第5回(2004年度)応用物理学会業績賞 受賞者

第5回 応用物理学会業績賞(研究業績)

件名
シリコンMOSデバイスの先駆的研究とLSI技術発展への貢献
受賞者
菅野 卓雄

菅野卓雄氏は,現在のLSI技術の中核を支えるSi-MOSFETの研究を,その誕生直後の1960年代前半から推進してきた.氏は,Si上のSi酸化膜の構造解析や界面凹凸に関する先駆的研究を行い,MOS素子の特性が不安定化する重大問題に対し燐原子の添加が有効な解決策となる仕組みを明らかにした.また,Si/Si酸化膜の界面に存在する界面準位を精度よく測定する評価法の研究を進め,界面準位の理論的検討とあわせて,その起源の解明と低減に大きな貢献をした.さらに,極短チャネルにおける特性劣化機構を調べ,SOI構造の有効性を示し,極微化の進むMOS-LSI分野において,そのデバイス設計に関する基本的知見を確立した.氏はSi-MOSFET中の電子伝導に関する物理に関しても,FETチャンネル中の量子サイズ効果の重要性を初めて明らかにするなど,先駆的な研究を展開している.これらの研究は二次元系の量子効果の基礎として極めて大きな学術的波及効果を生み,二次元系を利用したヘテロ構造素子の発展の基盤作りに貢献した.シリコンMOSFET技術はプロセス技術や構造評価,界面欠陥の物理,低次元電子伝導などの種々の要素を含むが,氏はその全てにおいて先駆的な成果を挙げている.これらの研究成果に加えて,我国のLSI産業の発展を支える広範な学術基盤の向上と人材の育成にも指導的な役割を果たし,わが国のLSI産業の発展に大きく寄与したことも特筆に値する.世界ならびに日本の半導体分野の発展を長年リードし,今日のLSIを中心とする半導体分野の隆盛を導いた貢献は極めて大である.これらの業績は,応用物理学会業績賞(研究業績)にまことにふさわしい.

菅野卓雄氏 略歴

第5回 応用物理学会業績賞(研究業績)

件名
ビーム技術の半導体工学への応用に関する先駆的研究
受賞者
難波 進

難波進氏は昭和30年代から電子・イオン・光ビームに関する先駆的な研究を行ってきたが,中でも重要な業績の一つは半導体デバイスプロセスへのイオン注入技術の導入である.昭和40年頃,高周波トランジスターの高性能化やトランジスターの集積化において常套手法であった熱拡散法の限界が指摘され,その限界を乗り越える手法として,氏は非熱平衡プロセスで不純物が添加できるイオン注入法の利用を推進した.そして世界に先駆けて,シリコンへイオン注入した不純物の分布が飛程理論と一致することを示し,不純物分布がイオン注入条件で制御できることを実証することにより,イオン注入によるシリコンへの不純物ドーピングの学術的基礎を確立した.昭和43年には,同氏の基礎研究の成果に基づき半導体用のイオン注入装置の開発が新技術開発事業団の委託開発課題として採択され,同氏らの指導によって当時世界最高性能の高周波トランジスターが開発された.その後の半導体産業におけるイオン注入技術の進展を見ると氏の業績の卓越性は明らかである.

イオンビームを用いたもう一つの重要な業績は,サブミクロンエッチング技術への応用である.従来のウェットエッチングの問題点であるエッチングが当方的に進むことによって起こるパターン形成精度の限界を,イオンの直進性を利用した,加工したい方向にのみエッチングができる異方性エッチング技術により克服できることを示した.これにより,従来,加工限界といわれたミクロンの壁を越えたサブミクロン,あるいは,さらに微細なナノメートル領域の加工が可能であることを明らかにし,半導体デバイスの集積化の限界を大幅に広げるもととなった.また,このエッチング方法を初めてエシェレット回折格子の製造にも適用し,分解能が優れた迷光のきわめて少ない画期的な回折格子を実現し工業化まで行った.

上記の業績に加えて,集束イオンビーム技術の開発,シンクロトロン放射光のリソグラフィーへの適用やエキシマレーザーリソグラフィーに関する先駆的な業績,ナノメートル電子ビーム露光装置の開発をあげることができる.これら各種ビーム技術を用いたサブミクロン加工技術に関する研究業績は現在のナノ加工技術の基盤となっており,半導体産業やナノテクノロジーの昨今の進展を見ると,同氏の業績の先駆性・重要性は今なお失われていない.これらの業績は,応用物理学会業績賞(研究業績)にまことにふさわしい.

難波進氏 略歴