い動的3次元蛍光イメージング計測を実現している.

(3) プラズモンナノ集光選択的CARS顕微イメージング法の開発
一般に光学的顕微分光法の空間分解能は回折限界に制限されてしまうが,プラズモン場を用いた近接場顕微計測法はその限界を超えることが可能である.神成氏は,近接場顕微鏡にフェムト秒レーザーパルスで励起された表面プラズモンポラリトン(SPP)パルスのナノ集光法を導入し,かつフーリエ光学を用いることにより,選択的CARS(コヒーレント反ストークスラマン)分光の空間分解能を100 nm以下にすることに成功している.この技術により,カーボンナノチューブ(CNT)の振動分光CARSイメージ計測に初めて成功し,CNTの欠陥に基づく局所的な分子振動の変化を可視化することに成功している.

これら3つの研究開発に代表されるように,神成氏の研究は超高速フーリエ光学を先端光計測に応用することにより従来難しかった超高速・高分解能光計測を可能にしたもので,極めて先駆的で優れた業績である.また,長年にわたる氏の研究室をはじめとする量子エレクトロニクスに関する多くの若手研究者の教育・育成に関しても多大な貢献がある.よって,光・量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞)に相応しいと判断した.

2021年度光・量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞)表彰委員会

委員長
植田憲一
委員
大和壮一,加藤義章,五神真,清水富士夫,武田光夫,中沢正隆,野田進,山西正道