第20回(2019年度)応用物理学会業績賞 受賞者

応用物理学会 第20回業績賞委員会
委員長 横山 直樹

応用物理学の発展に顕著な業績をあげた会員に対して,その功績をたたえることを目的とする「応用物理学会業績賞」の選考を行った.第20回を迎える今年度は,公募の案内を機関誌『応用物理』第88巻の3〜7月号およびホームページに掲載し,候補者の推薦をお願いした.2019年8月23日の締め切り日までに推薦のあった候補者について,業績賞委員会において詳しく調査と評価を行い,第1次および第2次の審査を慎重に進めることにより,今年度は2名の研究業績賞,1名の教育業績賞を受賞候補者として選出した. これらの受賞候補者は,11月12日の理事会で審議され,最終承認された.この結果,青野正和氏と須﨑渉氏に第20回応用物理学会業績賞(研究業績)が、本宮佳典氏に第20回応用物理学会業績賞(教育業績)が授与されることとなった.

なお,授賞式は,2020年第67回春季学術講演会(上智大学 四谷キャンパス)の初日,3月12日の夕刻に行われる.また,受賞記念講演も春季学術講演会の会期中に行われる予定である.

第20回 応用物理学会業績賞(研究業績)

件名
固体表面の構造や組成を原子レベルで解析・操作する先駆的基礎研究と原子スイッチの発明と開発による産業技術への貢献
受賞者
青野 正和 (物質・材料研究機構)

青野正和氏は,1981年,固体表面の原子配列(近接原子間の相対座標)をそれらの原子の元素を同定しつつ定量的に解析するための有用な方法として,イオン散乱分光法の新手法を開発した.この方法では試料に対してHe+イオンビーム(〜1 keV)を入射し180°の散乱角で完全に逆方向へ後方散乱してくるイオンのみを検出するので,直衝突イオン散乱分光法(ICISS: Impact Collision Ion Scattering Spectroscopy)と名付けられた.このICISSは同軸型ICISS(CAICISS)として改良され,かつ製品化されて,世界の表面科学の進展に大きく貢献した.青野氏はまた,走査型トンネル顕微鏡(STM)は表面の個々の原子を見るだけでなく,個々の原子を操る目的にも使えると考え,その実現のためにERATO事業「青野原子制御表面プロジェクト」を組織した(1989〜94).この中で,STMの探針によって個々の原子を室温で操ってナノスケールの構造構築を行うための基礎技術を確立した.また,2本の探針を独立に駆動して,試料表面の任意の2点間の電気伝導度を測定しうる「ナノテスター」を世界で初めて実現した.

さらに,青野氏は共同研究者とともに,2001年,従来の半導体トランジスタ・スイッチとは全く異なる原理で動作する「原子スイッチ」を発明した.数〜数十個の金属原子(イオン)の架橋・消滅をナノ電気化学的に制御してON・OFFスイッチングを行わせるもので,半導体を使用しないスイッチである.その後,青野氏らはNEC(株)と共同で原子スイッチの実用化のための研究を進め,NECはFPGA(Field Programmable Gate Array)のスイッチング回路の半導体トランジスタ・スイッチを原子スイッチで置き換えることに成功した.この新しいFPGAは,従来のFPGAに比べてサイズは〜1/3,消費電力は〜1/10であるだけでなく,電磁ノイズに対する耐性が〜100倍,放射線(宇宙線を含む)に対する耐性が〜100倍であることがわかった.現在,このFPGAはJAXAによって打ち上げられた人工衛星「革新的衛星技術実証1号機」(RAPIS-1)に搭載されて衛星軌道上にあり,宇宙線に対する優れた耐性を示すデータを送ってきている.

青野氏の以上の卓越した研究業績は応用物理学会業績賞(研究業績)にきわめて相応しい.

青野 正和(あおの・まさかず)

所属/役職

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 (NIMS)/名誉フェロー
同 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)/エグゼクティブ・アドバイザー

略歴

受賞と表彰

専門分野

ナノサイエンス,ナノテクノロジー,ナノデバイス,表面科学,材料科学

第20回 応用物理学会業績賞(研究業績)

件名
AlGaAs/GaAs系赤色半導体レーザーの先駆的研究と縦型接合ストライプ(TJS)構造の開発による実用化への貢献
受賞者
須﨑 渉 (大阪電気通信大学名誉教授)

須﨑渉氏は、半導体レーザーの研究開発黎明期である1967年、液相エピタキシャル成長法(LPE法)によりGaAs基板上に作製したAlGaAs三元混晶を用い、世界に先駆けて赤外光から赤色の波長域(900〜780 nm)での室温レーザーパルス発振に成功した。この成果は、同年11月に開催された第1回半導体レーザー国際会議にて発表され、AlGaAs系レーザー開発の端緒となった。この須﨑氏の発表によりGaAs基板にほぼ格子整合し結晶欠陥の少ないAlGaAs混晶薄膜の半導体レーザー適用への有用性が示され、アルフェロフ氏(1969年)や林氏(1970年)らによる、室温連続発振AlGaAs/GaAsダブルヘテロ(DH)構造レーザーの開発への道を切り開いた。

その後須﨑氏は、AlGaAs/GaAsダブルヘテロ接合に縦型接合ストライプ(TJS: Transverse Junction Stripe)構造を取り入れ、同僚らは1973年、世界で初めて低い閾値電流でかつ単一モードで動作する半導体レーザーを実現した。それまでの半導体レーザーでは、横モードが不安定なために光出力-電流 (L-I) 特性にキンク(非直線性)が生じ、光ファイバ通信や光情報処理への適用に大きな障害になっていた。この問題に対して、同氏らが開発したTJSレーザーでは、活性層に対して垂直な方向のみならず平行な方向に対しても狭いストライプを形成することにより、横モードの単一制御を実現でき、キンクという応用上の問題を解決することに成功している。

須﨑氏らが開発した技術に基づいて、三菱電機(株)から1978年にTJSレーザーが世界初の量産型実用的半導体レーザーとして市販された((株)日立製作所と同時期)。また、1980年開催の国際固体素子・材料会議(SSDM)において、AlGaAs系DHレーザーでは発振波長が750 nm以上において特に長寿命化できることを示し、780 nm帯波長をコンパクトディスク(CD)の実質的な国際標準へ導くことに大きく貢献した。その後同社は、単一横モード制御された光通信用半導体レーザーの生産数が100万個/月を超え、2009年には同様に単一横モード制御されたDVD用可視レーザーの生産数1600万個/月を達成、同分野でのトップメーカーの1社に成長し、半導体レーザー産業のみならず、広く関連産業の発展にも寄与してきている。

須﨑氏のこれらの業績は卓越しており、応用物理学会業績賞(研究業績)として真に相応しいものである。

須﨑 渉(すさき・わたる)

所属/役職

大阪電気通信大学名誉教授

略歴

受賞

電子通信学会業績賞(1981年度:単一モード低しきい値TJSレーザーダイオードの研究開発)
高柳健次郎賞(2017年度:AlGaAsレーザーの導入,TJSレーザーによる単一モード発振,結晶欠陥を低減した長寿命レーザーの実現)

第20回 応用物理学会業績賞(教育業績)

件名
著作「波動光学の風景」を通した若手研究者・技術者の育成への貢献
受賞者
本宮 佳典 (株式会社東芝 研究開発本部 研究開発センター)

本宮佳典氏は,長年にわたる著作活動と学会活動を通じて,光学の分野を中心に学生および若手研究者の育成・啓発に貢献してきた.

同氏の著作「波動光学の風景」は,業界技術誌で14年以上にわたり続く連載記事であり,その一部はすでに電子書籍化されている.本著作は,波動光学を主な対象とするものであるが,電磁気学に関する内容も多く含まれている.例えば,系の対称性に起因する基本的考察から光学的現象を説明するなど,物理の視点から光学を捉えた書籍ともいえる.また,本著作の最大の特徴は,数式の展開や導出が非常に詳細である点にある.丁寧な数学的記述と物理の解説により,初学者は自身で学習を進めることができる.また,現場の研究者,技術者にとっても,波動光学とその周辺をより深く理解するための格好のテキストとなっている.そのため,学術界,産業界から,良書として高い評価を受けている.

さらに同氏は,応用物理学会が主催あるいは協賛するシンポジウムや講習会などで,企業の研究開発現場で長年培ってきた実践的な知見と経験に基づく講義を行い,光学研究者の教育に貢献してきた.また,高野榮一光科学基金の立ち上げに尽力するなど,光学分野の若手研究者の顕彰や育成に貢献している.

本宮氏のこれらの卓越した業績は,応用物理学会業績賞(教育業績)として真に相応しいものである.

本宮 佳典(ほんぐう・よしのり)

所属/役職

株式会社東芝 研究開発本部 研究開発センター 機械・システムラボラトリー

略歴

研究分野

光応用機器に関わる光学解析,光学シミュレーション,光設計

受賞と表彰

所属学会

応用物理学会,応用物理学会フォトニクス分科会,日本光学会,日本光学会光設計研究グループ,日本物理学会,OSA (The Optical Society)

第20回応用物理学会業績賞委員会

委員長
横山直樹
副委員長
平野嘉仁
委員
安達千波矢,岩本敏,上田修,葛原正明,高井まどか,田辺圭一,知京豊裕,中沢正隆,新田淳作,丹羽正昭,丸山茂夫,宮坂力,山下一郎,山田明
幹事
苅米義弘