第19回(2018年度)応用物理学会業績賞 受賞者

第19回 応用物理学会業績賞(研究業績)

件名
超伝導量子ビットの実現と量子技術応用に関する先駆的研究
受賞者
中村 泰信 (東京大学)

中村泰信氏は共同研究者らとともに1997年に,超伝導「クーパー対箱」回路を用いた実験において,2つの異なる電荷数状態の重ね合わせにより生じたエネルギー準位分裂の観測に成功した.さらに1999年にはそれらの電荷数状態の任意の量子重ね合わせ状態の制御を可能にし,世界で初めて固体素子量子ビットを実現した.これらの成果は非常に高い学術的インパクトをもたらしただけでなく,その産業的な波及効果も極めて大きく,近年世界中の多くの国家プロジェクトや大企業の大型投資が注目を集めている,超伝導量子コンピュータや超伝導量子アニーリングマシンの研究開発の礎となっている.後者の例として,現在では,D-Wave Systems社によって,2000超の超伝導量子ビットが集積化された実機が商用化されている.

同氏はその後も,量子もつれを生成するための2量子ビットゲートの実証,超伝導磁束量子ビットの実証,量子ビットのデコヒーレンス要因の解明など先駆的な業績を継続的に上げ,この分野の発展に重要な貢献をしてきた.また,超伝導量子ビットがあたかも巨大な双極子モーメントをもつ人工原子のように振る舞うことを利用して,共振回路との強い相互作用を利用した単一人工原子メーザーの実現や,伝送線路モードとの強い相互作用を利用した共鳴蛍光の観測など,回路量子電磁力学と呼ばれる分野での先駆的な成果を上げている.さらに,同氏らが開発した磁束駆動型ジョセフソンパラメトリック増幅器は,標準量子限界を超える低雑音計測を可能にし,量子ビットの高精度読み出しはもとより,マイクロ波領域のさまざまな量子極限計測における標準的な前置増幅器として利用されている.最近ではマイクロ波単一光子の高効率非破壊検出技術を開発するとともに,超伝導量子回路技術をツールとして,他の固体中集団励起モードの量子状態を制御・観測するハイブリッド量子系とも呼ばれる研究分野の開拓にも取り組んでいる.これらマイクロ波量子光学に関連する高度な実験技術は,超伝導量子コンピュータを実現する重要な基盤技術となるものであり,中村氏の貢献は極めて大きい.これらの実績が評価され,中村氏は,2018年から文部科学省「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(QLEAP)」の「超伝導量子コンピュータ開発」Flagshipリーダーに抜擢され,今後のさらなる活躍が期待される.

このように,中村氏は超伝導量子回路の研究分野を継続的に開拓し,超伝導量子情報処理技術開発への道を拓いた.中村氏の卓越した業績は応用物理学会業績賞(研究業績)として真に相応しいものである.

中村 泰信(なかむら・やすのぶ)

所属/役職

東京大学先端科学技術研究センター/教授
理化学研究所創発物性科学研究センター/チームリーダー

略歴

受賞

所属学会

応用物理学会,日本物理学会,米国物理学会

第19回 応用物理学会業績賞(研究業績)

件名
有機無機ペロブスカイト太陽電池の創製と高効率化
受賞者
宮坂 力 (桐蔭横浜大学)

宮坂力氏は,2006年,有機無機ペロブスカイト太陽電池を世界で初めて開発,化学と物理の分野にまたがる学際的研究領域を切り拓いた.ペロブスカイト材料はABX3構造を有する有機無機複合のハロゲン化鉛系の化合物である.同氏は材料の薄膜がもつ強い発光特性の計測など,基礎研究に立脚した学術的知見を発信するとともに応用研究を進め,世界トップクラスの光エネルギー変換効率を実証,発展著しい有機無機ペロブスカイト太陽電池を創製した.

宮坂氏はこれまで一貫して光エネルギー変換の研究に携わり,金属酸化物半導体と有機色素材料を用いる光電変換素子の研究開発において多くの新しい手法を提案,学術研究と産業技術開発の両面において注目すべき成果を発表してきた.この研究過程において有機無機ペロブスカイト材料が酸化チタン(電子輸送材料)の薄膜上で半導体として光励起電荷輸送を行うことを示し,光発電機能を有することを実証した.この成果により有機無機ペロブスカイトを用いる素子開発が世界中の研究機関に拡散,特に太陽電池分野において新しい技術潮流の変化を生みだした.

宮坂氏が開発したペロブスカイト材料は溶媒に可溶なイオン結晶であり,溶液塗布と乾燥によって多結晶膜として製膜可能かつ単結晶Siに迫る変換効率が達成されている.低コスト・高効率太陽電池は持続的社会を構築するために不可欠なキーテクノロジーであり,エネルギー問題への貢献が期待される材料系として我が国のNEDOプロジェクトの1つに取り上げられるとともに,多くの企業で実用化研究が行われている.さらに同氏は,ペロブスカイト材料のもつ優れた光物性から,2012年にペロブスカイト薄膜が発光素子として高効率であることを報告,2016年には光センサ用ダイオードとして高感度の信号増幅機能をもつことを発見している.さらに最近ではペロブスカイト薄膜が高い耐放射線特性を示すとの注目すべき成果を発表,宇宙環境への応用に向けて研究を展開している.

以上のように宮坂氏は,色素増感太陽電池の研究に始まり,ペロブスカイト太陽電池の創製そして高効率化開発までを手がけ,太陽電池の研究領域において1つの潮流を生みだすとともに,光エレクトロニクス分野への展開が期待される材料系を開発した.

宮坂氏のこの卓越した業績は,応用物理学会業績賞(研究業績)として真に相応しいものである.

宮坂 力(みやさか・つとむ)

所属/役職

桐蔭横浜大学医用工学部/特任教授

略歴

研究分野

光電気化学,光エネルギー変換

研究プロジェクト等

JST革新技術開発プロジェクトリーダー(2006〜2008);経済産業省地域イノベーション創生事業リーダー(2007〜2009);最先端研究開発支援プログラム(FIRST)サブリーダー(2010〜);JST-先端的低炭素化技術開発(ALCA)プログラム,チームリーダー(2013〜2017),JAXA宇宙探査イノーベーションハブプロジェクト,チームリーダー(2017〜),など

受賞歴

第19回 応用物理学会業績賞(教育業績)

件名
新学術分野「混晶エレクトロニクス」の創成と若手人材育成への貢献
受賞者
佐々木 昭夫 (京都大学名誉教授)

佐々木昭夫氏は,「化合物半導体は混晶化することにより可能性を飛躍的に拡大できる」との信念の下,1985年に領域代表者として,文部省科学研究費補助金特定研究「混晶エレクトロニクス」を組織した.そして混晶組成を2次元マップ上に表す,いわゆる『混晶の世界地図』を考案するなど「混晶エレクトロニクス」の学術分野を先頭に立って開拓してきた.これらの研究活動の推進により,「混晶エレクトロニクス」は新しい学術分野として,その重要性が国内外から認識され,1990年には大学教員・企業研究者・学生の相互協力と研究発表の舞台として「混晶エレクトロニクス・シンポジウム」の創設に貢献した.このシンポジウムでは,同氏の考えにより,研究途上のデータの発表も可能とされ,合宿型で誰とでも自由に討論する気風が醸成され,徹底した議論を行うことが伝統となった.このよき伝統を継承しつつ,シンポジウムは1995年に「電子材料シンポジウム(EMS)」として発展的に改称され,2018年の開催で通算37回を数えるに至っている.

このシンポジウムは,混晶半導体を用いたデバイスの新たな芽を生みだす原動力となった.例えば2014年にノーベル物理学賞の青色発光ダイオードの研究も,GaNを含む混晶半導体の結晶成長の課題が,初期のシンポジウムで議論され,その進展に大きな影響を与えたと考えられている.同氏自身は,不規則超格子の提案,実現と量子ドットの作製法に先駆的な役割等果たしてきた.なお混晶半導体は,ヘテロ接合による量子効果の光電子デバイス,スピンを用いる新規デバイス,タンデム太陽電池,Si基板上のSi-LSIチャネル材料など,半導体に新たな応用とその進展に大きな役割を果たしてきた.

また長い歴史をもつ同シンポジウムは,多数の有能な人材を世に輩出してきており,新たに設けたEMS 賞は,女性研究者を含め,若手研究者の励みとなってきた.現に,第一線で活躍する多くの中堅研究者たちが,自身のキャリアアップにおいて,同シンポジウムでの体験が大きな役割を果たしたと述べている.さらに混晶エレクトロニクス研究を通して培われた成果は,固体電子工学(1983年)や量子効果半導体(2000年)などの同氏の著書を通して,多くの若手人材や関係者に還元されてきた.このように,同氏は若手人材の育成の面でも大きな役割を果たしてきた.

以上,佐々木昭夫氏は,混晶エレクトロニクス研究を推進し,新たな学術分野としての創成と,その発展に尽力するとともに,有能な若手研究者の育成と啓発に貢献してきた.これらの業績は卓越しており,応用物理学会業績賞(教育業績)として真に相応しいものである.

佐々木 昭夫(ささき・あきお)

所属/役職

京都大学名誉教授

略歴

受賞と表彰

研究分野

応用物理学会,電子情報通信学会,日本結晶成長学会,電気学会,SID,米国IEEE