応用物理学会
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以下の記事は 応用物理 第72巻 第1号 113ページ に掲載されたものです。
男女共同参画 第3回ミーティング報告

若手技術者/研究者の理想と現実
−どのような環境が働きやすいか−


東大院工 高井まどか 産総研 葛西直子 東大院創域 尾鍋研太郎

 若手技術者/研究者は,現在の職場環境に満足しているのか? 第1次科学技術基本計画(1996年)で決定された「ポストドクターなど1万人支援計画」の目標が,1999年度に達成されたという記述が2001年度からの科学技術基本計画にありますように,ポストドクター(ポスドク)は近年,急増しています.さらに,1997年6月に国立研究機関,同年8月に大学において導入された任期付き研究員制度に伴って,若手任期付き研究員も増加しています.その彼,彼女らに焦点を当て,研究指導者らとの率直な意見交換を行うことにより,研究環境の現状把握と,理想とする研究生活について議論することをこの会議の趣旨としました.
 会議は,秋季応用物理学会期間中(2002年9月26日)12:00〜14:15まで昼食つきで,約50名(男性4割/女性6割)の参加者により,
1) ポスドク/任期付きの現状
2) 雇用の流動化
3) 生活スタイルの多様化
のテーマで5名のパネリストを迎え,葛西実行委員の司会の下,パネルディスカッションが行われました(図1).
図1 ワクワク・ウキウキ研究生活.パネルディスカッションで話題となった内容に基づいた,理想とする研究生活を送るための見解のまとめ.
 ワクワク・ウキウキ研究生活
 <環境整備>  <意識改革/啓もう活動>
  • ポスドクの年齢制限の撤廃
  • ポスドク後のポストの増員→スーパーポスドクの制度が実現
  • 任期の延長,通年採用などの多様化による研究の充実化
  • 評価制度の透明性(出産/育児に対する評価制度を含む
  • 出産後の生活環境のケア
  • 女性の結婚/出産/育児に対するマイナス思想の撤廃
  • 出産育児休暇を取得しやすい職場の雰囲気づくり
  • 男性が家事労働できる仕事環境整備と雰囲気づくり
 会議に先立ち,応用物理学会の後藤会長より,10月7日に開催されました「男女共同参画学協会連絡会設立集会*」の説明,および男女共同参画委員会の今までの活動内容を,今年度の春に行われた男女共同参画シンポジウム1)に関する新聞記事と,その記事を偶然読んだ知人から委員会にあてた激励の手紙を紹介されて説明されました.
 尾鍋実行委員長のあいさつの後,前年度応用物理学会会員を対象として実施された男女共同参画アンケート2)を,45歳以下を若手技術者/研究者として分類し整理した解析結果(企業に勤務している女性研究者に比べ,大学,特に公立研究所で勤務するポスドク/任期付きの女性研究員は子供をもちにくい)について,実行委員(高井)から説明を行いました.ポスドク/任期付き制度本来の目的である“人材の流動化を促進し創造的,競争的な研究環境の構築”と,男女共同参画のめざす“個人の個性と能力を男女が対等な立場で能力を発揮できる社会”は,調和し発展できるものなのか問いかけを行い,パネルディスカッションに移りました.
 最初のテーマ「ポスドク/任期付きの現状」について産総研にて科学技術振興事業団・科学技術特別研究員の神崎紀子さん,同じ身分で勤務する松木伸行さんから現状報告をしていただきました.両名とも現状の研究環境には満足しているものの,就職に対する精神的な不安定さが大きいことについてコメントされました.しかし,松木さんは,ポスドクの自由で雑用のない研究環境で実績を積むことは,将来的に職を得るステップとして大変恵まれた環境であることを強調されました.
 次のテーマ「雇用の流動化」については,理化学研究所基礎科学特別研究員を経て,現在,電気通信大学で任期付き助手をされている中村淳さんから,ポスドクの身分が社会的に十分に理解されていないこと,ポスドクの任期原則3年は,実質研究できる期間が短く十分な研究成果が得られないこと,人材の流動化を目的とした公募制の現状について,まだまだ実質的には公募で採用されるケースが少ないこと,などを指摘されました.
 企業に勤務後,ご主人の転勤に伴って米国のCaltech(California Institute of Technology )で研究員をされ,現在,東京大学で任期付き研究員をされている辻佳子さんから,米国は日本よりポスドク後の就職口が多く,人材の流動化がより進んでいることを指摘されました.また定年退職という概念がないため,年齢的な制約にとらわれず,採用が行われている現状についてもコメントされました.
 最後のテーマ「生活スタイルの多様化」では,現在,東京工芸大学で任期付き助手をされている藤川知栄美さんより,茨城県東海村に勤務のご主人との遠距離別居生活について,任期がついているため,自分の好きな仕事を遠距離別居という形で選択できたというメリットのほか,やはり将来的な生活に対する不安定性などの弊害もあることが指摘されました.
図2パネルディスカッションの風景
 パネリストから各テーマについて上記の紹介がなされた後,理想とするワクワク・ウキウキとした研究生活を送るための研究環境について討論を行いました(図2).ここで取り上げられた点は人材の流動化,価値観の多様化を拡充していくべきだという意見でした.多くのポスドク/任期付き研究者が,研究環境は充実しているものの将来の人生設計に不安を抱いていることから,年齢制限を撤廃した通年採用の任期制の広範な普及による人材の流動性の向上,さらに企業公立研究所大学へという産官学の流動化が必要であることが討論されました.
 また,男女共同参画社会に適応したライフスタイルを送るためには,ポスドク/任期付き研究員の出産/育児休暇,その後の育児ケアを含めた制度的な見直しと社会支援が必要であることも議論の対象となりました.また,従来の一律型の雇用形態にとらわれない多様化されたポストの必要性についても議論されました.
 最後に,男女共同参画委員会の小舘委員長より,個々の個性を生かすことのできる,つまり,それぞれの人生設計に沿って自由な選択のできる多様性とその価値観を認めあうことができる環境を築くことが,優れた若手技術者/研究者の育成に必要なことであるとまとめられ,会議を終えました.会議終了後,アンケートを実施しました.多くの参加者から,ポスドク,任期付き研究員の現状を把握でき,多様な研究スタイルがあることを認識できてよかったという意見が寄せられました.
 今回の会議は若手技術者/研究者の躍動への助力となるようプログラム編成を行いました.2003年3月28日(金),神奈川大学(応用物理学会春季応用物理学関係連合講演会会場)にて,第2回シンポジウムを「多様化する技術者・研究者のスタイルと価値観−日本の技術競争力を強化する評価・制度とは−」のテーマで開催する予定です.今後とも本委員会の活動に参加いただけますよう,よろしくお願いいたします.
 本稿をまとめるにあたり,ご協力いただいた,為近恵美委員,東大堀池研究室の新橋里美様,当日,ビデオ,写真撮影にご協力いただいた日本女子大小舘研究室の清水賀代様と学生の皆様に感謝いたします.

文献
  1) 大橋良子,奥村次徳,高井まどか:応用物理 71 , 753 (2002).
  2) 男女共同参画委員会アンケート企画グループ:応用物理 71 , 510 (2002).

* 応用物理学会,日本化学会,日本物理学会などが発起人となり,自然科学関連分野における男女共同参画社会をめざした学術協会連合連絡会(2002年10月7日,日本化学会,化学会館にて開催)
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