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震災復興に向けて応用物理が取り組むべき技術課題
1. 大容量・高セキュリティネットワーク基盤技術

大地震発生直後に、家族の安否や各地の被害状況、列車の運行状況などの情報を求めて多くの人々が奔走した。電話やネットワークにアクセスが集中した結果、通信ハードウェアや電力送電網に何らダメージがなかった地域でも広範囲に渡って通信障害を引き起こした。タイムリーに質の高い情報が得られないために、人々の不安は増長され、そして2次的な被害も拡大する。

今回の震災では、普段は空気のごとく当たり前で、その存在すら意識することが少なくなった情報通信インフラがいかに重要で貴重なものかを認識した。これらの経験を踏まえ、震災復興に当たっては、大容量・高セキュリティネットワーク基盤技術に関して今後推進すべき課題として、以下のものを提言する。これらの実現により、自然災害に強い社会の実現に向けて、ロバストで安心・安全な情報インフラを構築できるものと期待する。

  1. 1-(1) 量子光ネットワーク整備

    量子情報技術とは、量子力学的効果を積極的に利用した革新的情報技術であり、情報通信における大容量、高セキュリティ及び省エネ化に大きく寄与する技術として期待されている。量子情報技術の研究拠点間をコヒーレントに結合するネットワークを整備し、有機的なシステムを構築することで、広範囲に渡る超高感度計測等、新しい量子情報技術の展開が期待でき、防災・減災につながる技術を創出できると考えられる。

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  2. 1-(2) しなやか光ネットワークインフラの創造

    光・フォトニクス分野の研究者は、災害復興及び耐災害性の高いインフラ作りにどのように貢献すべきかを問われている。ネットワークが部分的に破損してもサービスを続けるためには、ルートやリソース配分を瞬時に再構成可能な柔軟なネットワークを実現することが重要である。柔軟性の向上には、まずは十分な通信容量をネットワーク全体で確保できることが前提であり、光通信の大容量化はこれまで通り重要な研究課題である。一方、光ネットワーク自体の柔軟性を抜本的に向上させるには、例えば波長グリッドを柔軟化した光ネットワーク制御技術の実現など、新しい革新的な技術を生み出すことが必要となる。

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  3. 1-(3) 防災向けセンサネットワークの構築

    地震予知、津波予測をはじめあらゆる自然災害を事前に感知し防災に役立てるため、自然エネルギーを利用した高性能通信機能を備えた長寿命でメンテナンスフリーの高機能センサネットワークシステムを最先端のシリコンテクノロジーを駆使して構築する。

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  4. 1-(4) 安価で軽量な情報端末の開発

    有機半導体の特徴は安価に電子素子を作製できる点にある。また、高分子フィルム上にデバイスを作成できれば、軽量な情報端末を作成することができる。このような有機半導体の特徴を生かして、災害などの非常時にも簡単に携帯できる情報端末の開発を推進する。

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【図】大容量・高セキュリティネットワーク基盤技術

1-(1) 量子光ネットワーク整備

東日本大震災において、通信インフラも甚大な被害を被った。通信インフラは平時の生活を支える基盤であるだけでなく、災害時には家族間の連絡を確保し安否確認や不安の解消を促す重要な存在でもある。また、被災者の治療・救援にあたる医療機関の間での連絡、金融機関間での対応、中央政府と自治体、近隣自治体間の緊急連絡など、災害対応の多くの場面で不可欠なものである。特に後者のケースにおいては、高い秘匿性が求められる場合も多い。平時、緊急時のいずれにおいても、安全で秘匿性の高い通信インフラを確保することは、今後の復興と更なる発展に向けて重要である。

量子情報技術とは、「重ね合わせ状態」や「不確定性原理」、「量子もつれ」などの量子力学的効果を積極的に利用することにより、従来では不可能であった情報処理や情報通信を可能にする革新的技術である。量子情報技術を利用することにより、情報通信における大容量化、高セキュリティ化及び省エネ化に寄与することができると期待される。不確定性原理に基づいた高い安全性を保証する量子暗号通信が可能となるとともに、重ね合わせの原理を巧みに利用した量子符号化技術の活用により大容量通信技術においても革新をもたらすであろう。これらの技術は従来の光波通信ネットワーク技術と融合することによって、安全・安心でかつエネルギー利用効率の良い豊かなネットワーク社会の実現に貢献すると期待される。さらに量子技術を利用することにより古典限界を超える計測技術の実現も可能となる。この各種物理量の超高精度計測を発展させることより災害予測技術の構築などに繋がると期待できる。

これら魅力的特徴をもつ量子情報技術を支える要素技術は、全国の大学、研究機関、企業研究所などの研究拠点にて精力的に研究・開発が行われている。これらの基盤研究の成果を活かした量子光ネットワークを整備し、有機的なシステムを構築することにより、病院間などの都市内や都市間における高い安全性を持つ通信の実現や広範囲に渡る超高感度計測など、局所的な要素技術単体では不可能だった新しい展開が期待でき、防災・減災に大きく寄与すると期待できる。このような量子光ネットワークの構築は、研究拠点間での光格子時計のリンクや都市間量子暗号通信ネットワークの実証実験などが進みつつある。このような光ファイバベースのネットワーク構築に加えて、緊急時に機能する自由空間ネットワークの構築も検討の対象となるであろう。

これら量子光ネットワークは、行政や産業、医療など社会の生命線を担う機関のネットワークにおける、極限的通信容量・安全性・精度を実現する技術として復興日本を支える技術となると期待される。

安心と防災・減災に貢献する量子光ネットワーク図1-1-1 安心と防災・減災に貢献する量子光ネットワーク

1-(2) しなやか光ネットワークインフラの創造

光・フォトニクス分野の研究者は、災害復興及び耐災害性の高いインフラ作りにどのように貢献すべきかを問われている。
ネットワークが部分的に破損してもサービスを続けることができる耐障害性に優れたネットワークを実現するための機能は以下の2つである。

  1. 送受信端を結ぶ通信ルートである光パスを動的に切り替える機能
  2. 通信ルートやリソース配分を瞬時に再構成できる機能

1の機能を実現するためには、光パスを動的に挿入・引き落とすことが出来る光スイッチROADMをネットワークノードに配置する。
2の機能は、コヒーレント送受信技術に基づいて瞬時(〜数10ms)に伝送歪みを補償できるディジタル信号処理を導入することによって実現できる。このディジタルコヒーレント技術の導入よって、通信チャネルの伝送速度も現状の40Gbpsから100Gbpsにアップグレードすることが可能になる。
さらに将来的な課題として、光パスの帯域に伸縮自在性を持たせることができる、フレクシブルグリッド技術を導入することである。

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1-(3) 防災向けセンサネットワークの構築

防災向けセンサネットワークは、地震や津波の発生が予想される地域に対して種々のセンサを広域に設置し、情報通信技術によって各センサの大量の情報を瞬時に、高精度に分析し、防災に役立てるものである。地震や津波の発生を素早く察知する目的のほか、発生する被害の状況を正確に把握する上でも有効である。これらのセンサネットワークの構築およびその高度化に必要となる主な技術開発項目としては、高性能で省電力なセンサ、長寿命且つ災害時にも信頼性のある通信ネットワーク、大量の情報を用いた高度な判断のための情報処理、等の技術が挙げられる。

ここで対象となるのは、地震計や波浪計を用いた災害発生の検知はもちろん、港湾、河川、山岳の状況、道路、ビル等の都市の被災状況の把握、さらには上下水道、電気、ガス等のインフラの監視など、様々な情報を統合的に組み合わせることを想定する。つまり、加速度計、カメラによる画像情報、ガスセンサ等を広域に設置し、これらをネットワーク化するものである。これらのセンサは長期にわたりメンテナンスフリーで動作する必要があるため、省電力化設計、高性能電池開発による長寿命化、さらには太陽電池等の小型の発電素子を搭載する等の技術開発が求められる。また、災害時にも故障なく動作する高耐久性・高信頼性のセンサ開発も重要である。これらの要求に対し、LSI技術を基盤としたシリコンテクノロジーは、種々のセンサの高感度化や小型化・軽量化・省電力化や、発電素子開発、高信頼性設計の面から貢献できる。

また、構築される通信ネットワークには大量の情報を高速に伝達する能力は当然のことながら、低消費電力で長期に動作し、災害時の動作を確保するようなロバストさが求められる。端末間では低消費電力で通信をしつつ、1つの端末が万一故障しても通信が遮断されないような信頼性の高いネットワーク技術の構築が求められる。

さらに、これらのセンサネットワークから大量の情報を集め、瞬時に判断を下す高度な情報処理技術も重要である。種々のセンサ情報を組合せることによる高度な判断、多数の観測地点の情報を組み合わせた総合的な判断など、先端LSI技術を基盤とした情報処理技術を積極的に活用することで、高度で総合的な判断が可能なセンサネットワークが実現すると期待される。

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図:防災向けセンサネットワークの概念図。高性能・省電力化されたセンサを、広域に敷設された高信頼性のネットワークとする。また、高速な情報処理によって高度な判断を実現する。

1-(4) 安価で軽量な情報端末の開発

通常の有機物は電気的には絶縁体であるが、大きなπ電子共役系を有する有機化合物は、半導体としての性質を示すことが知られており、シリコンなどの無機の半導体にはない特徴を持つ。有機半導体は構成単位が分子である。そのため、真空蒸着法により、比較的簡単なプロセスで、低温下、容易に高品質の多結晶薄膜を作製することができる。結晶性を制御すれば、アモルファスシリコン並みの高いキャリア移動度を有する薄膜トランジスターや、数万cd/cm2以上の発光輝度を有する電界発光素子を作製できれる。共役高分子や嵩高い置換基を有する芳香族化合物を用いると、溶液プロセスにより高性能の薄膜トランジスターや電界発光素子を作製でき、さらなるコストダウンが可能である。

近年、これらの電子素子に加えて、有機半導体を用いた太陽電池の開発も実用化レベルに近づきつつある。真空プロセスのみならず、溶液プロセスで簡単に太陽電池を作製する方法も検討されており、将来的には、シリコン太陽電池に比べて、製造コストのみならず、廃棄コストも大幅に低い太陽電池が実現できるものと期待されている。

有機半導体を用いた電子デバイスのもう一つの特徴は、低温条件下でデバイスの作製が可能であるため、高分子基板上に電子デバイスを集積できるという点である。高分子基板上でのデバイスの集積化が実現できれば、シリコン半導体をベースとする現状の情報端末に比べて大幅な軽量化が実現できる。それに加えて、共役高分子や液晶性の半導体は無機半導体に比べて柔軟であるため、高分子基板と組み合わせることにより、力学的な変形にも耐える電子デバイスを実現できる可能性がある。

災害などの非常時には、電力供給が途絶するため、発電機能を備えた情報端末が必要になる。また、被災地からの避難の際にも使用できるよう、簡単に携帯できる必要がある。情報端末が損傷を受ける可能性も増大するので、変形や歪に強い電子デバイスの開発も必要になる。有機半導体を用いた電子デバイスは、災害時にも機能する情報端末の構成要素として有望である。有機半導体の特徴を生かし、エネルギー源となる有機太陽電池、スイッチング素子や演算素子として機能する有機薄膜トランジスター、および、ディスプレイとして機能する有機電界発光素子を高分子基板上に集積した情報端末の開発を推進する。

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