表面物理に関する研究は,日常経験する表面張力や濡れなどの現象の観測をはじめとして,その歴史は決して浅いわけではなく,実用上重要な問題,たとえば摩擦,磨耗などの機械的性質や電子の放出特性などの分野において,今日までに膨大な成果の蓄積をもっている.表面は液体または固体材料の特別な部分に過ぎないが,外部環境と直接ふれ合っている特殊領域であるため,表面物性は変化を受けやすく,したがってその定常的な性質を長時間保たせることは難しい.そのうえ,表面近傍における元素組成,原子配列や結合状態など,微視的情報を得る困難さがあって,上に述べたような表面に特有な摩擦や電子放出などの研究においても,最近までそれらの微視的状態に関しては推測の域にとどまっていた.
このような状況の下で,表面の微視的研究の世界に扉を開いたものは,超高真空技術の進歩であった.その時期は比較的新しく,30–40年以前からであるが,それ以来,表面科学は真空技術と互いに刺激し合いながら急速に発展した.
このような事情を反映して,本章でも近年になって成長を遂げた真空中での表面評価技術の解説にかなりのページがさかれている.これらは前章の物理分技術に入れるべき事柄ともいえるが,表面研究とは切り離せない深いかかわり合いがある.そこで,この詳細を本章の5.3節で扱った.
ところで,表面物性は 2種類に分けて考えることができる.一つは 3次元的な材料物性が低次元化されたために生じる表面原子配列や表面電子準位の問題であり,他の一つは3次元物性の中には本来存在しない吸着・脱離などのような外界との粒子輸送や表面拡散現象である.そのいずれについても,近年清浄表面の実現を待ってはじめて電子論的立場から研究が進められるようになった分野であり, 5.1,5.2節には前者が, 5.3,5.4節には後者について記述されている.一方,長年にわたって地道に積み上げられてきた巨視的な熱力学的研究や,摩擦,磨耗などに関する研究の成果は,非現実的な清浄面よりも実在表面に関連する点が多い.これらは巨視的物性と題して 5.6節にまとめられている.
表面に関連する事項は,本章以外に光技術 (近接場光学),物理分析技術 (全般),薄膜 (薄膜評価法),半導体物性の基礎 (表面・界面物性),極端環境技術 (超高真空技術 )などの箇所にも取り扱われているので,あわせて参照していただきたい.
今回の改訂の主要な点は,本文の補足のほか,引用文献の更新,測定技術の発展とその成果に関する新しい項目の追加を行ったところにある.しかし,ページ数の制限上,走査型プローブ顕微鏡のような発展が著しい分野は主として原理のみ焦点を絞った.また,技術上比較的限られた研究者の間で利用されている方法,たとえば LEEM,PEEM (表面から2次的に放出される低速電子あるいは光電子によって表面を拡大して画像化する顕微鏡)なども割愛せざるをえなかった.
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