会長あいさつ

情熱は伝搬する

この度,本会の会長に選任され,その重責に身の引き締まる思いです.応用物理は,新現象の発見や独自の着想を基に新しい価値を創造する学問であり,資源の乏しい我が国にとって生命線と言える学術および技術分野となっています.本会は1946年に設立され,錚々そうそうたる歴代会長の下,約80年にわたって非常に幅広い学術および技術分野でイニシアチブを取り,産学連携や人材育成にも注力して参りました.平本俊郎前会長は新型コロナ禍に屈することなく,講演会のハイブリッド開催,Applied Physics Express (APEX) のオープンアクセス (OA) 化,次々期会長候補者選考方法の見直しなど,多くの改革を進められました.今期は,歴代会長が築き上げられた学会運営体制を承継しながら,さらなる発展を目指すべく決意を新たにしています.

昨年来,新型コロナ禍が徐々に低減され,世界の経済活動が急速に活発化しています.国内外の研究開発活動もほぼ復活しましたが,まだ科学技術に立脚したカーボンニュートラル達成へのシナリオが見えているとは言えません.当該分野でリーダーシップを取るべき我が国が,昨年のCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)において4年連続で「化石賞」を授与されたことは衝撃でした.また,既に使い古された言葉ですが,人工知能,IoT (Internet of Things),6G 通信,車の自動運転,電力ネットワークの再構築など,社会や私たちの生活スタイルは大変革期を迎えています.科学技術の歴史が示すように,これらの進展のスピードや方向性を決めるのは,しばしばハードウェアの革新です.「応用物理が世界を変える」という信念を持って研究,技術開発,そして人材育成を推進できる基盤を構築したいと考えています.以下,いくつかの活動を取り上げて今期の方針を述べさせていただきます.

①学術講演会のハイブリッド開催
学術講演会は講演3,000件以上,参加者6,000人以上,展示企業100社以上という「応物の顔」とも言える一大イベントです.その場で最新の研究成果を発表・議論し,産官学のキーパーソンと直接,情報交換ができる非常に貴重な機会となっています.新型コロナ禍において対面重視と会員の利便性を両立すべくハイブリッド開催としてきましたが,今や本形式は本会の特徴の1つとなっています.参加者のアンケート結果を拝見しますと,特に企業の方からハイブリッド開催に対する要望が強く,また現地参加者の4~5割の方がオンライン参加を併用していることが判明しました.ハイブリッド形式は人件費や機材費の増大という懸念がありますが,さまざまな対策を講じて,できるかぎりハイブリッド開催を継続して参ります.インターネットを活用することで研究開発に関する比較的新しい情報を入手できるようになって久しいですが,講演会は真に最新のデータを発表して議論を戦わせる真剣勝負の場であるべきものです.そのドキドキした臨場感を楽しめる講演会となるような企画や方策を施したいと考えています.

②論文誌と機関誌の強化充実
もう1つの「応物の顔」は,論文誌 (APEX, Japanese Journal of Applied Physics (JJAP), JSAP Review) と機関誌『応用物理』です.特にAPEXは創刊時の高い志に立ち返り,迅速な査読プロセスを特徴とするフルOA誌として国内外にアピールし,高水準の論文投稿を促して応用物理関係の海外誌を超える高インパクトジャーナルにしたいと考えています.一方,JJAPに関してはOA化を急がず,会員にとって最も投稿しやすいジャーナルとして育てたいと考えます.『応用物理』については,J-STAGEを利用した電子版の公開を継続しながら,最先端研究の解説,基礎講座,さらには我が国が誇る研究業績の系譜を紹介する特集記事など,コンテンツのさらなる充実を図ります.

③広報活動の一層の強化
本会ホームページのリニューアルや講演会での注目講演に関するプレスリリースなど,広報活動は大幅に強化されていますが,まだ改善の余地はあるように思います.特に若い世代をターゲットにした広報手段を取り入れて学会の魅力を発信することが重要です.既にいくつかの先行例がありますが,YouTubeを活用した動画配信やSNSとの連携による広報活動を強化していきます.また,非会員に向けた有効な情報発信の手段を探索したいと考えています.

④多様な人材育成・教育活動の実施
研究および技術開発を進めるうえで最大の資源は「人」であることは言うまでもありません.産業界からも高い期待とニーズがある応用物理分野の若手および中堅人材を育成することは本会の大きなミッションです.学会が行うべき教育事業を整理し,各種のチュートリアルやリカレント教育活動を進めて,将来学会を継続的に担う人材の育成を強化します.例えば,「応物セミナー」の内容は時間が経過しても十分な価値があると思いますので,講演動画をアーカイブとして残し,数年後でも視聴できるような仕組みを検討します.

⑤産学連携の強化と企業会員の増加
すぐ実用につながらない基礎研究は大変重要ですが,定款にも定められていますように「応用物理」は実際に使われて社会に貢献することが最大の研究成果です.一方,産業界は以前にも増して,新しい技術開発の芽を大学や国公立研究所に求めています.産業界からのご意見をさらに積極的に収集,反映させ,より多くの産業界の皆さんが会員になり,講演会に参加いただけるよう改革していきます.例えば,産業界の方が自社の技術を積極的にアピールできる場を設けることは一案です.産業界,大学,研究所が切磋琢磨せつさたくましながら,共に発展する基盤を提供するのが応用物理学会の重要なミッションです.

いくつかの方針を述べましたが,本会の運営は多くの課題に直面していることも補足いたします.他の多くの学会と同様に,近年続く会員の漸減(約200~300名/年の減)により,会費収入は減少しています.幸いなことに学生会員はむしろ微増の傾向がありますが,20代後半~40歳前後の会員が減少しています.また,顕著な収益を上げているのは論文誌のみであり,応用物理学会の経営が,論文誌事業の一本足打法となっているのは健全な状況ではありません.今後は論文誌以外の事業でも収益を上げられるよう改革することが大切です.

「Enthusiasm is contagious(情熱は伝搬する)」という言葉があります.応用物理学会のイベントに参加すれば最先端のホットな発表や議論に引き込まれ,その情熱を持ち帰ることができるような場を増やしていきたいと考えております.役員および事務局の皆様と共に本会のさらなる発展に尽くしますので,何とぞよろしくお願い申し上げます.

応用物理学会 会長 木本 恒暢
応用物理学会会長
木本 恒暢
京都大学 大学院工学研究科 教授