厚さが数μm程度以下のいわゆる「膜」を薄膜とよんでいる.薄膜を物理的に定義すると,ある物理現象に特徴的な長さのパラメータに対して厚みが同程度以下のものといえる.物理としての特徴はそのパラメータに対するいろいろなサイズ効果にある.バルクと比較すると厚さを規定する表面や界面は最大の「欠陥」であるともいえるし,原子レベルで層を制御してつくり込めば人工的に新しい物質をつくることができる.もう一つ次元を下げた 1次元の線, 0次元のドットなどの作成にも薄膜技術が使われている.
いろいろな材料が薄膜という形態で多くの製品に何らかの形で使われ,光学はもとより電子工学,機械工学,潤滑工学,環境工学など幅広い分野で使用されている.表面に薄膜を付着させて機械的な保護膜としたり,色を変えたり,電気伝導度,摩擦係数を変えたりすることに用いられている.
本章で詳しく述べられているように,薄膜の物性は上に述べた幾何学的な次元の差による物理的な現象以上に,膜形成過程に依存してバルクとは異なる物性をもつものが多い.膜の形成方法が異なることによって形成過程に差が生じ,生成される膜質が異なる.特にイオン化の過程が入ったプロセスでは電気的なエネルギーの大きさに注目しなくてはならない. 1eVの電気的なエネルギーが熱的なエネルギーでは温度に換算して 1万 Kに相当する. 真空を使っての製膜では,下地の清浄さ,入射する粒子の頻度,表面吸着した原子の表面での動きやすさを支配する基板温度など,物理的に考えたパラメータのふり方に意味がある場合が多い.新しく考案された有意義な製膜法をみると,他の方法では実現できにくい条件が実現されている.一見ばらばらに見えるいろいろな現象が薄膜生成の物理を横糸にして考えるとつながってくる.
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