有機物とは炭素を主成分とし,水素,酸素,窒素などから構成されている物質であり,その組み合せは無限である.数が無限であるだけではなく,それら原子の組み合せ,並べ方をわずかに変えただけで性質が大きく変わり,予想もつかない特性が得られたり,機能が発現したりする.
構造材料としての有機材料,いわゆるプラスチックは軽量,加工性のよさ,安価などの理由から多くの金属材料,無機材料を置き換えてきた.電子,光機能材料としての有機材料も同じ特徴を生かしつつ,性能的にも遜色のないものが開発されてきた.その好例が最近進歩の著しい有機 ELである.すでに実用化が始まり,中型ディスプレイへの応用も視野に入れた開発が続けられている.一方,金属や無機材料の代替でない,有機物ならではといえる材料が液晶である.液体と固体の性質を併せもつ液晶は多くの独自の応用を可能にした.腕時計や計算器のディスプレイへの応用を皮切りに,最近では大型テレビまで,ディスプレイの世界を変えてしまった.まさに,情報化社会になくてはならない材料である.
試料作成技術の進展も著しい.分子線エピタキシー (MBE)のように,もともとは無機物の技術であったものを有機物に応用するばかりではなく, LB法や自己組織化膜法など有機物特有の成膜技術も開発されてきた.ナノテクノロジー,ナノデバイスの分野でも有機材料は非常に期待されている.究極のナノデバイスは分子一つ一つに機能をもたせたものである.そのため,成膜技術ばかりではなく,最近ではプローブ顕微鏡を用いた分子操作も盛んに試みられている.
有機分子の電子,光機能をつかさどるのは主に π電子である.本章ではまず 13.1節で,有機分子を低分子と高分子に分け,その物性を個々の分子の電子状態や分子の凝集状態から議論した.液晶材料はこれらとは別に,分子構造と物性との関係を議論した.次に, 13.2節では,有機薄膜技術を湿式成膜法と乾式成膜法に分けて詳述した後,薄膜評価技術を解説した.電子顕微鏡や X線回折,光学・電気物性評価ばかりではなく,最近進歩の著しいビーム応用技術に多くのページを割いた.
ついで 13.3節では,有機機能材料を光機能,電子機能に分けて解説し,電気光学デバイス,センサデバイスの具体例を示した.最後に 13.4節では,生物・生体・医用工学について解説した.まず,生体機能の基礎をタンパク質や核酸から始まる階層性を解説した後,生体機能の測定法,医用工学の進歩を述べた.
このように本章では有機分子,バイオエレクトロニクスにかかわる基礎物性,試料作成法,評価法,機能,デバイスの全体を解説した.薄膜製造技術,さまざまな評価技術は他の章にも多くの解説がある.それらもあわせて参照いただきたい.
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