第17回(2016年度)応用物理学会業績賞 受賞者

第17回 応用物理学会業績賞(研究業績)

件名
生体を模倣した味覚・嗅覚センサーの先駆的研究と実用化
受賞者
都甲 潔 (九州大学)

都甲潔氏は,世界で初めて味覚を計測する電子デバイスの開発に成功し,この独創的な基礎研究を嗅覚にまで拡大し推進した.加えて,大学発ベンチャーを起業し,「味認識装置」を商品化して味覚センサー市場を新たに創出し,現在も順調に市場拡大している.

都甲氏は,舌の味覚受容体細胞の生体膜を模倣した脂質/高分子から成る複数種の人工膜を用い,味覚を生じさせる化学物質と種々人工膜との相互作用を電位差に変換し,情報処理工学と融合させ,うま味を含む味覚(5味)に対応したセンサーを開発し,それまで官能評価しか存在しなかった味覚の世界に,「味の質と強度」の尺度を持ち込むことに成功した.この1990年頃からの先駆的な味覚センサーの研究は,90年後半にはElectronic Tonguesと呼ばれる研究領域として欧州を中心に世界中に広まったが,それらの研究ではいずれも味覚の分類はできても味そのものを定量化する試みは少なく,氏の研究はその観点に注力した点で独創性に優れている.

この研究成果を基に2002年に九大発ベンチャーであるインテリジェントセンサーテクノロジー社を創設し,50件を超える特許を基に「味認識装置」を実用化した.これまでに国内外の400を超える食品,医薬品などのメーカーや流通業,大学などに導入されており,味覚に係る多様なニーズ,例えばコンビニやスーパーにおける地域ごとのプライベート商品開発,食品や医薬製造ラインの品質管理,医薬品の味覚改善などさまざまな分野に活用されている.

味覚に加え,感性バイオセンサー開発の一環として嗅覚センサーの研究・開発も行い,ppb以下の濃度を検出可能といわれる犬の鼻を超えるpptレベルの超高感度匂い検出器:Electronic Dog Noseの開発に成功した.これは,高選択な抗原抗体反応と,高感度な表面プラズモン共鳴を組み合わせたセンサーで,セキュリティや環境などの安全・安心分野の応用展開へ期待が高まっている.

これらの都甲氏の研究成果は,有機分子・バイオエレクトロニクスを中心とした応用物理学の発展への多大な貢献とともに,味覚・嗅覚などの感性領域への客観的な物差しの創出導入により,食品,医薬品,環境,流通など広範囲な産業分野への貢献と波及効果をもたらし,今後の展開への期待も大きい.都甲氏の卓越した業績は応用物理学会業績賞(研究業績)として真に相応しいものである.

都甲 潔(とこう・きよし)

所属/役職

九州大学大学院システム情報科学研究院/主幹教授
九州大学味覚・嗅覚センサ研究開発センター/センター長

略歴

受賞

文部科学大臣表彰・科学技術賞/開発部門(2006),日本感性工学会出版賞(2007),応用物理学会フェロー表彰(2008),中小企業優秀新技術・新製品賞/産学官連携特別賞(2008),消防庁長官表彰/奨励賞(2008),安藤百福賞/優秀賞(2009),井上春成賞(2009),立石賞/功績賞(2010),飯島食品科学賞/技術賞(2011),紫綬褒章(2013),日本味と匂学会賞(2015)

所属学会

応用物理学会,日本味と匂学会,電気学会,電子情報通信学会,次世代センサ協議会

第17回応用物理学会業績賞(研究業績)

件名
波動関数制御光デバイスの先駆的研究と実用化
受賞者
山西 正道 (浜松ホトニクス(株))

山西正道氏は,1982年に「半導体量子井戸構造の電界効果による波動関数制御」の新概念を提唱し,超高速光スイッチングなど,量子閉じ込めシュタルク効果を用いた光デバイスの新分野を切り開いた.さらに山西氏は,米国で1994年に提案・実現された量子カスケードレーザーに関し,提唱した概念をベースとした新しいポンプ過程(間接注入励起:Indirect Pumping)を提案,導入することなどで飛躍的な特性改善につなげ,実用化に大きく貢献した.

半導体レーザーの分野では量子井戸構造の導入が1980年頃から検討され多くのグループから研究成果が報告されてきたが,その大部分はしきい値低減・温度特性の安定化などレーザーの基本特性の改善に関するものであった.その中で,山西氏は,量子井戸構造を用いた電界による波動関数制御という新しい概念を提唱し,発光制御において通常の半導体素子のキャリヤの緩和時間(再結合寿命時間)制限のもとでは到達不可能な高速光変調が可能になることを実証した.後に量子閉じ込めシュタルク効果と名付けられる同概念を利用した光デバイスは,吸収変化を利用した光変調器集積レーザーが比較的短距離の通信で標準的な光源として,屈折率変化を利用した光変調器が近年コヒーレント伝送用の小型送信器として実用化されているのみならず,光集積回路に用いる主要部品としての光スイッチとしても利用され,半導体光集積回路研究の進展に大きく貢献している.

山西氏は,大学を退職後は光素子の製造メーカーに移り,量子カスケードレーザーの研究と開発を推進,電界で波動関数を制御する概念を踏まえた独創的なIndirect Pumpingという利得を増加し損失を低減する注入手法を提案し,長波長の15µm帯でしきい値電流の温度変化が小さい(特性温度450K)量子カスケードレーザーや,波長8µm帯量子カスケードレーザーで特性温度が750Kといかなる半導体レーザーと比べてもはるかに高い値を実現するとともに,量子カスケードレーザーの実用化にも寄与し現在に至っている.また,Indirect Pumping は国内外のTHz帯の量子カスケードレーザーの研究にも大きなインパクトを与えている.さらに,量子カスケードレーザーは本質的に発光スペクトル線幅を非常に狭くすることができることを理論的に指摘して実証するとともに,1/f雑音の大幅な抑圧にも成功,環境評価モニタ・分光分析用光源,またセキュリティ応用などが期待されている.同氏の一連の研究は,半導体量子光学の発展に寄与するとともに,産業応用上も極めて重要な意味をもつ.これらの基礎から応用にかけての卓越した業績は,応用物理学会業績賞(研究業績)として真に相応しいものである.

山西 正道(やまにし・まさみち)

所属/役職

浜松ホトニクス(株) 中央研究所/リサーチ・フェロー

略歴

受賞

IEEE Fellow Award(1997)
第2回応用物理学会,光・量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞)(2000)
第60回中国文化賞(中国新聞社)(2003)
応用物理学会フェロー表彰(2008)

所属学会

応用物理学会,レーザー学会,The Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc. (IEEE)