東日本大震災とその後に発生した大津波により、福島第一原子力発電所は壊滅的な被害を受け、電力を供給することが不可能となった。この福島第一原子力発電所の事故は、原子力発電所の安全性に関する国民の危機意識を高め、国内の多くの原子力発電所が安全性の確認のために運転を停止するという事態に至った。このため必要な電力を十分に供給することが困難となり、その後の計画停電、鉄道運行本数の削減、節電対応など、被災地だけでなく多くの国民が電力供給の不足による不自由な生活を強いられた。
原子力発電による電力供給は将来的には縮小されていくものと考えられる。しかし、それを補う新エネルギー技術が十分に開発されている状況にはない。この間にも年々電力需要は増大の一途をたどり、特にパーソナルコンピュータや携帯情報端末に代表される情報通信機器の急激な普及により電力消費量は大幅に増加していくものと予測されており、温暖化抑制の観点からも情報処理システムの消費電力低減が急務となっている。
そこで、低消費電力情報処理システム技術に関して今後推進すべき課題として以下のものを提言する。これらの実現により、電力供給に対する負担を低減し、さらに温暖化の抑制に貢献しつつ高度情報化社会を構築できるものと期待する。
現在普及しているパーソナルコンピュータや携帯電話だけでなく、クラウドコンピューティング、新規携帯情報端末、スマートシティ、自動車のエレクトロニクス化など、新たな情報処理システムの需要が急増している。このような情報処理システムの電力消費量を劇的に低減するエレクトロニクスシステムを、シリコン集積回路技術、光インターコネクト技術等を用いて実現する。
さらに詳しく不揮発性を特徴とするスピントロニクスデバイスと、シリコン集積回路を融合することにより、情報処理システムの大幅な低消費電力化が期待されている。そこで、大容量低消費電力データストレージデバイスと高速低消費電力ロジックデバイスを実現し、超低消費電力情報処理システムを開発する。
さらに詳しく電力消費量の低減のために、個々の住宅の電力消費機器をネットワーク化し、電力消費量を自動制御するシステムの実現が期待されている。そこで、MEMSデバイスを用いた電力センサを実現し、電力量の計測だけでなく電力消費量の制御が可能な、家庭用エネルギー管理システムを開発する。
さらに詳しく超低電圧駆動が可能なシリコン集積回路技術、光インターコネクション技術を用いて、消費電力の増加を画期的に抑えた高性能情報処理システムを実現する。
情報処理システムは、便利なツールとして、また、生活、社会を支えるシステムとして、パーソナルコンピュータや携帯端末をはじめ、クラウドコンピューティング、スマートシティや自動車のエレクトロニクス化など生活の様々な場面に溶け込んでいる(図3-1-1)。世界で産み出されるデジタル情報は20年後には1000倍になると予想されている。膨大な情報がデータセンタに集まり、我々の生活を支える情報に加工されて活用される。情報処理では、CPU-CPU、CPU-メモリ間バンド幅が指数関数的に増大しており、2014年には100 Gbytes/sを超える勢いである。情報処理能力向上の要求はとどまることがない。一方、今後の情報処理システムには、電力増を伴う処理能力の向上は電力供給の制限、地球温暖化抑制の観点から許容されなくなっている。
情報処理システムの「つなぐ」「処理する」「蓄える」の要素それぞれに抜本的な消費電力の低減が必須となっている。「処理する」「蓄える」要素では、シリコン集積回路における新規材料技術、新しいデバイス構造や回路構成に基づく超低電圧動作化や待機電力の削減による低消費電力化が期待されている。「つなぐ」要素では、広帯域化と省電力化のジレンマを抱える電気インターコネクションの限界を超え、広帯域かつ省電力な光インターコネクションの実現が必要となる。シリコンの微細加工技術を活用しシリコン上に光回路を集積化するシリコンフォトニクス技術では、電気のI/Oボトルネックを超える密度で光送受信器の集積が可能である。電子の集積回路と光の集積回路をチップ上で融合する技術を確立することにより(図3-1-2)、単位情報量あたりの消費電力を、今後10年で1/10以下、20年で1/1000以下とすることが期待される。
現代の高度情報通信社会は、半導体を用いた論理集積回路と磁性体を用いたデータストレージの高速化・大容量化により支えられてきた。同時に、情報通信機器の消費電力増大を生み出し、将来の安定した電力供給には、低消費電力情報システムの構築が必要不可欠となる。
電子の持つスピン(磁化)と電荷の自由度を同時に利用することで、エネルギーを必要とせずに記録を保持できる不揮発性スピントロニクス素子と半導体集積回路の融合が可能になる。今後、強磁性トンネル接合(MTJ)素子とCMOS技術を融合した不揮発性論理集積回路が社会に導入されることにより、これまで電力を消費しながら情報を記録していた揮発メモリが不揮発化され、演算機能を有する様々な情報通信機器の消費電力が抑制される。例えば、パソコンや家庭電化製品、携帯電話などでは電力ゼロの待機状態から瞬時に起動できるだけでなく、常時電力オフ状態から入力があった瞬間だけ動作するようなノーマリーオフコンピュータの実現が可能となる。待機時の静的消費電力がゼロとなるため、大幅な省電力化が期待できる。
ハードディスクに代表される磁気データストレージの大容量化は、情報を記録できるビットサイズを縮小することでなされてきた。しかし、微細加工の限界、そして熱擾乱による磁気情報の消失が顕在化し、新たな磁気記録媒体の開発が望まれる。磁壁を用いたレーストラックメモリや磁気記録媒体を複数積層させた3次元的な磁気ストレージにより、磁気記録のさらなる大容量化が実現できる。また、自己組織化などを用いて磁性体ドットを規則的に配列するビットパターンドメディアにより1平方インチあたり1テラビットを超える磁気記録媒体が可能となる。
微小磁性体の磁気情報を読み取るには、高感度磁気センサが必要不可欠である。巨大磁気抵抗(GMR)効果やトンネル磁気抵抗(TMR)効果を用いた素子が基本となるが、より高感度、かつ磁気ノイズ耐性に強い磁気センサ実現に向け、低抵抗トンネル磁気抵抗素子やCurrent perpendicular to plane (CPP)型GMR素子が期待されている。また、磁気情報の書き込みには、スピントルク発振素子を用いた新しい原理の磁気ヘッドが提案されている。
DRAMやSRAMなどの揮発メモリの不揮発化に向けて、図3-2-1に示すSTT(Spin Transfer Torque)-MRAMが有望であり、垂直磁化材料を用いた大容量化や低ダンピング材料を用いた低電流書き込み化を実現することにより、大容量低消費電力データストレージの実現が期待できる。さらに、不揮発スピンロジック回路の基本素子として、図3-2-2に示す電界効果トランジスタのソースおよびドレイン電極を強磁性体に置き換えた、記憶機能を有するスピントランジスタが提案されている。このスピントランジスタの不揮発性を利用し、待機状態でも電力消費を伴うロジック回路の電源をオフにすることが可能となり、省電力化が期待できる。このようなスピン(磁化)が有する不揮発性を利用し情報処理システムの大幅な低消費電力化を行うことで、情報処理システム基盤の電力消費を抑制し永続的な社会基盤の発展を構築していく。
平成23年夏の電力危機の際に痛感したように、今日普及している電力メータは使用した電力量(kWh)の積算値は計測できるものの、使用電力(kW)の実時間計測には対応していないものが多く、ピーク電力削減のための対策を立てることに非常な困難を伴った。一方、電力を使用する側の機器には、それぞれ定格電力が表示されてはいるが、待機状態や起動直後の電力を知ることは難しい。また、電力線を切断せずに電流を計測するクランプメータは市販されているが、各電気機器に配置できるほど安価ではない。このために、各事業所・家庭での省電力対策は経験に頼るか、あるいは、本格的な電力需要シーズン前の猶予期間中に使用電力を改めて計測した上で、必要以上に厳しめの節電対策を練ることが強いられた。
MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術とは微小な機械構造やセンサを、半導体製造技術等を応用して集積化する高付加価値製造技術の総称である。この分野では特に、加速度センサやジャイロなどの物理センサ、赤外センサ、圧力センサなどの超小型センサの開発が進められており、すでに車載用の衝突センサやカーナビ用の方位センサ、ハードディスクのヘッド退避用無重力センサ、携帯電話用のマイクロフォン等が実用化している。これらの技術を応用することで、例えば室内の人の有無を計測する人感センサや、地震計、家具の転倒を検出するセンサ等、安心・安全のためのセンサ・ネットワークを構築することは技術的に可能である。また、電力線に直接接続せずに電流を計測できるホールセンサをLSIとともに小型化すれば、個々の電気使用機器のみならず、ユーティリティー側の電力コンセントに電力計測機能を持たせることが可能になる。さらに、電力線通信か、あるいは、室内に併設した他のネットワークによって屋内の電力使用状況を把握し、これに制御を加えることもできよう。たとえば、日頃から家庭内の電力使用状況を把握しておいて、昼間電力/夜間電力の電力売買価格を考慮したパワーマネジメントや、家庭毎の不要不急の電気機器への電力を集中制御的に遮断・制御するパワーマネジメントなど、新たな電力制御方式に必要なセンサをMEMS技術によって提供可能である。さらには、屋内の電気配線を張り替えることなく、照明灯のON/OFF制御を無線で行うネットワーク技術や、窓の反射率を可変制御して採光と輻射光遮断の制御を行う新たなデバイスの開発が期待される。