震災復興に向けて応用物理が取り組むべき技術課題
5. 防災のための高精度計測基盤技術

災害の影響を可能な限り低減する最も有効な方法はその予知であろう。災害を予知し、その対策を事前にとることにより、大幅な被害の軽減ができる。応用物理学分野で技術基盤が確立しつつある新しい技術を駆使することにより、様々な災害の予兆を従来になり高い感度で検知することができるようになり、安全・安心な社会の構築に貢献する。

  1. 5-(1) テラヘルツトモグラフィーの高度化

    テラヘルツ波を利用したトモグラフィー(断層撮影)技術の高度化研究を推進する。テラヘルツ波は非金属性の物質を比較的よく透過するため、その透過波および内部反射を利用して,破壊された建造物等の内部構造を非破壊で断層撮影することが可能である。テラヘルツトモグラフィー技術は、すでに美術品や絵画の診断・修復などに利用されており、被災地の破壊された建造物(特に木造建築物)の診断などに有用性を発揮すると思われる。高度化されたテラヘルツトモグラフィー技術を、災害救助活動や破壊された建造物の診断に応用することで、震災復興のみならず、日本の安全安心を確保することに貢献する。

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  2. 5-(2) 光通信ネットワークを利用した構造物のひずみモニター

    建築物や構造物の安全性確保のために、高精度な歪み評価方法が望まれている。中でも光ファイバ中の歪みや温度分布により誘導ブリルアン散乱の周波数シフト量が変化する現象が注目されている。建設・製造組み立て時に構造物の内部に、予め光ファイバを神経網のように張り巡らせ、常時構造物の各部で生じる歪みをモニターできる光ファイバ計測システムを構築するとともに、それらをネットワーク化し、集中監視により広域にわたる構造物の危険を事前に察知する技術を確立する。

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  3. 5-(3) 量子技術を利用した超高精度計測技術の開発

    量子情報技術とは、量子力学的効果を積極的に利用した革新的情報技術であり、従来技術では原理的に到達不可能な超高精度計測を可能にする技術として期待されており、地震予測や警報の高確度化につながる技術を創出できると期待される。さらに量子ネットワークを整備し、有機的なシステムを構築する。また、整備された量子ネットワークを利用し、量子情報通信の研究開発や光時計の比較を行なうことで、大容量で高セキュアかつ省エネ情報通信も実現でき、安全・安心なネットワーク構築に大きく寄与すると期待される。

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  4. 5-(4) プラズマ科学と大地震前兆現象の関係解明の研究

    地震予知をプラズマ現象の観測により実現する。電離層のプラズマ電子濃度変化、大気中のイオン密度の変化、地電流、FM電波異常などを総合的に観測することにより、大地震の前兆現象を捉える基礎的研究を推進する。

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【図】防災のための高精度計測基盤技術

5-(1) テラヘルツトモグラフィーの高度化

テラヘルツ波(注1)を利用したトモグラフィー(断層撮影)技術の高度化研究を推進する。テラヘルツ波は非金属性の物質を比較的よく透過するため、その透過波および内部反射を利用して,破壊された建造物等の内部構造を非破壊で断層撮影することが可能である。テラヘルツトモグラフィー技術は、すでに美術品や絵画の診断・修復などに利用されており、被災地の破壊された建造物(特に木造建築物)の診断などに有用性を発揮すると思われる。高度化されたテラヘルツトモグラフィー技術を、災害救助活動や破壊された建造物の診断に応用することで、震災復興のみならず、日本の安全安心を確保することに貢献する。

建造物等の非破壊診断・検査法には,単純な目視や打音法によるもの,X線,超音波,電磁誘導,電磁波を用いる手法などがあり,それぞれの特徴を有している。電磁波を用いる手法としては数100MHz〜数GHzのマイクロ波を用いる電磁波レーダーがすでに開発されており,コンクリート建造物等の検査に用いられている。テラヘルツ波は電磁波レーダーに用いられている電磁波の周波数よりも1〜2桁高い周波数の電磁波であるため,コンクリート,レンガ等への透過性は悪いが,木造建造物へはある程度の透過性があり,より高い空間分解能が期待できる。また,対象物のテラヘルツ帯の吸収・屈折率から,内部構造のみではなく,用いられている材料の判別・診断ができる可能性もある。

テラヘルツトモグラフィーは「安全安心」技術として多様な応用展開が期待されるが,特に木造建造物の非破壊診断・検査を念頭においたテラヘルツトモグラフィーの高度化および実用化に関する下記の技術課題を提言し,その解決に取り組む。

(ⅰ) テラヘルツ波の特徴を生かした非破壊診断・検査法の開発
(ⅱ) 高空間分解能と深さ方向へ十分な測定能
(ⅲ) トモグラフィー撮像の高速化,高感度化
(ⅳ) 携行可能で,屋外でも安定動作するシステム開発
(ⅴ) 低コスト化
注1:ここではテラヘルツ波をミリ波(波長10mm〜1mm)および分光学的な遠赤外領域(波長1mm〜25μm)を含むおよそ0.03〜12THzの電磁波とする。
図5-1 テラヘルツトモグラフィーシステムのイメージ図図5-1 テラヘルツトモグラフィーシステムのイメージ図

5-(2) 光通信ネットワークを利用した構造物のひずみモニター

光通信ネットワークを地震前後の建築物の歪モニタリングシステムに活用すれば地震による被害の大きさや場所や範囲などをリアルタイムで監視できる可能性がある。

歪計測の有力な手段に、ブリルアン散乱による後方散乱光を検知する方法(BOTDR, Brillouin Optical-fiber Time Domain Reflectometer)やファイバーブラッグ格子(FBG, Fiber Bragg Grating)を歪センサに用いる方法がある。

BOTDRはファイバーそのものが歪センサであるため低コストである反面、歪計測空間分解能が10mオーダーである。また、ファイバーを構造物に接着させる精度が歪計測精度に大きな影響を与える。計測空間分解能を向上させる技術開発が必要である。一方、FBGは歪変位をリアルタイムに高精度で計測できる反面、点計測であるため用途が限定的となる。また、素子コストも課題でなる。これに付随する光計測機器開発、歪センサ敷設ノウハウなどの解決すべき緊急課題がある。

光通信ネットワークを利用した構造物のひずみモニター

5-(3) 量子技術を利用した超高精度計測技術の開発

日本は自然災害の多い国である。歴史的に見ても、地震や津波、火山噴火、豪雨に伴う洪水やがけ崩れ等、様々な自然災害に何度となく見舞われてきた。日本に暮らしている限り、こうした自然災害の影響は避けられない運命にある。しかし自然災害の多くは、事前にしっかりとした対策を施すことで、その被害を大幅に低減することができる。したがって、高い精度で災害を予知する技術が、今後益々重要となってくる。予知の精度を向上させるためには、各種物理量を従来よりも高精度・高感度に計測し、その結果を広範囲に渡って高い精度で共有する技術が必要となってくる。

次世代の高感度・高精度計測技術として注目される技術の一つに、量子情報技術が挙げられる。量子情報技術とは、「重ね合わせ状態」や「不確定性原理」、「量子もつれ」などの量子力学的効果を積極的に利用することにより、従来では不可能であった情報処理や情報通信を可能にする革新的技術である。量子情報技術で必要とされる、光子や電子・原子・イオンなどの量子状態を自在に制御する技術を利用することにより、古典限界を超える超高感度・超高精度計測技術の実現が可能となると期待される。このような超高感度・超高精度計測技術は、自然環境の微小な変化等、自然災害につながる情報を超高感度・超高精度に計測することを可能にするため、災害予測技術の高度化に繋がると期待できる。

量子情報技術による超高感度計測ネットワーク図5-3-1 量子情報技術による超高感度計測ネットワーク

さらに量子情報技術は、情報通信における大容量化、高セキュリティ化及び省エネ化に寄与する技術として期待されている。不確定性原理に基づいた高い安全性を保証する量子暗号通信が可能となるとともに、重ね合わせの原理を巧みに利用した量子符号化技術の活用により大容量通信技術においても革新をもたらすであろう。これらの技術は従来の光波通信ネットワーク技術と融合することによって、安全・安心でかつエネルギー利用効率の良い豊かなネットワーク社会の実現に貢献すると期待される。これら量子情報通信技術を利用することにより、量子情報研究拠点間をコヒーレントに結合するネットワークを整備し、有機的なシステムを構築することで、広範囲に渡り各種物理量の超高感度・超高精度計測とその比較が可能になると考えられる。計測の超高感度化・超高精度化は、予知精度の向上に大きく寄与すると考えられ、防災・減災につながるものと期待される。

5-(4) プラズマ科学と大地震前兆現象の関係解明の研究

地震予知をプラズマ現象の観測により実現する。電離層のプラズマ電子濃度変化,大気中のイオン密度の変化,地電流,FM電波異常などを総合的に観測することにより,大地震の前兆現象を捉える基礎的研究を推進する。

大規模な地殻変動に連動して,電離層(高度約300kmにあるプラズマ層)の電子密度が変化するなどの諸現象が古くから知られている。近年は,GPS衛星から発信される電波を利用して電離層に生じる様々な物理現象の変動をグローバルに観測する技術が確立しており,特に震度8を超える大型地震に対して明らかな予兆現象が観測されている(大地震発生の約1時間から10日前の予兆現象)。これは,GPS衛星から得られたデータを地震発生後に解析することで得た知見であるが,これを大地震の予知として活用するためには,膨大なGPS観測データのリアルタイム高速データ処理と通信を実現し,予兆現象を地震発生の直前にキャッチしなければならない。さらに,地震発生直後に於いても,GPS等を利用して災害状況,避難情報,津波情報,ハザードマップ等を携帯電話やカーナビゲーションシステムに配信したり,孤立隔離された被災者間の連絡網を確保する必要が安心安全を保障する基盤となる。予測不可能と考えられている大地震の予兆を確実にキャッチすることで,起りうる様々な災害を回避し,安全・安心な生活を保障する。そのためには,防災を目的とした新しい情報基盤技術を確立することはもちろん,電離層変動のメカニズム及び地殻変動との因果関係解明に基づく予知精度の向上(いつ,どこで,どの程度)が不可欠であることは論を待たない。プラズマ物理学,プラズマエレクトロニクス,高度情報通信技術を融合した「プラズマグローバル工学」を創出し,ロバストな防災システムを実現する。

プラズマ科学と大地震前兆現象の関係解明の研究