アモルファス半導体の研究は, 1950年代にまでさかのぼることができる.ただし,コミュニティーといえるほどの研究者集団ができ始めたのは 1969年以後のことで,まずカルコゲナイド系薄膜の電気的スイッチメモリ現象,光黒化現象の研究から始まった. 1975年にいたって最初の pn制御実験が水素系アモルファスシリコン (a–Si:H)で成功する.これは,応用上も基礎物性上もブレークスルーとよぶにふさわしい成果であった.この時を境に,大面積,低温プロセス,低コストなどを生かした広い応用分野がひらけ,研究人口が急激に増加したのである.最近 10年の進展で特記すべきことは, a–Si:Hに加えて微結晶シリコン (μc–Si:H)が,液晶表示や有機 EL表示パネルの駆動用トランジスタアレイへの応用に重用され,材料としての研究が進んだことであろう.
30年ほど前までは,「アモルファス」と「半導体」とは一見矛盾する概念と考えられていた.原子の並び方に長周期が欠如しているアモルファス固体において,どうしてバンドギャップが存在し,光吸収端が現れるのか ?このような基本的な問に解答が出始めたのもそう昔のことではない.しかしながら,結晶 (周期)場を前提に発展してきた固体物性論の中に,ようやく短距離秩序のみをベースにしたアモルファス半導体の理論の枠組が定着したようである.この 10年を見てみると,むしろ最も歴史の古い酸化物ガラスにおいて電子構造や欠陥に関する物性研究の新しい展開が目立つ.また,ナノ構造集合体としての微結晶シリコン (水素含む )の物性研究も進んでいる.
そこで,本章の 11.1節では,まず,アモルファス半導体の基礎物性をとりあげる.「原子の並び方に乱れが生じたときに基礎的な半導体物性がどのように影響を受けるのか ?」について,基本的な考え方を具体的なモデルとともに紹介する. 11.2節では作製法の概要として非平衡物質としての熱力学的な特徴とそれにもとづく作製法の原理をまとめ,具体的な作製法の特徴を示した.11.3節はアモルファス Si系材料をとりあげる.これは,本章の中心課題である.不純物ドーピングによる pn制御が可能になったのは,ネットワーク中の水素の存在によることがよく知られている.水素の役割,価電子制御,欠陥準位,評価法,光黒化現象,多層膜物性などが重点的にまとめられている.また,微結晶 Si系薄膜が独立した項として記述される. Si系材料とは対照的な構造と物性とをもつ 1群のアモルファス半導体にカルコゲナイド系材料があるが, 11.4節にそれらの構造,欠陥,不純物効果,諸光誘起現象がとりあげられている. 11.5節は,初版にはなかった新しい節で,電子材料として復権著しい酸化物ガラスの電子構造や欠陥物性について,新しい知見がまとめられている.上記材料の特徴を生かした応用分野については,まとめて 11.6節に記した.
なお,本章のほかに,薄膜,半導体デバイス,光技術などの章にも関連箇所があるので,あわせて参照していただきたい.
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