震災復興に向けて応用物理が取り組むべき技術課題
6. 高精度放射線計測基盤技術

東日本大震災に伴い引き起こされた福島第一原子力発電所の事故により、放射性物質が放出され広範囲にわたって拡散した。この結果、放射線による被ばく、食品中の放射性物質、工業製品の放射性物質による汚染などに関する様々な問題は、我々にとって、最も関心の高い事項となった。問題の正確な情報が得られない場合が多いこと、特に身の周りの放射線量や実際に口にする食品に含まれる放射性物質量などを知ることができないことから、漠然とした不安につながっている場合が多い。

従来限られた施設で使用されていたため、現存の放射線測定器は、一般に使いやすい仕様とはなっていない。さらに計測器はいずれも高価であり、例えば各家庭で日常的計測などはコスト的にも不可能である。また食品中の放射能濃度や環境レベルの被ばく線量などを知るためには、微量の放射線量を正確に測定することが不可欠である。加えて、今後の放射線による健康への影響の有無を検査することも重要であると考えられる。

そこで、放射線計測技術に関して今後推進すべき課題として以下のものを提言する。これらの実現により、我々は放射線・放射能に関する不安から解放され、復興に向かってより力強く歩みを進められるものと期待する。

  1. 6-(1) 既存の放射線検出器の高性能化

    現在使用されているサーベイメータや、Ge半導体検出器といった放射能濃度測定器は、高価でかつメンテナンスが必要など問題がある。またベータ線のみを放出するSr-90などは、化学分離をするなど定量に時間とコストがかかっている。そのほか、汚染分布測定にガンマカメラが導入されているが、その感度や分解能に問題がある。そこで、新しい放射線検出素子の開発、現状の検出素子の高度化、測定システムの高度化を行うことにより、これらの問題を解決し、安心・安全な社会構築の一翼を担う。

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  2. 6-(2) 安価で使いやすい放射線計測装置の開発

    家庭でも日常的に簡便に放射線量を知ることで適切な対応が可能である。ナノ構造技術やナノエレクトロニクス技術など、現在の最先端技術を集結し、より安価・小型で使いやすい放射線測定器の開発が期待される。

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  3. 6-(3) 低被ばく量X線CT撮影法

    今後の放射線による健康影響は、住民にとって大きな不安要素の一つであると考えられる。現在のX線CTでは、検査における被ばく量が少なくないため、スクリーニングとしてCTを用いることはない。そこで、新たな検出部や測定システムの開発により、より低線量で検査が可能となるCT装置の開発を行う。これにより癌などの健康異常を発見するためのスクリーニングとして装置の導入が可能となり、がんの早期発見など効果が期待される。

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【図】高精度放射線計測基盤技術

6-(1) 既存の放射線測定器の高性能化

福島第一原子力発電所の事故により、広範囲にわたって放射性物質が拡散し我々の生活環境の中にも多く存在することとなった。これにより、食品中の放射能濃度や空間線量、がれき中の放射性物質など、一般市民が生活していく中で、放射能、放射線の測定が非常に重要になっている。これまでも、様々な放射線測定器が開発され用いられてきた。食品中の放射能濃度測定に用いられているGe半導体検出器や、空間線量を測定するエネルギー補償型NaI(Tl)シンチレーション式サーベイメータなどは、測定感度も高く、現在問題となっているレベルの測定に十分対応できる性能がある。しかし冷却などのメンテナンスや、価格、量産できないなどの問題で導入数が限られており、現在求められている測定に十分対応することが非常に困難となっている。

またベータ線放出核種を定量するためには、従来の測定法では化学分離を行う必要がある。このため、γ線核種に比べて測定されるサンプル数が非常に少ないといった問題が生じている。

さらに、除染や原発の解体の際に、効率よく作業を行うために放射性物質の分布測定が重要となるが、既存の技術では位置分解能や測定下限値など、まだ解決すべき問題が残っている。

そこで、これら既存の放射線測定器や技術に置き換わる、新たな検出器や測定原理の開発が必要となる。放射線センサーに関しては、冷却などのメンテナンスが不要で安価、また量産が可能な新しい検出器の開発が重要となる。またベータ線核種の測定に対応できる新たな検出器や測定手法の開発、従来のガンマカメラに比べて高感度、高位置分解能な測定器の開発が必要であると考えられる。

これらの既存の放射線検出器の高性能化により、放射能・放射線に対する不安を払しょくし、安全・安心な社会の構築に大きく寄与することが期待される。

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6-(2) 安価で使いやすい放射線計測装置の開発

福島第一原発での事故は、日本国内にとどまらず世界的にも大きな混乱と不安をもたらした。その原因は、事故の重大さに加えて、情報の不足と入手可能な情報の正確性に対する判断の難しさに依るところが大きいと思われる。マスコミやインターネットを通して得られる情報を正しく判断し、的確な対応を取るためには、我々の科学リテラシーを高めることと同時に、身の回りの事象を簡便にかつ適当な確度をもって知ること(計測すること)ができることが重要である。特に、放射線・放射能の影響は直接的に目や鼻で感知することが出来ないため、自分の生活圏内でどの程度の影響が生じているのかを知ることはほとんど不可能であった。これが、不安を増大させる結果となったといえよう。家庭においても、日常的に簡便に放射線量を知ることが出来れば、より適切な対応が可能となるであろう。そのためには、材料科学やナノエレクトロニクス技術など、応用物理学に根ざした現在の最先端技術を集結し、より安価・小型で使いやすい放射線測定器の開発が期待されるところである。

現在の放射線計測装置は、一般に比較的大型で高価である。ガイスラーミュラー計数管は窓材を工夫することで各種放射線を計測可能であるが、気体を利用するため小型化が困難である。また、家庭での計測対象となるγ線の高感度検出が可能な固体を用いたシンチレーション方式の検出器についても、用いる材料によって、高品質で大きな結晶を得ることが難しい、素子の冷却が必要などの課題があり、まだまだ家庭で安価に手軽に使える計測器とは言い難い。最先端の物質科学に基づく新たな検出材料の開発や、ナノエレクトロニクスを駆使した極めて微弱な光電子検出技術の開発などにより、小型化と低価格化を実現していくことが期待される。検出材料や検出機構自体の改良に加えて、非常時でも動作できるように電源(電池)を必要としない小型検出器の開発も重要となる。本提言4に含まれる太陽電池などとの集積化も期待されるところである。常時形態している腕時計や携帯電話に搭載することも可能となるであろう。このような小型で簡便な計測装置は、家庭での簡易計測利用に限らず、関連施設の作業員の安全確保にも利用されるものと考えられる。このような利用のためには、γ線以外の計測も同時に計測可能とする工夫が求められる。

応用物理学に立脚した小型・安価な放射線計測器技術の進展図6-2-1 応用物理学に立脚した小型・安価な放射線計測器技術の進展

6-(3) 低被ばく量X線CT撮影法の開発

福島第一原子力発電所の事故以降、放射線による健康への影響を不安に思う一般市民が急増している。環境中に拡散した放射性物質からの外部被ばくや、食品中からの放射性物質の摂取による内部被ばくなどにより、がんになってしまうかもしれないと不安に考えている方々が少なくない。しかし、現在のがん治療は技術の進歩により、早期に発見されれば治癒率は高くなっており、以前考えられていた不治の病ではなくなってきている。がんの早期発見には定期的な健康診断が考えられるが、より初期のがんを発見するためには、様々な検査が必要となる。その一つにX線CTがある。X線CTは、従来のX線撮影に比べて、人体組織の詳細な画像データが取得可能で、初期のがん発見にも非常に有用なツールである。しかし現状では、0.5〜数mSv程度の被ばくがあり、そのため小児への適用や健康診断での定常的な使用にはまだ制限がある。そこで通常の胸部X線撮影程度まで被ばく線量を抑えることが可能な、新たなX線CT撮影法の開発が望まれる。発生させるX線の最適化、高分解能、高感度なX線検出器の開発、X線のエネルギー情報を用いて低線量でも鮮明な画像が得られる新たな撮影法などの開発により、現在の被ばく量を1/10程度までに抑制することが可能となる。

これにより、従来の胸部X線撮影と同程度の被ばく量になることから、通常の健康診断への適用、また小児の健康診断へ拡大することが想定できる。より詳細な画像診断から、がんなどの病気の早期発見を行うことが可能となり、安心・安全な社会の構築の一翼を担うことが考えられる。

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